第十一章第二節<Invisible dagger>
会議は、ゾットールとアーサーの一騎打ちに終始し、いつしか閉会していた。
あの様子では、ゾットールを召喚したことで、会議それ自体には大きな前進が望めたものの、政略としてはしてやられたのではないか、とオーウェンは考えていた。
フィリアゲートにて、外界と隔絶されているゾットールを呼び寄せ、そして今回の混乱の決着を指揮し、あわよくばゾットールを手駒の一つに加えようという、アーサーの意図は、あからさまであった。もともと、こうした王宮内での権力の凌ぎあいには無縁とばかり思えていたゾットールが、見事にアーサーをやりこめた手腕には、天晴と言う他はない。
今後、彼がどのような行動に出るか。
否、その動向を注目すべきは、彼だけではなかった。宮廷内における様々な権謀術数は、決して穏やかな性格では行きぬくことは出来ぬ。オーウェンの背後に呪務管理局の人間を数名従えながら、本部のあるレヴィエラに帰還しようと、足を速めていたとき。
眼前の回廊の角から、豪奢な外套に身を包んだ若い男が姿を現した。
オーウェンの足が止まり、眉間に数条の皺が刻まれる。
向こうもオーウェンの姿を認め、足を止めた。同じように数名の男を控えながら歩を進めてはいたが、顔には含みのある笑みがあった。
「これは、オーウェン・ファーニバル殿ではありませんか……軍議、お疲れさまです」
「今更、何のために出てきた?」
オーウェンの鋭い眼光を受けたのは、ジュリアン・アイアトンであった。軍人らしからぬ装飾品を散りばめた服装と、血色の悪い青白い顔。そのどちらを見ても、このような男が上級大将を務める軍隊がまともなものであるとは、誰も思うまい。
そしてまた、オーウェンはこの男に強い嫌悪感を以前から抱いていたのだ。今日にあっても、軍議から召喚状を受けているにもかかわらず、連絡もなしに欠席し、またその後に悪びれる風もなく姿を現す、その横柄な態度が、オーウェンの神経を逆なでする。
「聖槍騎士団が、攻撃を受けたそうですね」
「ほう、一応は情報は集めたか」
鼻を鳴らし、オーウェンは再び黒くなめしたブーツを踏み出そうとした。
このような男に、これ以上付き合っている時間はない。それに、遺産局のエルファージと連絡が取れないという現状も気になる。ここで油を売っている時間など、ありはしないのだ。
ジュリアンにも、そうしたオーウェンの気配が伝わったようであった。
探りあいの時間はない。そう判断したジュリアンは、懐から切り札の一枚を、素早く提示することにした。
「……軍務省の兵力は、残り如何程で?」
既に思考の一部は、今後の予定に埋没していたオーウェンは、咄嗟にその言葉の意味を理解することが出来なかった。
「なに?」
聖槍騎士団の受けた被害など、軽微に過ぎぬ。それが人々の口を伝わっているうちに、過大に報告されたというわけではなかろう。
「<緋なる湖畔>、外部勢力の牽制、そして国内統制の治安保持……やることは山積みというわけだ」
ジュリアンの表情が、策士のそれへと変貌を遂げる。
オーウェンは、そこでようやくジュリアンの意図を理解した。
彼の言葉は、ジュリアン・アイアトンとしての言葉ではない。その背後には、ヘイスティングス家とフラムスティード家、つまりは貴族院三冠が控えているのだ。貴族院三冠の狙いは恐らく、保身以外の何者でもあるまい。
「貴殿に頼る気はない。頼るなら、もっとましな人材は何処にでもいる」
「おぉ、これは手厳しい」
肩をすくめて見せるが、ジュリアンの笑みは消えぬ。
まるで亡霊相手に剱を振るっているようだ、とオーウェンは胸中で溜息をついた。
ジュリアンにしてみても、オーウェンからの拒絶は充分に計算に含まれていたのだろう。反撃を見越してなお、交渉を持ちかける価値を見出したのなら、一辺倒なあしらいで怯むとは思えない。
そして意を決し、これ以上の時間の浪費を防ぐ終止符を打つことを決意する。
「国外の敵と国内の敵、双方を相手に戦えなければ、国を治める仕事は務まらん」
これには、ジュリアンの言葉も止まった。
明確な表現は避けてはいるが、明らかにオーウェンは貴族院に対して、「敵」という言葉を当てはめたからだ。これが議事録にも残る公的会議の席上であったならば、それこそ問題発言として様々な論争を浴びることとなったのであろうが。
ジュリアンが対応に詰まる瞬間を見計らい、オーウェンらはその傍らを通り過ぎる。擦れ違いざまに、一瞥を向けると、それまでは薄ら笑いを浮かべていたジュリアンの表情が、醜く歪んでいるさまを見て取ることができた。
まだ、この国には数多くの敵がいる。
目前のラスケイピア、フェリシア、そして<緋なる湖畔>にだけ目を奪われているわけにはいかぬ。
オーウェンは、いつ終わるとも知れぬ戦いに、身を投じた予感を抱いていた。




