間章Ⅸ<天遣聖徒団>
寝台に横たわっているのは、醜悪という概念が凝り固まったかと思えるほどに肥満した、中年の男性であった。顎と首の境界線はもとより、顔より胸、胸より腹の競りあがった肉体には、およそ人体を構成する筋肉と言う名の部位など存在せぬのではないかと思えるほど。僅かな動きにもまるでジェリーのように波打つ肉が全身を包み、またそれを飽食と運動不足から来た吹き出物と脂にまみれた皮膚が覆う。
肉色をした人形は、四肢を投げ出したまま、全裸で仰向けになっていた。緋色のシーツカバーは、ベッドの外に押しやられたように皺だらけになって床に落ち、男は低く絡みつくような吐息を漏らす。
その理由は明白であった。およそ触れられることさえ眉間に皺が寄るようなこの男に縋りつくように、身をくねらせながら抱きついている媚惑的な裸身があった。
うねる黒髪を乱れさせながら、醜悪な男と肌を合わせているその女。肉感的な唇を舌で湿らせながら男を見つめる女の口元には、悪寒が走るような笑みがあった。
「何か飲むか……喉が渇いたろう?」
「頂くわ」
女はシーツの上で裸身を横たえ、ジェレミーは起き上がるとサイドテーブルの上に載った赤い葡萄酒をグラスに注ぐ。精巧なクリスタルカットの施されたその品は職人の卓越した技が光るものであり、それ一つだけでも農村の家族が一年、何不自由なく暮らせるだけの価値があった。
「今夜はまだまだ終わらんぞ……明日からはまた、忙しくなるんでな」
「あら、枢機卿様でも、お忙しいことがおありですの?」
女にグラスを手渡して寝台に戻ると、ぎしりと寝台が軋む。
「ただ遊んでいるわけじゃあないんだよ……それに、いろいろと物騒な噂も耳にするしの」
「そうねえ」
暗赤色の液体を舐めながら、女は上目遣いにジェレミーを見た。
女の額には、奇妙な紋章があった。
恐らくは刺青なのだろうか。円形を描くようにして十二の星が描かれ、その中央には黒と白の円が互いに重なり合うようにして、描かれてあった。
「物騒な噂っていうと……たとえば、軍隊とか?」
「ほほ、どこでそれを聞いた?」
ジェレミーが手を伸ばし、女の顔に触れた。芋虫を思わせる太い指が顔を這いまわり、唇をなぞることにも抵抗せず、女はただ微笑んでいるのみ。
「まあ、よい……その代わり、このあとはもっと激しくなるぞ?」
「ご自由に」
女は誘いに応えるようにジェレミーの指に優しく歯を立てる。女の口元に湛えられている肉感的な笑みがまるで自分を見下しているように感じ、ジェレミーは唇をゆがめた。取るに足らぬ自尊心を満たすためだけに、ジェレミーは口外が禁じられている情報を口にする。
「どうも、国王が貴族を潰しにかかっておるようでな……少し、我等の力を国に知らしめてやろうとな」
「それで、軍隊を動かすのね?」
「おぅおぅ」
満足げに、ジェレミーは何度も首を振った。
貴族院三冠は、軍務省管轄とは全く別の武力を有していた。
その名も、天遣聖徒団。貴族の権益縮小を続ける政策の中で、この武力を弱体化する試みは再三にわたってなされようとしていた。
しかし、天遣聖徒団の兵力はその全てが貴族からなっているのではなかった。貴族の領土に吸収された小作農や中小の領主群、そうした人材を権力で縛り、意識改革を強いることによって作り上げられてきた武力なのであった。
もしこれを解体すれば、貴族というよりどころを失った兵士たちがどうなるのか。
当然、彼等を受け止めるだけの社会基盤は存在しない。ただ単に生産力に加算できないだけでなく、彼等が治安の悪化をもたらし、国土がさらに荒廃の色彩を帯びることは、充分に予想がついた。
これにより、国としては、思い切った処断を出来かねていたのだ。
「今はの、王がもう一度、<緋なる湖畔>を調べておるのだ……そこで、都市のひとつでも制圧してやれば、奴等も貴族の力を思い知るだろうの」
「怒られちゃうわよ?」
「構わんよ」
ジェレミーは、ふと女の顔にある紋章に、目を止めた。
「そういえば、お前の名を、聞いておらなんだの?」
「モルガン……モルガン・シーモアよ」




