第七章第二節<The Divine Lance Orders>
ジュライの言葉通り、地鳴りの正体はすぐにその姿を現した。
百は下らぬという騎馬軍隊。どれもが黒く骨太の体躯の軍馬に、それぞれ銀色の甲冑を着込んだ男たちが跨っている。深く面当てを下ろしているために一人一人の顔まではわからぬが、彼等が一様に胸に垂らしている分厚い刺繍入りの布垂れによって、彼等がどのような軍隊であるのか、ジュライは見抜いていた。
三つ首の龍が、光り輝く槍を掲げている雄姿。クレージェント国軍務省直属の軍隊の一つ、聖槍騎士団であった。
軍務省は、その紋章の示すとおり三つの騎士団を抱えている。
聖槍騎士団、聖守護騎士団、そして聖十字騎士団である。
そのどれもが一流の戦闘能力を有しているが、通常は国内の治安を目的とし、対外的な意味合いでの軍事力ではなかった。それがゆえに、先の大戦においてすら、このような軍事力を持つクレージェントに対して、オールマイアならびにラスケイピア、ヴァライア諸侯国連合は武力提携による共同戦線を実現できなかった。否、書簡は何通となく手渡されたものの、その悉くが君主書簡室幕僚によって握り潰されていたのであった。
その事実は国王も無論知るところであり、また国王も意志を同じくしていた。
さらにこれ以外にも、クレージェント王家は王室直属の軍事力として、独自に近衛上級騎士団を有してはいるが、こちらは攻撃よりも守備に重きを置いている性質上、滅多に機能することはない。
裏を返せば、近衛上級騎士団は王族にとって最後の砦であり、この騎士団が動くようなことがあるならば、軍務省下の三つの騎士団の悉くが壊滅的打撃を受けていることを意味していた。
アウレティカ、結女の二人は、無論このような軍隊を目にする機会などなかったに違いない。
ジュライもまた、恐らくは長い冒険者生活の中で、こうした騎士団の存在を知っていたのであろう。
だが、この地に聖槍騎士団があるというのは、如何なる理由か。
それに疑問を感じたジュライであったが、答えを急ぐことはなかった。
何故なら、三人を認めた騎士団の側から、彼等を包囲することによって接触を図ってきたからであった。
巧みなる馬術ですぐに進路を阻まれ、一糸乱れぬ動きで包囲網は完成していた。馬上からの威圧的な視線は三人の上に集結し、それ自体が物質的な力によって三人を地にねじ伏せようとでもするかのごとき迫力を持って迫ってくる。
自然と三人は互いに背を寄せ合うように立ち、その周囲を重装備の騎士たちが囲む態勢となる。
知らぬ者が見れば、まず間違いなく、三人が騎士たちに命を狙われていると判断することだろう。
否、当事者たる彼等自身にとってもやはり、その事実は拭い去れなかった。
今、この場でおもむろに、腰に刷いた剱を振りかざし、叩き込まれぬとも限らぬのだから。
しかし、その緊迫した空気も長くは続かなかった。馬と鋼の壁が動き、割れ、その奥から白銀の胸当てを着けた男が一騎、姿を現した。同じく重装備に身を固めてはいるが、兜には紅蓮の房が一つ、頭頂部につけられていた。
その姿から、この部隊を率いている男であろうことは、すぐに想像がついた。
「このようなところで、何をしている」
声からして、壮年の男性のようであった。兜の所為で表情は見えぬが、そのような構造では著しく視界を遮られているようでもあろうに。
言葉に詰まるアウレティカと結女。
残るジュライは、何を考えているのか、ぐっと拳を固めたまま男を見上げている。
「答えよ!」
男の傍らに控える、若い騎士が声を張り上げる。恐らくはその威圧感だけで、相手を射竦められるだろうと思っていたのだろうが、その声は虚しく大気を震わせたに過ぎなかった。
三人が一向に動じない様子に、男は問いかけの方向性を変える。
「我は聖槍騎士団中将、エセル・ダリウスである。冒険者風情であれば、この地がどのような場所か、知らぬわけはあるまい?」
ダリウスの言葉は命令から問いかけへと姿を変えたが、その本質はやはり権力を掲げたままの高圧的な態度に過ぎない。
このままではこちらの不快感が募るだけと見切りをつけたのか、動いたのは結女であった。
荷の中から羊皮紙の巻物を取り出すと、それをダリウスに向けて開き、突きつける。
「一介の冒険者風情が持てるようなものかどうか、その目で確かめてごらんなさいな?」
それは、フィリアゲートで手に入れた、ゾットールによる書状であった。歴史資料委員会会長の名においてしたためられたその書状には、持ち主である天城結女とその関係者らによる、国内の行動の自由を約束するものであり、会長の承諾なくしては不当な行動の阻害はその一切を排除する、という内容であった。
恐らくは、貴族院ですらも鼻白むその内容を前にして、ダリウスの動きもまた、一瞬停止する。
だがダリウスはその書状を結女から毟り取るように奪うと、それを間近で改めて眺めたのち、乱暴につき返してきた。
「このようなものが、どれほどの役に立つというのだ?」
「無視なさるのは結構、しかし騎士団の責任の所在を問われることに……」
「御託はいい」
結女の語尾は、エセルの重々しい声によってかき消された。そこまでの展開で、話の流れが読めてきたジュライは、そこでようやく口を挟む。
「どうでもいいが、よく考えねえと帰れなくなるぜ? 帰ったら即軍法会議にかけられて、首が飛ぶって可能性だってあるときた」
ジュライの言葉に、エセルは兜の中で鼻を鳴らした。
「貴様等の力が通じぬ理由を一つ、教えてやる。俺たちはな、国王陛下のご命令で派遣されているのだ。役人一人と陛下のお力、どちらに分があるかは貴様でも分かるだろうが?」
その言葉に、結女は胸のうちで小さく、しかし侮蔑を込めた冷笑を浮かべた。
その命令が、国王の意志であると、誰が断言できるものか。国王と伝達者の間にいる者が命令を意図的に改竄したり、また国王自身が宰相や王室管理事務局らの傀儡になっている可能性すらあるというのに。
国家による政治には、いくら少数とは言えど、権力と地位に対する盲目的な信仰が不可欠な場合が多い。
この男もまた、そうした類の人間か。
愚かとはいえ、迷いがあれば軍人などやっていられぬだろう。それも、軍隊の中で、上層階級に位置する身分など。
だが、無論ではあるが、エセルは結女の心の中まで、覗くことは出来ぬ。己に与えられた権限によって他者を支配することへの快感と同時に、彼の胸中には小賢しくも書状をこのような小娘に与えるなどということをした委員会会長ゾットールに対する上官への不信任の密告すら、ちらちらと垣間見えていた。
エセルは部下に振り返ると、短く命令する。
それによって、三人の処遇は決定された。
「連行しろ。ただし、傷はつけるな」




