間章Ⅵ<神将集結>
エルクス・オメガロッドを磔にしている、死刑執行人ヒューの能力によって生み出された断罪の十字架を見上げているシャトーの前髪が、風に揺れた。
視線の先では、既にエルクスは気を失ったまま、首を項垂れていた。だがそれでもなお、紫の十字架はなおも彼を離そうとはせず、しっかりと四肢を己と融合させたまま、重々しい鎖とともに躰を戒め続けていた。
外傷はないが、その魂魄にはいまだ癒えぬ傷がしっかりと刻み込まれていた。
エルクスは西園寺万葉を初めとした神戦士に、そしてエフィリムは東享市に集った呪術師らに敗北し、今や逃げ場を失った躰には身を護る術すら存在していなかった。
「こちらにおられましたか」
僅かに掠れた男の声がした。
シャトーが振り向くと、そこにはタキシード姿の初老の男性が直立していた。
アルバート・ガードナーと言うのが、彼の名であった。無言で迎えるシャトーに、アルバートは柔和そうな顔に微笑みを浮かべ、口髭を揺らした。
「失礼致します。貴族院アイアトン家の刺客が例の少年の一行に接触、撃退された模様にございます」
「へえ」
腕を組み、シャトーはアルバートにはじめて視線を向ける。
「なかなかやるじゃないか。刺客だって、決して弱くはなかったんだろう?」
「影を駆る秘蹟能力者のようですが……撃退、という表現は相応しくないかもしれませぬな。戦略的撤退、と申し上げたほうがよろしいかと」
事実、魔影を操る女は能力的に結女やジュライに劣っていたのではなかった。
しかし、あの状況では分が悪すぎた。
実際、あれだけの大勢を相手に立ち回り、勝利を収めることは可能であっただろう。だがその場合、彼女は秘密裏に指環に接触を図るという当初の目的を大きく逸脱することになってしまう。
相手に残す情報を最小限度に抑え、また手傷を負うこともなく、撤退した手筈は絶妙といってもよかった。
「どちらにせよ」
シャトーは紫の十字架を回り込むように、アルバートに歩み寄る。
「貴族院はまたも失策し、そして復帰の機会はまた一つ減ったということだ」
「然様にございます」
頷くアルバートを肩を並べるように、しかし視線は互いに交錯することなく逆を向きながら、シャトーは静かに言葉を続けた。
「<緋なる湖畔>について、何か判明したことはあるかい?」
「モルガン・シーモアとアリス・エルランジェが既に調査より帰還しております。あれほどのものなら……他国が動くのも無理はありませんな」
「そうなのかい?」
アルバートはそれ以上は語らず、笑みを湛えたまま意味ありげに頷くだけであった。
<緋なる湖畔>。
数百年の歳月をかけても、その間にも数多の権力者、魔術師、秘蹟能力者が躍起になっていたにもかかわらず、その一端さえも垣間見せなかったあの禁断の地から帰還したということは。
しかも、収穫もなくただすごすごと帰還したのではないということは、アルバートやシャトーの表情からも推測できた。
どのような方法で、どのような情報を持ち帰ったというのか。
否、そのように容易に引き出せるものではないことは、歴史が証明しているはずだ。
「それじゃあ、そろそろ、動いてもらおうか?」
「結構ですな」
後ろ手を組んだまま、アルバートはポケットから眼鏡を出して鼻の上に乗せた。
「召喚師が欲しいな、そうでなくとも、遠隔魔術の使える人材が……」
「ハインリッヒ・メンデルスゾーンでございますか?」
アルバートの記憶の中から導き出されたその答えに、シャトーはかぶりを振った。
「いやいや、それをこちらの手札から出しては面白くないよ。もうしばらく、主賓は隠れていないとね」
「……は」
アルバートは表情を硬くし、半歩退いた。
「貴族院は味方を求めてはいるが、いささか選り好みが過ぎるようだ。自分たちが贅沢を言っていられる立場ではないことが分かれば、もう少しやりやすいんだけどね」
「と、申しますと?」
僅かに言葉を切ったのち、シャトーは口の端を吊り上げた。
「そうだね、次の役はラスケイピアに譲ってみようじゃないか」




