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新編 Nostalgia Episode7  作者: 不死鳥ふっちょ
第一部  Eternal twilight dominated all of the island.
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第五章第二節<Lost property>

 確かに、あの男の言い方には問題があった。


 必要以上に、結女の無知をあげつらい、そして侮蔑した部分もあった。


 だからその点で、アウレティカはあの男よりも、結女の肩を持ちたかった。


 だが、問題は話題となったその場所であった。


 <緋なる湖畔(エスフォート・ライネ)>。


 それが如何に常軌を逸した場所であるかということは、この土地に暮らしている者なら誰でもが知っていることだ。


 自分もジュライも、その印象が強いのだ。眉間に皺を寄せ、唇を噛み締めている結女の横で、アウレティカはあの男が座っていた席に目をやった。


 あの男もまた、そうした言い伝えを信じているのだろうか。それとも魔術を学ぶ者として、あの地についての本格的な知識を持っている者だったのだろうか。


 どちらにしても。


 ふと落とした視線の先で、何かが光った。カウンターの軒下で、何処から差し込んだものか、店内の僅かな光を頼りにして、何かが光ったのだ。


「……ちょっと、ごめんなさい」


 結女の後ろを通って、アウレティカは席の前に屈みこんだ。


「何よ、外行ったってどうせ寒いばっかりよ」


 八つ当たりの言葉を吐きながら、卓上で組んだ指に視線を落としている結女を背中に感じながら、アウレティカは光が見えた部分に手をやった。カウンターの前に自分がしゃがんでいるため、ただでさえ暗い部分がさらに暗くなっているために、詳細は見えぬ。


 しかし予想通り、アウレティカは指先に何か冷たい金属のような感触を覚えた。


 摘み上げようとすると、それが環状になっているものであることが分かった。


 暗がりから這い出て見ると、それは指環であった。鈍く光る、艶消しの銀の指環に、大きな黒玉石が嵌め込まれている。宝石や彫刻について、専門的な知識がないアウレティカにも、それが高価な代物であるだろうことは、一目で理解できた。


「ちょっと、外に行ってきます」


 恐らくは、先ほどの男が落としたものだろう。今ならまだ、然程遠くへは行っていまい。


 アウレティカは外套を羽織る間もなく、酒場を飛び出した。


 店の外に出るや否や、総毛立つほどの冷気がアウレティカを包み込む。慌てて首をすくめ、往来を行き交う人々の流れに視線を泳がせるも、男の姿はない。いきなり酒場から飛び出てきた薄着の少年を、人々はまるで珍しいものを見るかのような視線を向け、足早にその前を過ぎ去っていく。


 少なくとも、もうあの男は去ってしまった後なのだ。


 これ以上捜索を続けても、見つかる確率は限りなく低いに違いない。


 アウレティカは肩を落とし、酒場へと戻っていった。



 



 身を切るほどの寒さはすぐに薄らいだが、代わって外の新鮮な空気を吸い込んでいたアウレティカには、店内に漂う酒と煙草の匂いが、やけに鼻につくように感じられた。テーブルに戻ると、結女は腕の上に頭を乗せ、横を向くような形で上半身を投げ出していた。


 眠っているのではないことは、入ってきたアウレティカと視線がぶつかったことでわかった。


「何処行ってきたのよ」


「あの、これ」


 結女にも見てもらおうと、アウレティカは手に持った指環を目の前のテーブルに置いた。


 だが、怠惰と自己嫌悪の霧に覆われてしまった結女の知覚は、眼前のそれを憎たらしい男の所有品という認識までに留めてしまっていた。


「拾ったんなら、さっさと売っ払っちゃいなさいよ……あいつが持ってたってだけで見たくもないわ」


 そのままの態勢で、結女は指環に背を向けるように、反対側に顔を向けてしまう。一人残されたアウレティカは、どうしていいものかわからずに、ただ指環を握り締めたまま、当惑の表情で立ち竦んでいた。

 だが、その指環に反応を見せた人物が、一人だけいた。


 先ほどまで、サラマンダーブレスを煽っていた、自称教授のあの男であった。


「少年、そいつを見せてくれないか」


「えっ……あ、はい」


 男は、あれだけ強い酒をちびりちびりやっておきながら、その瞳には微塵も酔いは見られなかった。


 いや、それとも、魔術師の落としていった指環というものに知的好奇心を刺激されたのか。


 あながち、大学教授という肩書きは嘘ではなかったのかもしれない。


 アウレティカが差し出した指環に、男は最初手を触れなかった。じっと顔を近づけて観察し、そして角度を変えて持ってもらうようにアウレティカに指示を出し、さらに詳しく観察をする。


 何故、男が自分で指環を持とうとしないのか、それがアウレティカには気になった。気にはなったが、こうして今、自分自身が持っていることについて、何も異変が起きていない以上、理由を尋ねることもはばかられるような気がしていた。


 丹念な観察のあと、男は顎髭を指先で撫で回し、なおもなにやらぶつぶつと独り言を零していたが、やがてやおら立ち上がると、アウレティカの肩に手を置いた。


「君、済まないが、これから私の研究室に来てくれないか」


 その反応に驚いたのは、アウレティカよりも結女であった。


「研究室……って、どういうこと!?」


「生憎と、ここでは本格的な検査が出来ないんでね、来てくれるかな」


 この指環には、男を本気にさせるだけの何かが備わっているということなのだろうか。


 幸いにも、この後の予定は決まってはいない。考慮すべき点があるとすれば、午前中から酔いつぶれてしまっているジュライ一人であったが、どこかの宿の部屋にでも放り込んでおけばいいだろう。


「じゃあ、私はこいつの部屋、確保してからいくから…場所だけ教えてくれる?」

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