#20 静かなる包囲網
『…あの二人、もう向かったかな』
『どうだろうね。まだ昼前だし…』
翌日――
グレンとノアは引き続き特治の建物内で仕事をしていた。
自分がテレポートで送れたなら何も問題はなかったが、テレポートのPSIを持たないルーカスとアレンの二人では、普通に公共の交通機関を使って実家まで戻るしかない。
それだけで、グレンは朝から気が気でない状態が続いていた。
――そのせいもあって、グレンは昨日、ルーカスにお願い事をしている。
「ルーカス、お前に負担をかけて悪いが、絶対にアレンを守ってやってくれ」
「大丈夫だよ心配すんな」
「アレンには常にPSIを発動させているから、離れていても何かあれば、俺もすぐに
駆けつけることができる」
「…すげぇな。そんなこともできんのか」
「ただ、これは危険な場に遭遇した時に、恐怖でも不安でも、アレンが強い感情を抱かない限り、察知がかなり遅れる」
「…」
「一人の時と違って今回はお前がいる。それがアレンの安心感につながって、逆に俺を呼ぶ必要性が下がれば、即座に察知することが出来ないかもしれない」
「まぁそもそも、お前が来る必要は無いと思うぜ?」
「…アレンとお前の命に関わる話だ。過信はするな」
「してねぇし。…大丈夫だよ。ちゃんと守るから」
「お前自身もだぞ?道中で何かマズいことが起きたら、お前も俺を呼べ」
「…俺が呼んでも意味なくね?」
「あるんだよ。三人までなら何とか遠隔でも見守れる。アレンとノアには以前からかけているから、残りをお前に使った」
「…」
「いいか?無理はするな。アレンにいいところを見せようともするな」
「何だよそれ」
「マズい時は呼べ」
「…分かったよ」
グレンの持つPSIに応用を効かせることで、ある程度の距離内であれば、守りたい対象者が危険な目に遭った際に、その感情を読み取ることで遠隔でもその危機を即座にキャッチすることができる。
だが、あまりに遠距離だったり、対象者が自分を強く呼ばない限り、その精度は格段に落ちてしまう。
また、対象者を増やせばその分負担も増す。
さらに、常に強いPSIを発動し続ければ副作用が出るリスクもあるため、いつでも確実に明確な判断ができるとは限らない。
まして、今回は自分やノアにも危険が迫っている。
最悪の場合、自分たちのことで手いっぱいで、アレンの元へ駆けつけるタイミングが遅れるかもしれないという不安があった。
ただ、今回はルーカスがついていてくれるため、幾分安心はできるが、逆にルーカスに危険が及ぶ可能性も無視はできない。
グレンは、とにかく、自分にできる限り、自分たちもあの二人のことも、全力で守らなければと意識を最大限に研ぎ澄ませていた。
『…まさかこんな場所で、しかも早々に「こと」が起きるなんて、信じがたい話だな』
『まぁ、朝からこのフロア誰もいなかったから、めちゃくちゃ怪しいとは思っていたけどね』
出勤した時から何となく嫌な予感はしていた。
だが、警察署内で、本来味方であるはずの人間の手によって、自分たちの命が脅かされることなどあるはずが無いという、一縷の望みも捨てきれずにいた。
『…滅多にお目にかかる機会もない立場のあなたが、なぜこんな場所に?』
『君たちがいかに優秀であるかは、いつもフロストから聞いているよ。今日は実際に顔を合わせて労いたくてね』
グレンとノアの目の前に、ブラックウッドが姿を現す。
そのすぐ後ろについているのは、特治の人間でも本庁の人間でもなく、esの人間だ。
『…いったいどういう組み合わせですか?なぜesの人間がここに?』
『さぁ、なぜだろうな』
『…フロスト執行監はどちらに?』
『あぁ、フロストにはちょっと頼みごとをしていてね。ここへは来ないよ』
『…』
フロストはこの状況を知っているのだろうか。
…いや、知っていたらなんだ?
あの上司が信用できない存在であることは昨日理解したではないか。
知っているに決まっているし、仮に知らなかったとして、気にも留めないだろう。
『まさか、ここで戦闘でも始める気ですか?』
言いながら、グレンの目が赤く染まる。
それを見たブラックウッドが笑って答えた。
『君たちをここで暴れさせたら署内が壊れてしまう。そんな物騒なことはしないよ』
『…』
『ただし、君たちが大人しくついてきてくれるなら…の話だが』
『…』
確か、ブラックウッドはフロストと同様、四つのPSIを持っているが、攻撃系のPSIは無かったはず…となると、後ろに控えているesの人間は攻撃系のサイキックの可能性が高い。
オーラを見る限り自分たちが勝てないような相手ではないが、にも関わらず相手側に余裕を感じるのがかえって気にかかる。
そもそも、本当にここで一戦交えるわけにはいかない。
関係のない人を巻き込むリスクはもちろんだが、こうなるともう、誰が味方か敵かが分からない中で行動を起こすのはあまりにも危険だ。
『…』
グレンはノアと目を合わせ、とりあえず、ここは大人しく相手の言うことに従うことに決めた。
『…マジか、来んの早くね?』
臨時休業の準備を済ませ、家に戻って昼食も終えた二人は、実家に向かうために玄関を出た。ちょうどそのタイミングで、複数人のサイキックたちが二人の前に現れて、行く手を遮っている。
ルーカスは盛大にため息をついて「めんどくせぇな」とつぶやいた。
そして、不安そうなアレンに向かって軽く笑って告げる。
『アレン、アイツらはどう見ても俺より弱い。お前を守りながらでも余裕で倒せる』
『…ルーカス…』
『だけど、ここじゃちょっとな…家を壊しちまったらグレンに怒られそうだ』
『…』
『…というわけで、ちょっと我慢しろよ?』
『え?…わッ!』
アレンに話しかけながらその目を金色に光らせていたルーカスが、突然アレンを担いで屋根伝いに飛んで逃げる。
それを見たesのサイキックたちが「追え!」と叫んで二人の後を追いかけた。
『ル、ルーカス!』
『悪ぃな。俺はテレポートできねぇから、ちょっと、暴れても良さげな場所まで逃げるぞ』
アレンに話しかけながらクレヤボヤンスで辺り一帯を見渡していたルーカス。
少し先に大きな広場を見つけ、おそらくそこまでの距離程度なら、自分の足でも逃げ切れると判断して、アレンを軽々と持ち上げ、驚異的なジャンプ力で家々の壁や屋根を伝い、最短距離で広場までたどり着く。
『…ここにいろ、絶対に出て来るなよ?』
大きな木の陰にアレンを下ろし、そう告げると、ルーカスはすぐにでも追いついていたサイキックたちの前へと進む。
『ルーカス!』
『大丈夫だって!そこで見てろ』
アレンにはそう言ったものの、相手は六人。
一人なら楽勝だが、アレンへの攻撃をさせないようにしつつ、一度で仕留めるにはギリギリの人数だ。
『…』
六人か。
…六人いれば俺を捕まえられると判断したってことだよな。
――ルーカスは、あからさまに面白くなさそうな顔をサイキックたちに向ける。
『ナメられたもんだぜ』
ルーカスのオッド・アイが両目とも深い金色に光り、虹彩が揺れた。その瞬間に、空気が、焼ける。
閃光――それはもはや、放たれたというより、空間そのものが裂けたようだった。
ルーカスを中心に、雷が放射状に弾ける。
枝分かれした電撃が、意思を持つかのように標的へと走り、六つの影を、ほぼ同時に貫いた。
『…』
轟音が遅れて響く。
地面を叩きつけるような衝撃とともに、空気が震え、焦げた匂いが一帯を覆った。
終わった…そう判断しかけた、その瞬間。
『…マジか』
一人、膝をつきながらも、なお崩れない影があった。
皮膚は焼け、呼吸は乱れている。
それでも、こちらを睨み返してくる。
『よく耐えたな』
だが――
次の一手に、時間は要らない。
ルーカスは一歩も動かないまま、意識を静かに研ぎ澄ませる。
視線すら向けず、ただ空間に、触れる。
その瞬間、音のない衝撃が走った。
空気が歪み、圧縮され、解き放たれる。
見えない刃のような振動が、一直線に敵を貫き、内部から、破壊する。
――声を上げる間もなく、男の身体が崩れ落ちた。
遅れて、静寂が戻ってくる。
『…あ~、ダルッ』
ルーカスはゆっくりと息を吐き、アレンの方へと向きなおった。
『終わったぞ』
『…ルーカスって本当に強いんだね』
『は?当たり前だろ?』
そう言いながらアレンの元へ向かっていたルーカスが、弾かれたように後ろを振り返った。




