#21 牙を剥く悪意
『いや、いなかっただろッ!』
見ると、新たなサイキックが四人、その場に佇んでいる。
ルーカスは攻撃を仕掛ける前、クレヤボヤンスでしっかりと索敵を行っていた。目に見えている六人以外、確かにこの場には誰もいなかったはずなのに…
『…どこから出てきた』
『興味を持ってもらえて嬉しいよ』
ルーカスの問いに気味の悪い笑みをこぼしたサイキックが、得意げにそう答える。「おい」と別のサイキックに指示を出すと、そのサイキックが手をかざした先に、実像が浮かび上がった。
――どうやら、PSIの発動でその姿は隠されていたらしい。
ルーカスの目の前には、人とも獣ともつかない、おぞましい姿をした生き物が、首や手足、腹など様々な場所を鎖で繋がれ、意思も無くその場にいるかのようにユラユラと立ち竦んでいる。
『…これは…』
その姿は、人間より二回り…いや、それ以上に大きい。
ルーカスが見上げたその姿は、大きさも見た目も、明らかに「人」ではなかったが、かといって、この世に生きるどの生き物にも当てはまらない異質さがあった。
『ッ…アレンッ!』
背後にドサッと人が倒れる音がして、ルーカスが慌てて振り向くと、おそらく、この得体の知れないおぞましい生き物を目にし、気絶したのだろう。アレンが倒れ込んでいた。とっさにアレンの元へ駆け寄ろうとしたルーカスに、esのサイキックが語り掛ける。
『この化け物を目の前にして平気で背中を向けられるとは、大したものだな』
『…ッ』
ルーカスには、この化け物に見覚えがあった。
あれは、ロキに連れられ、立ち入り禁止区域内の地下に潜った時だ。
長い通路を歩いて行った先に、例えようのない気持ちの悪さが漂うドアがあった。自分では絶対に開けないと思うほどに不気味なオーラを発していたそのドアを、ロキが開けた。そして、その部屋の中にいたのが、今目の前にいるような、人とも獣ともつかないおぞましい生き物だったのだ。
『…』
あの時の化け物もやはり体が大きく、まるで、その部屋と同化しているかのように壁や天井に張り付いていて、口が、まるで人が一人通れるくらいに大きく、奥へと続く闇が何とも言えない不気味さを漂わせていた。
『…そいつはいったい、何だ?』
今自分の目の前にいる化け物は、腹の辺りに空間ができていて、その穴は、やはり人が一人通れるくらいの大きさになっている。
奥を覗くと吸い込まれてしまうのではと恐怖に感じるくらいに、異質で歪んだ空間が存在していた。
『こいつはとても便利な道具だ』
『…道具?』
『ワープだよ』
『…』
『君もそうなのだろうが、テレポートのPSIを持たない者でも、「これ」を使えば一瞬で目的地へと向かうことができる』
『…』
『まぁ、まだ試作段階でね。あらかじめ設定された、特定の座標にしか飛べないが』
『…』
『改良を重ねれば、思うところに行けるようになるだろう』
『…』
まさか…まさか…
『…ソイツは、もとは人間だった…なんて言うつもりじゃねぇだろうな?』
震えるルーカスの声に、esのサイキックが嬉しそうに答える。
『その通りだよ。この実験はかなり難しくて、何百体と失敗を重ねた末にやっと成功の兆しを見せた、数少ない個体なんだ』
『…』
『「これ」を含めてまだたったの三体しか成功していない、とても貴重なものだ』
『…』
『見れてラッキーだったな。いや、今から利用もできる。お前は運がいいよ』
『…』
これが、人間?
こんな…こんな実験のために、何の罪もない人が化け物にされている。
こんな姿になるくらいなら、いっそ失敗して死んでしまった方がどんなに…
『もちろん、最終的な目標は、美しい外見を保った状態での、瞬間移動の道具となってくれることだがね』
『…』
『そうすれば、商品として売りやすくなる』
『…』
『これでは、ワープの道具として機能はしても、誰も欲しがらないだろう。…彼のように気を失うか、腰を抜かす者が後を絶えないはず』
『…』
『まぁ、どのみち商品化までにはまだ長い道のりだよ。掛け合わせるPSIや使う薬品の多さ、配合の難しさがネックでね。非常にコストがかかるんだ』
『…』
『もとは何の価値もないノーマルのクセに、ここまで金と時間を使わせるのだから、せめて道具となって働いてもらわないと割に合わない』
『ッ!』
楽しそうにそう語るサイキックめがけて、ルーカスがPSIを放つ。
雷がその場で暴発を起こしたかのように眩しく、目も開けられないほどの閃光が周りを包んだ。
『…突然なんだ?危ないだろう?』
『…効いてねぇのか?』
先ほどの六人と違って、この四人には今のルーカスの攻撃がまったく効いていないようだった。
――どういうことだ?
シールドを張っているようには見えないが…
『君たちはesを少し誤解しているようだ』
『どういうことだよ』
『esは国中…いや、世界中からハイレベルなサイキックや天才的な頭脳を持った科学者たちが集う巨大組織だ』
『…』
『君は相当力のあるサイキックと見るが、それでも、君レベルのサイキックはesにもたくさんいる』
『…』
『君の攻撃が通用しないからと言ってそれほど驚くようなことじゃない。上には上がいるんだよ。どの世界にもね』
『…そうかよ』
別に、自分より上がいないだなどと思ってはいない。
現に自分は、グレンにも勝つことはできないだろう。
ロキに至っては、目の前にしただけで恐怖で体が震えた。
自分のサイキックとしての勘は狂ってなどいない。
――自分より強い者には、ちゃんとアンテナが働いている。
『でもそれは、お前がちゃんと俺の能力を見極めていればの話だけどな』
言い終わらない内に、ルーカスの持つPSI「フォノンキネシス」が発動し、近距離にいた四人に対して強力な精神干渉を仕掛ける。
体の自由が奪われ、酷い眩暈と言いようのない強い不安感に襲われたesのサイキックが、頭を押さえて悲鳴を上げる。
その瞬間――ルーカスの指先がわずかに動くのと同時に、空気が細く震えた。音はない。だが、その一点だけ、密度が変わる。
まるで、見えない糸が張られたかのように、空間に「線」が引かれる。
『…なッ…』
四人の内の二人のサイキックは、自分の身体に何が起きたのか理解できず、ゆっくりと視線を落とした。
――遅れて、裂ける。
肩口から斜めに、滑らかな断面が開き、血が静かに滲み出した。
声を上げる間もなく、そのまま、崩れる。
『…二人かよ。確かに、結構しぶといな』
四人仕留めるつもりで攻撃したにも関わらず、倒れたのは二人…
大きな口を叩くだけはあるなと、ルーカスが再び攻撃態勢に入る。
だが――
『なるほど。なかなかやるな。ヴェイル統括研究監がほしがるだけはある』
『…どういうことだ?』
『君が知る必要はない…が、君とあのノーマルの彼をesまで連れて行かないと我々がお叱りを受けるのでね』
『…』
自分だけじゃなく、アレンも?
どういうことだ?
なぜアレンが狙われる?
『…』
…ノーマルだから…か?
連れていかれたら、アレンも実験の犠牲になるというのか…
『…ふざけんなよ。させるわけねぇだろッ!!!』
まるで炎のようにブワリと立ち昇った強大なオーラに、esのサイキックが怯む。すぐにでも響き渡る轟音。
閃光が、地面ごと抉り取るように走った。
雷撃は一直線ではない。暴れ狂う蛇のように分岐し、逃げ場を探すサイキックたちを追い詰める。
『ぐッ…!』
叫びは途中で掻き消えた。
――直撃。
圧倒的な電流が全身を貫き、骨格ごと焼き抜く。
爆ぜる光の中で、影が弾け飛ぶ。
遅れて、衝撃波が地面を叩き割った。
…焦げた匂いとともに、静寂が落ちる。
『…確かにお前だけは、別格のようだな』
『…私には効かない。諦めろ』
強がりではなく、自分もまだ100%の力は出していない。
だが、日頃は使わないくらいの本気度を出しているのも事実だ。
コイツだけ他の三人とはレベルが異なる。
それでも、自分の本能に従うなら、コイツが自分より優れたサイキックであるはずがない。
大丈夫――やれる。
『…ルーカス?』
『!』
その時、背後からアレンの声が聞こえ、ルーカスが振り返った。
『アレン、大丈夫かッ!』
『ルーカス危ないッ!』
ほんの僅か、ルーカスがアレンを振り返る隙を見逃さなかったesのサイキックが、
ルーカスの背後から攻撃を仕掛ける。
…その攻撃を、ルーカスは本来なら避けることができた。
だが、相手の攻撃の軌道の先に、アレンがいたのだ。
『…ッ!!』
瞬時に、空気が歪む。
ルーカスが両手をかざして振動の層を展開する。
だが、間に合わない。次の瞬間、衝撃が叩き込まれた。
――重い。
振動の膜が削り取られる。完全には防げない。




