#22 届かぬはずの声
『クソッ…!』
鈍い音とともに、ルーカスの身体が大きく揺れた。
腕をかすめた攻撃が、肉を裂き、熱を残す。
それでもどうにか、アレンが巻き添えを食わないように、一身に攻撃を受け止める。
…数秒遅れて、痛みが追いついてきた。
『ルーカス!ルーカスッ!!』
『…大丈夫だから、隠れてろ』
さて、どうする?
自分にはヒーリングのPSIはない。
受けた傷は致命傷ではないが、それなりの出血は、自分がPSIを扱うのに少々邪魔だ。
『…ちょっと痛ぇしな…』
苛立ちながらも、ルーカスは最後まで生き残っているesのサイキックと、そのサイキックが管理しているあの、実験のなれの果てのような異質な生き物を見ていた。
このサイキックを始末したとして、「あれ」はどうすれば良いのだろう。
「ワープをするための道具」だと言っていた。
あんなものが一人で勝手に街中をウロウロし出したら、住人たちが被害に遭うかもしれない。
T-01地区でこんな騒ぎが起きればとんでもないことになる。
だが――
『…』
今は余計なことは考えるな。
自分にとって、アレンが無事ならそれでいい。
後のことは後で考えるべきだ。
『…グレンに任せりゃいいだろ』
面倒なことは嫌いだ。
とりあえず、今自分は目の前のコイツを消せばいい。
『…?』
PSIを仕掛けるつもりでesのサイキックへと向きなおった瞬間――
ぐらりと視界が歪み、ルーカスが膝をつく。
『ルーカス!』
『…あれ?』
気づけば、傷を受けた左腕が痺れている。
その指先は、針で刺されるような痛みが出始めている。
『…マズいな』
『効いてきたようだな』
先ほど受けた攻撃が神経侵食型のPSIだったことに気づいたのと同時、ルーカスはひと際重たく大きな電撃をサイキックに向けて放つ。
サイキックがそれを防ぐ隙にアレンのもとへと駆け寄り、手短に伝えた。
『アレン、ちょっとマズい。次の攻撃のタイミングで一人で逃げろ』
『何言ってるの?できるわけない!』
『良いから。自分のことは自分で何とか出来る。でも、この傷はちょっと厄介だから、お前を守れるかどうかが怪しくなっちまった』
『…それなら、一緒に逃げよう』
『そうしたいけどな、まぁ、先に行ってくれよ』
『ルーカス!』
『チャンスは一度だけだ。俺が攻撃を仕掛けるタイミングで全速力で走れ。そして、少しでも距離を取ったらグレンを呼ぶんだ』
『…』
『いいか?アホほど念じろ。グレンが来ないとちょっとヤバい』
『…』
『良いな?絶対に…ッ!』
話の途中で急に、ルーカスが苦し気に頭を抱える。
右が金色、左が緑色のルーカスのオッド・アイが、左右逆に変色する。
『ルーカス!ルーカス大丈夫ッ!?』
『大丈夫ではないだろうな。私のPSIが脳に侵食を始めているのだろう』
『…クソッ!陰湿なPSIを使いやがって!』
『そう減らず口を叩くのもあともう僅かだろう』
『…』
真っ青な顔でesのサイキックを睨んだルーカスが、震える手をかざして攻撃の体制を取る。
――この一撃で倒せなければ、自分だけでなくアレンまで巻き添えにしてしまう。
何としても、仕留めなければ…
『…ッ…』
『無理に足掻くな。殺しはしない。二人とも連れ帰らなければならないからな』
『…アレン、逃げろ』
『嫌だ!』
『…!!』
ルーカスの目が強く光り、かざした手から衝撃波が繰り出される。
だが、感覚にズレが生じているのか、その攻撃はesのサイキックの体を逸れてしまった。
『…ッ…』
『ルーカス!』
痺れの悪化と共に、痛みも激痛へと変化する。
このままではマズい。
自分はともかく、アレンだけは逃がさなければ。
…グレンを呼ぶか。ルーカスは一瞬そう考えて、やめた。
グレンが今どんな状況にいるか分からない。
こんなにも早々に自分たちのもとへesの人間が来たということは、同時にグレンたちの所にも来ている可能性がある。
誰かに頼るのではなく、自分がアレンを守る必要があるとルーカスは考えた。
『ルーカス!ルーカス!…どうしよう、どうしよう…』
痛みが全身に回り始め、苦しそうに崩れ込むルーカスの肩を抱き、アレンは恐怖の中で必死に考えていた。
当たり前だが、自分ではルーカスを守れない。
では、兄に頼るか?ノアを呼ぶか?
目の前にいる敵を倒すだけではない。
ルーカスを救うことができないとダメだ。
ノアは人に対するヒーリングのPSIは持っていない。
兄にしても、自分に対して発動するのがメインであって、人を治す力はそれほど強いわけではないと聞かされている。
…つまり、他人に対しては応急処置的な意味合いや、軽傷に対して効果があるという程度のもので、今目の前で苦しんでいるルーカスのこの状況を治せるだけの力があるのかどうか、不安が募る。
『…』
かと言って、他に誰も頼る相手など…
『…ッ…』
もし…もし、この声が届くなら――
ヒーリングのPSIをどれほど持っているかは分からない。
ただ、自分たちを助けてくれそうな存在、そして、気遣う心配も不要なくらいに圧倒的な強さを持つ相手…
『…ロキ…』
ロキであれば、ルーカスを救ってくれるのではないか。
分からないが、自分が思い浮かべることのできるサイキックなど、兄かノア、そして、ロキくらいしか知らない。
『お願いッ!!』
アレンは心の中で強く、これ以上ないくらいに強くロキの名を繰り返し呼んだ。
どうか助けてほしい。
自分のことはどうなっても構わない。
ルーカスのことを助けて――
そう願って、何度もロキの名を呼び続ける。
『ッ!!!』
その瞬間、空間が裂けたように弾かれる。
アレンの目の前に現れた人影から放たれる、周囲を巻き込むような重苦しい圧と、轟音を響かせた凄まじい衝撃――
至近距離で攻撃を受けたesのサイキックの体が一瞬で消える。
同様に、あの、異質な生き物の姿も、跡形もなく消え失せていた。




