#17 静かな渇望
『…』
シヴァは、T-13地区の外れにある広大な公園の中に一人佇んでいた。
T-14地区・T-15地区になると、整備された大きな公園などはなく、街の外れに手つかずの森林が広がっている程度だが、この地区まではギリギリ、そこに住む人間たちにとっての憩いの場となるための自然公園が整備されている。
だが、平日のこの時間帯に、あまり多くの人間はいない。
…いないのだが、どのみちシヴァは、その姿を人に見られないよう、常にPSIを発動しているため、時間や曜日はまったく関係ないだろう。
『…』
あの場でグレンと遭遇したのは想定外だったが、考えてみれば店の二階は家なのだから、ああやって通い続けていれば、遅かれ早かれ顔を合わせることになっていただろう。
――グレンは気づいていなかったようだが、シヴァはグレンと対峙した際、彼の中に流れる「血」を見て、自分とのつながりを確信していた。
アレンと同様、それはとても薄いものではあったが、でも確実に、レナード・ブラッドの血筋そのものだった。
自分はレナードとは血の繋がりはないが、弟のアーサーとは母親が一緒だ。
その分だけのつながりではあるものの、シヴァにとってグレンは「簡単に殺していい相手」ではなくなっていた。
ただ、それをグレンやアレンに気づかれると困る。
『…』
こうなるともう、あの花屋には行けないな。
シヴァはそう考え、戸惑う。
これではまるで、残念がっているようではないか。
『…』
あの店の空間に身を置くと、体が軽くなるような気がした。
気持ちも安定して、頭がスッキリするような感覚もあったし、呼吸もラクになった。
自分の内にある「雑音」は、すべてとはいかないまでも、幾分静かに収まっていたため、その分、思考がクリアになったのだろうと思う。
――だから、だろうか。
今この瞬間の体調は、酷い。
反動…なのだろう。あの、心地良い状態を知らなければ、今こんなに辛く感じることなどなかったはずなのに。
いつだってそうだっただろう。
これが、自分なのだ。
それなのに、そこから抜け出すようなマネをするから、余計に苦しくなる。
『…ッ…』
花に囲まれていたから気分が良くなるなど、そんな単純な話でないことは百も承知だった。
それでも、もうあの空間に行けないのであれば、せめて…と、花が咲き乱れるこの場所までやって来たというのに…
『…愚かだな』
シヴァは、アレンの周りに広がるあの独特の空間の正体が何なのかを知りたかった。ノーマルだと言っていたが、サイキックを惑わす何かを持っているとでも言うのか。
だとしたら、なぜグレンやノア、ルーカスには何の影響もないのだろう。
『…ぅッ…』
ひと際苦し気に眉をひそめたシヴァ。押さえた口元からは鮮血が流れている。
肩で息をしながら、それでも、ヒーリングのPSIが発動しないよう、必死に抗っているのは、自身を放っておくことで死に近づきたい思いを抱えているからだ。
自死もできないシヴァにしてみれば、自然に命が消えるのを待つしかない。
苦しむことで死期が早まるのなら、それに越したことはないと思っていた。
『…』
そのまま木の根元へと崩れ落ちたところで、誰の目にも触れていない。
誰も頼らないし、誰も、助けはしない。
そういう時間をもう、何十年となく、生きてきた。
『…ッ』
自分の中に、例外はない。
特別など、作らない。
だが――
『…』
知りたいと思うのは…許されないこと、だろうか。
『なぁ、これって何ていう花?』
『それはね、ノクレイアっていう花だよ。小さな星が集まったような花でしょ?』
『あ~、まぁな』
『群生するとまるで星空のように綺麗に見えるんだよ。ボリュームを出しやすいから、ブーケを作る時にも重宝するんだ』
『ふぅん』
あまり興味はなさそうだなと、ルーカスの様子を見たアレンが笑う。
グレンに頼まれて、アレンと一緒に店番をしているルーカス。
退屈だろうなと申し訳ない気持ちもあるが、ルーカスがいてくれれば安心だというグレンの気持ちも理解ができるし、何より、アレン自身がルーカスと一緒に過ごしたいという思いもあって、今日は丸一日、この店で自分に付き合ってもらおうと思っていた。
ただ、ルーカスに花屋はあまり似合わないかなと、退屈そうにしている姿を見て思う。
『…アレンは、またロキに会いたいと思うか?』
『…うん、会いたい気持ちもあるけど、兄さんが危険な目に遭ったことを考えると、正直複雑な気はする』
『だよなぁ…』
『ルーカスから見て、ロキってどんな人?』
『まぁ、PSIの強大さは半端ねぇから、オーラが怖いっちゃ怖いけど…』
『…』
『でも…何ていうか、別に強がりとかではなく、なんか、まともなんじゃねぇかなって気もするけどな』
『…まとも?』
『あぁ。まぁ、グレンがどう思うかは分かんねぇけど、少なくとも俺は、esの人間たちから守ってくれて、潜入させられたのはちょっとあれだけど、結果的に失踪者事件の黒幕を知ることもできた』
『…』
『結局、圧がすごすぎてこっちが勝手に怖がっちまったってのはあるけど、ロキとしては別に、俺になんの攻撃も仕掛けてきてねぇし』
『…』
『むしろ、助けてくれた恩人なだけっつぅか…』
ルーカスの言葉を静かに聞いていたアレンが口を開く。
『ルーカス、「esの人間たちから守ってくれた」って、何の話?』
『…えーっと、その…』
怖い顔をしてルーカスを睨みつけているアレン。
そんなアレンに笑ってごまかそうとしたルーカスは怒られて、直ぐにでも説明をさせられた。
『…ロキが言ってたの?ルーカスが狙われてるって』
『ホントかどうかは分かんねぇけどな?』
『あの人、冗談を言うような人じゃないでしょ?』
『…まぁ、そうかも』
待ち伏せをされて、大人数から攻撃をされただなんて。
何で言わないのかと怒ったら、「言ってどうなるんだよ」と返される。…確かにそうかもしれないが、アレンにとっては、自分たちが知らないところで、ルーカスが危険に晒されていたという事実が既に耐え難いものだった。
しかも、そんな大変な話を、会話の途中で何気なく話してくるルーカスにも、心配のあまりに沸いた怒りでいっぱいだった。
『ルーカスさ、もっと自分を大切にしてよね』
『分かってるって』
『…狙われているなら、ルーカスこそ俺なんかと一緒にいるより、兄さんたちと一緒にいる方が少しでも安全なんじゃない?』
『いやぁ、別に大丈夫…』
『ルーカス?』
『…はい』
『お願いだから、ちゃんと考えよう?』
『…』
『今夜、兄さんたちが帰ってきたら家族会議だからね』
『分かったよ』
あ~あ。きっと今夜、グレンにも怒られて、ノアにはまたバカにされるんだろうな。
そう考えるとため息をつきたくもなったが、隣で真剣に心配な顔をして自分を見つめるアレンの顔を見て、ルーカスは「大丈夫だって」と笑って答えた。
『…どういうことだ?』
フロストは執務室で一人、パネルを前にしてつぶやいていた。
今朝、グレンたちからの報告を受けて、すぐにでもブラックウッド局長の元へと向かった。
「珍しいな。君がここまで来るのは」
「お忙しいところ申し訳ありません』
報告なら場合によっては日に何度も行っているが、たいていは媒体を使えば事足りていたため、こうして顔を合わせるのは多くても月に一~二度ほど。
それも、執行局長であるブラックウッドと、フロストを含めた五人の執行監が集う専用の会議室があり、そこで定例報告会が行われるため、個人で局長の執務室を訪ねるのはそうそうないことであった。
それでも、フロストがこの場まで足を運んだのは、それだけ緊急事態であり、異常事態と判断したからに他ならない。
「…にわかには信じ難いな」
「確かに。ですが、信頼のおける部下からの報告です」
「だが、危険すぎやしないか?」
「はい。ですので、何か別の方法を考えるべきとは思いますが、まずはesへの捜査を行うこと自体への許可を頂ければと」
「…ふむ」
「…」
「追って連絡する」
「…よろしくお願いします」
即答できないのは理解できた。
だが、それは、部下の身の安全を思えばこそのラグだとフロストは思っていた。
『…』
ブラックウッドからの指示はまだない。
統括監理局への報告も上がってはいないようだ。
それなのに、システムに確認するとブラックウッドは既に退勤している。
『…報告に行ったのは朝一だぞ』
いったい何を考えているんだ。
人体実験が行われていると知って、それを放置して帰るだなんて。
『…』
フロストはかなり苛立ったが、どうすることもできず、明日の朝一番に再び足を運ぶしかないとパネルをそっと閉じた。




