#16 許されない問い
『…それは本当か?』
『もちろんです』
翌日――
グレンとノアは、朝一でフロストの執務室へと出向いていた。そこで、ロキと対峙した件を報告する。
日頃はクールで感情の抑揚に乏しいフロストだが、この時ばかりはかなり驚いた様子で、思わずグレンに真偽を確かめるほどだった。
『…戦闘になったにも関わらず無事だったのは不幸中の幸いだな』
『ロキの気分次第では殺されていたかもしれません』
『最初から分かっていたことではあるが、やはり、今の話を聞く限り、捕獲など到底無理だろうな』
『そうですね。少なくとも、自分には無理です』
『ならば、警察の人間に可能な奴などいないだろう』
フロストが考え込む。
その姿を見たグレンは、ノアと顔を見合わせ頷くと、フロストに「もう一つ報告があります」と続けた。
『なんだ?』
『…実は、自分たちの他にもロキと接触した者がいまして』
『…』
『その者は、ロキの協力で、esの知られざる地下施設への潜入に成功したそうです』
『お前たちは、私をおちょくっているのか?』
『…お気持ちは分かります。自分もそうでしたから。ですが、事実です』
『…』
信じられないのも無理はない。
伝説上の人物でしかなかったロキが、突然複数の人間の目に触れるというだけでもウソのような話なのに、ロキと一緒に行動するとか、完全に作り話だと思われるだろう。
グレンは、本当の話であるにもかかわらず、それを報告することにわずかな気恥ずかしさを覚えたが、真実である上に重大な事実を、言わないわけにはいかなかった。
『…それが本当なら、国を揺るがす大事件になるが?』
『ガセではありません。ですが、証拠がないので動きようもありません』
『ならば、証拠を掴むしかないな』
『…提案があります』
グレンは事前にノアと話し合って決めていたその「提案」をフロストへ話して聞かせる。フロストは最後まで黙って聞いていたが、一呼吸おいて答えた。
『反対だ。危険すぎる』
『ですが、他に方法がありません』
『ロキに協力を仰ぐことはできないのか?』
『…できれば有難いのですが、自分は一戦交えた人間です。この流れで急に味方になってくれるとは考えづらいと思っています』
『まぁ、確かに都合の良すぎる話ではあるな』
『許可を出していただければ、二人で必ず証拠を持ち帰ります』
『…』
フロストはしばらく悩んでいたが、「やはり、即答で許可は出せない」と言われる。
正直、グレンにはフロストの反応が意外に映った。
多少のリスクを感じたとしても、目の前に事件解決の糸口が見えているのに、それを無視するなどこの上司にできるはずがないと思っていたのだ。実際フロストは、自分たちがesの地下に張られているシールドについて報告をした時に、PSIを用いてでも
調査を進めろと言っていた。危険を承知で、やるべきことはやれと徹底している上司だと思っていたのだ。
だが――
『…事件の解決はもちろん大切なことだが、部下を危険に晒さない判断も、同じくらいに重要だ』
『…』
『一日待て。局長に報告の上、指示も仰ぐ』
『…局長は許してくれると思いますか?』
『分からない。が、ダメだった時は、こちらで必ず代替案を用意する』
『…よろしくお願いします』
『監にしては珍しく動揺していたように見えたね』
『あぁ。やっぱり、ロキが実在したっていうのが大きいんだろうな』
『それもだけど、グレンの考えたプランが監的にあり得なかったんじゃない?』
『…まぁなぁ…』
グレンは、ノアと二人でesの地下施設への潜入を試みるつもりでいた。ロキがルーカスに仕掛けたPSIのように、認識の上書はグレンやノアにはできない。
だが、二人のPSIを持ち合わせて協力すれば、ギリギリ見つからずに潜入し、証拠を持ち帰ることが可能かもしれないという結論に至ったのだ。
『確かに命懸けだし、イチかバチか的な側面もあるからな。ただ、今回のことがなくても、考えていたことだったし』
『まぁね』
esの地下には何かある――二人はそこまでなら把握していた。
そして、それをフロストにも報告している。
その時から、いずれ自分たちで探ってみる必要があると考えていた。
だが、ロキとルーカスによって地下に何があるのかが分かり、また、おぞましい実験の実態が浮き彫りになった。
…にもかかわらず、証拠がないために放置するしかないなど、絶対にあってはならない。二人は、今こそ自分たちで地下へ行く必要性があると強く感じていた。
『ま、仕方がない。とにかく一日待つしかないな』
二人は特治を出て、そのままesへと向かう。
『ブラッド上級執行官、コールドウェル分析官、いつもご苦労様です』
『…いえ』
ヴェイルの毎回のごとくの「ご苦労様」にノアがニッコリ笑う。
…この笑い方をする時は、内心でかなりの苛立ちを我慢している時だと、グレンは内心で苦笑した。
『何か進展はありましたか?』
『いえ、特には』
『そうですか。無理は承知のお願いですが、一日も早く捕まえてほしいものですね』
『…返す言葉もありません』
言われて当然のことではあるのだが、なんだか、これまでとは雰囲気が違うような気がして、グレンとノアの二人は一瞬顔を見合わせる。
『証拠がない中大変なのは重々承知ですが、とにかく、お願いしますね』
『…はい』
何となく、機嫌も良さそうだったなとグレンが不思議に思っていると、ノアが小さな声でぼやく。
『あーヤダヤダ。相変わらず減らないなぁ、異捜の奴ら』
『…』
確かに。
することなんて無いはずなのに、異捜はなぜいつまでもこんなに多くの人員をここに割いているんだ。
『でもなぁ…失踪者事件の方へ手を貸してやれよ…とかももう、言えないしな』
失踪者事件の黒幕はesだ。
それは、紛れもない事実。
だからこそ、本来ならもう、特治の人間にもT-15地区での捜査は打ち切りにしろと指示を出したい。だが、それをやってしまうとesに警戒される危険性もある。
必死になって聞き込みを行っている仲間には申し訳ないが、もうしばらくは汗水流してもらう必要がある。
『結局、オブザーバーの件に関しても、何だったのか分かんないままだしなぁ…』
『…いっそ、その辺にいるスタッフの腹の中を読んじゃえばいいじゃん』
『それが出来れば苦労はしないよ』
グレンの持つテレパスを使えば、オブザーバーに関することも、地下施設に関することも、もしかしたら、事情を知っている人間に当たりさえすれば読み取ることも可能かもしれない。
だが、PSIを発動するにはどうしても目が光ってしまう。
それを相手に見られてしまえば、何かしらの干渉をされたとバレてしまい、場合によっては自分の立場が非常にマズいことになる。
サイキックだからと言って、誰にでも勝手に力を使っていいというわけではないのだ。
『…記憶を消せるPSIを持っていれば簡単だったんだけどな』
無事に帰って来たという八名の失踪者たち。
彼らに施されていた記憶の削除――
あまり羨ましいと思うPSIではないが、でももし、そのPSIが自分にも備わっていたら、あらゆる捜査がもっと簡単になっていたかもしれないのは事実だ。
『…』
彼らを助けたのは、ロキじゃないのか?
記憶の一部を取り戻したという子供が言っていた、「真っ黒な服の人」「髪の毛がキラキラしていた」…というのは、どちらもロキに当てはまるじゃないか。
『…やっぱり…味方になってほしいかもなぁ…』
『グレン、なんて?』
『いや、なんでもない』
esを出て外へ捜査に繰り出そうと思っても、もはやロキとも遭遇してしまった上、どう考えても捕獲など出来そうになく、また、今どこにいるのかも結局分からないのだから、どこへ行っても意味がないのではないかと、グレンはため息をついた。
いっそ、強く念じて呼べば、目の前に現れてくれるのだろうか。
『そんな都合のいい存在じゃないよな』
『…グレン、最近独り言多いよ』
ぶつぶつ言いながらesを後にする二人の後ろ姿を、複数のesスタッフ、そして、異捜の人間が見つめていた。




