#15 必要な存在
『…ロキは、協力してくれなかったんだよな?』
『頼んでみたけど、なんか、あやふやにされたような気もするな』
『ハッキリと断られたわけではないのか?』
『いや、断られた』
『お前何なんだよ』
『いやッ!なんて言うのか…本心じゃないように見えたってだけで…』
『…』
本心じゃない――
…ノアにため息をつかれて言い訳をしているルーカスを見つめながら、グレンはロキと対峙した時の様子を思い出していた。
確かにあの時も、ロキの言葉と行動にはほんの少し、ズレがあったようにも思う。ロキのPSIであれば、消そうと思えば一瞬で自分を消していたはずだ。
でも、そうはしなかった。
もちろん、繰り出された攻撃はまともに受けていればかなり危険な大けがをしていただろう。だが、本気で殺しにかかって来たというよりは、なんとなく、試しているような雰囲気が感じられた。
…まぁ、それは後になって思い返してみればの話で、あの瞬間はあまりにも死と隣合わせすぎて、そこまで考える余裕など皆無であったのだが…
『…あまり期待するのは良くないが、もしかすると、いざという時には頼れるかもしれないな』
『ウソでしょ?グレン…一戦交えたばかりだよ?あいつを信用するの?』
『いや、まぁ…。ただ、ルーカスが無事に戻って来れたことが大きいかなって思って』
『…』
『少なくとも、ルーカスはロキと人間らしい交流を持ったっていうことだろ?』
『人間らしい交流?ふざけんなよ。あんな物騒なところに一か月も潜入させられたんだぞ?』
『でもその間、必要ならすぐにでも意思疎通できていたんだろ?』
『まぁ、それは…』
『お前のことを使い捨ての駒に考えていたら、そんなことはしないだろう』
『…』
『それに、この話を全て俺たちにするだろうことは百も承知で、口止めすらせずにお前をここへ返した』
『…』
『俺にはロキが、少なくとも、理性の通じない相手には見えない』
『…』
アレンに近づいた理由だけがどうにも解せなかったが、それでも、アレンに何か危害を加えたわけではない。
自分だって、結果的にこうして生きている。
ルーカスも無事に戻った。
――誰も、ロキと関わったことで、何か重大な問題が起きたわけではないということだ。
『…とは言え、esに乗り込む理由を作らないことには、そもそもの捜査が出来ないしなぁ…』
『ルーカスのことは伏せたとしても、とりあえず僕たちがロキと出くわしたっていう話は監に報告しないといけないしね』
『そうだな。…信じてくれっかな』
『どうだろうね。監こそ、内心では「ロキなんているはずない」と思っているかも
しれないから、捜査の進展が無さすぎて僕たちがウソを言い出したと思われるかも』
『あり得るな、それ』
ルーカスは、三人の様子を見ながら心底ホッとしている自分に気づく。
この家で寝泊まりを始めて、まだほんの数日で出て行ったというのに、今この場にいる自分がどれだけ「帰って来た」という安心感に包まれているかに気づいたのだ。
もともと放浪癖があり、特定の場所や人に特別な思い入れを持たないタイプの人間だったが、この家に四人でいるとなぜだか安心する。うるさいのに心が穏やかになる。ルーカスにとってはおそらく初めての経験だった。
煩わしいのにそれを嫌だと思わないのは、三人の自分への感情が伝わるからだろう。
自分を心配してくれる人間がいるだなんて。
自分の健康を気遣い、安否を心配し、戻ってくることを願ってくれる。
――今までそういった存在は自分にはいなかった。
…親にさえ思われたことがなかったのに、ここでは自分も「誰かにとっての必要な存在」になれている気がして、ルーカスは嬉しかったのだ。
最初は悩んでいたが、今はもう、もし三人が許してくれるなら、自分はここにいたいと思えるようになっている。
特に、一番心配をかけたアレンには、今後も友人としてできる限りの恩を返したい。
そのためにも…この先自分は何があっても、絶対に死んではならないと、ルーカスは強く誓った。
『ルーカス、起きてる?』
ノアが自分のマンションへと戻り、時間も日をまたぐ頃、部屋のドアを小さくノックする音が聞こえ、アレンの声が聞こえた。
『起きてるぞ』
『…ごめんね、遅くに』
そう言って部屋へと入ってきたアレン。
どうしたのかとルーカスが思っていると、ベッドへ座っていたルーカスの隣に腰を下ろしたアレンが、うつむき加減でつぶやいた。
『ルーカス、本当にごめんね』
『…なにが?』
『俺、ルーカスの気持ちも考えず、自分の希望ばかり押しつけてたなって』
『いや、別にそうは思ってないけど…』
『もしかしたら、ルーカスはこの家に住むのが嫌だったんじゃないかなとか』
『…』
『俺と友達になりたくなかったんじゃないかなとか』
『…』
『そういうことばっかり考えてた。この一か月』
『…それは、悪かった』
『ルーカスは悪くないだろ?』
『…』
なんだ?
さっきので解決したんじゃなかったのか?この話は…
ルーカスが戸惑っていると、アレンが言葉を続ける。
『でも、戻ってきてくれて、本当に嬉しかったし安心した』
『…あぁ』
『ただ、この一か月のルーカスの様子を聞いて、すごく怖いなとも思ったんだ』
『…』
『俺はノーマルだから、ルーカスたちのような危険にはそうそう出会わないけど、
ルーカスや兄さんが今回危険な目に遭って、もし、二人を失うようなことがあったらと思っただけで、心が張り裂けそうになったんだよね』
『…』
『今まであまりリアルに考えたことなかったけど、俺は、そういう、危険と隣合わせの人たちの家族なんだって』
『…なんか、悪かったな』
『え?あ、違うよ!』
ルーカスが気まずそうに謝ったのを見たアレンが慌てて訂正する。
『責めてるわけないだろ?むしろ、決心がついたって話だよ』
『…どういうことだ?』
『俺も強くならなきゃなって話』
『…』
『今まで兄さんとノアに散々守ってもらって来たけど、俺も同じように二人の力になりたいし』
『…』
『ルーカス、君の支えや力にもなりたいって、思ってる』
『…』
『ルーカスは俺の大事な友人だし、もう、家族も同然だから』
『…』
『気遣われるだけは嫌だし、何でも話してもらえるように強くなろうって思ったんだ』
『…そっか』
三人の様子を見ていれば、これまであの二人がどれだけアレンを大切に思って来たかが分かる。
だが、外から入ってきたルーカスにしてみれば、少し過保護すぎるような気もしていた。アレンの性格を考えると、もっと信頼してこちらから何かを預けるのでもいいのではないか…そんな気もしていたのだ。
『まぁ、アイツらもお前を信頼していないわけじゃないと思うぜ?』
『…』
『過保護なブラコンなだけだ』
『…それ、兄さんの前で言ったら怒りそうだな』
『構わねぇよ。怒らせとけばいいんだ』
『そうだね』
ルーカスの言葉にアレンが笑う。
自分の大好きな人たちを、自分も守れる強さが欲しい。
そう願うことは、ノーマルのアレンにとって難しい問題だとは思うが、その気持ちだけできっとグレンもノアも充分だろうとルーカスは思う。
だって、自分がそうなのだから。
大切だと思ってもらえる、それだけで、きっと人は強くなれる。
そう思っていた。




