#13 待つ者たち
『アレン、アイツが店に来るようになったのはいつ頃からだ?』
『…まだ、ひと月経っていないくらいだけど…』
『本当に花を買って行っただけか?』
『そうだよ。別に何もされていないし、何も言われてない』
『…』
『口数も少なく物静かな人で、数日おきに同じブーケを買いに来てくれていただけ』
『…』
『本当に、何の問題もない、普通のお客さんだったんだよ』
『…』
そんなことがあるのか?
アレンの話を聞けば聞くほど、グレンは、先ほど自分が対峙したあのロキの人物像とはかけ離れすぎていて、納得がいかなかった。
それに――
『アレン、「ルナさん」って何なんだよ。アイツは男だろ?』
『そうだけど、別に俺、あの人を女性だなんて一度も言ってないよ?』
『…まぁ、それはそうだな』
グレンはノアと顔を見合わせる。
名前のイメージで勝手に女性だと思っていたのは自分たちの方だ。
だが…
『まさかお前、あいつに惚れたとかそういうことは…』
『あるわけないだろ?男の人だって今兄さんも言ったじゃん』
『いや、それはそうなんだけど…』
『綺麗な人を綺麗と思って何が悪いのさ。あの銀髪がまるで月のようだったから「ルナ」って、俺が勝手に呼んでいただけだよ』
『…アイツが名前を名乗らなかったってことか?』
『…うん』
『まぁそうか。ロキです…なんて言えないよな』
『…』
そもそも、ロキがアイツの本名かどうかも分からないが。
グレンがそんなことを思いながら、これまでは意図的に話してこなかった担当事件について、アレンに聞かせる。
『…実は、少し前にesで襲撃事件があったんだけど』
『esって、あの科学研究所のes?』
『あぁ。あの組織の性質上、建物周辺には絶対に破られることのないシールドが
何層にも張られているんだけど、それを破って建物を壊した奴がいてさ』
『そんなこと、出来る人がいるんだね』
『…色々と捜査・検証した結果、その犯人は「ロキ」だってなって、俺たちはここ最近は「ロキ」を追っていたんだよ』
『…でも、「ロキ」って伝説上の人物ではなかったの?』
『そうだな。それでも、「ロキがやったこと」だと考えない限り辻褄が合わないことが多すぎて、そもそも証拠も何も残っていなくて捜査も行き詰っていたから、仮説の域も出ないくらいの曖昧さだったけど、ロキを追うと決めたんだよ』
『…』
『まぁ、心のどこかでは「いるはずない」と思って探していた犯人が、まさか自分の家に通っていたとはな』
『…』
『灯台下暗しってやつだな』
グレンは盛大なため息をついた。
信じられない。
まず大前提として、ロキが実在した。
それだけでも充分すぎるほどに驚きだが、そのロキが他でもない自分の家に訪れていて、あろうことか弟と接触を図っていた。
毎日必死になって追っていた犯人がすぐ近くにいるなど、情けないことこの上ない。
『それよりグレン、体は平気?』
ノアの心配そうな声にグレンが我に返る。
『あぁ、まったく大丈夫』
『…僕ちょっと…今日は色々とショックが大きすぎたな』
『…』
『思っちゃったんだよ。見た瞬間、あ、これは無理だなって』
『…』
『サイキックの本能ってやつかな?多分、人生で初めて本気で怖いと思った』
『…』
『僕は恵まれていたんだよね。本来ならグレンだって充分に怖い存在だと思う。でも、幼馴染だから、脅威に感じる必要性が無い』
『…』
『でも…僕は怖がる立場なんだなって。…僕より上のサイキックはきっと、山ほどいるんだろうって、何かちょっと…自信を削られる部分はあった』
『…』
珍しく、本当に青白く緊張した表情のノアを見て、あのサイキックを目の前にして恐怖を感じないサイキックなどいないだろうと、グレンは思った。
『別に、それは当然の感情じゃないか?俺だって恐怖とプレッシャーで押し潰されそうだったぞ?』
『…それはウソでしょ?互角に戦っていたじゃない』
『互角なもんか。俺が今生きているのは単なるアイツの気まぐれだよ』
『…』
『アイツが、戦闘をやめたんだ。俺が止めさせたわけじゃない』
『…』
『正直に言うと、俺も今まで誰かを本気で怖いと思ったことはなかったよ。それくらいに、自分の力を信じていた』
『…』
『まぁでも、それは過信だな。今日はそれをめちゃくちゃ実感したよ』
『…』
そう、笑って言い飛ばせるだけ、グレンは気持ちが強い。
ノアは、自分ならば、そもそもあの戦闘で間違いなく命を失っているとは思うが、
もし仮に生き延びたとして、今のグレンのようにはいられなかっただろうと思う。
対等でいると思い上がっていたが、日頃自分がどれだけ、グレンの強さに無意識の
安心を得ていたのかを、嫌というほど実感していた。
『…アレン、アレンにとってアイツがどんなに問題のない、いい客だったとしても』
『…』
『アイツはグレンの命を奪っていたかもしれない相手なんだ』
『…』
『もう来ることはないだろうけど、仮に来たとしたら絶対に関わろうとせず、僕たちに知らせないとダメだからね』
『…うん。分かったよ』
アレンはとても寂しそうな顔をしたが、それでも、自分の兄の命を奪おうとした相手と言われ、事の重大さを理解したようだった。
『…っていうか、暫くは店を閉めて父さんたちの所にでも行って貰っていた方がいいかもな』
『それは俺が嫌だよ。兄さん一人になる。ご飯は誰が作るの?掃除や洗濯は?』
『いや、そういう問題じゃないんだって…』
『それに!』
『…』
『それに…ルーカスが戻って来た時に、迎えてあげる人がいないと可哀想だろ?』
『…』
アレンの言葉にグレンとノアが黙り込む。
確かに…
もう、帰って来るのかさえ分からないが、アレンとしては、いつでも大丈夫なように迎える準備をしていたいのだろう。
…食事の量がいつだって四人分準備されているのをグレンもノアも知っている。
そもそも…ルーカスがいてくれたら、アレンがこの家に残っていても、少しは安心できたかもしれないのに…
三人、重苦しい空気になりかけたその瞬間――




