#12 人ではないもの
『確かに、人体実験は当たり前のように行われていた』
『…』
『地下の中にもいくつかセクションがあって、実験の内容によって細かく分けられてたな』
『…攫われたノーマルやサイキックたちを収容している場所は?』
『あぁ、見たぜ。…ってか、サイキックまで連れ去ってたんだな。それはちょっとビックリした』
『…ノーマルだけでは実験には足りないからな』
ルーカスの話を聞くと、esが地下で行っている人体実験には数多くの種類があるようだが、ルーカスが動ける範囲内ではそのうちのいくつかしか確認ができなかったらしい。
『esのやっていることは全部がイカれてるけど、大きく分けると、特にヤバいのは三つだった』
『…』
『まず一つ目は、「PSIの移植」だ』
『…』
『サイキックの能力を他人に移す。ノーマルにサイキックの脳を移植したり、心臓を移植したり…脳や心臓を取られたサイキックが死んじまうのはもちろん、無理矢理に移植をさせられたノーマルも、拒絶反応でほとんどが死んでた』
『…』
『成功率は低いし、もし生存しても大抵は心が壊れてるか植物状態だ。…でも、成功すれば「人工のサイキック」が出来上がるって、力を入れてたな』
『…』
『二つ目は、サイキックの「兵器化」』
『…』
『能力者をただの人間じゃなく、「使い潰すための道具」に作り替える』
『…』
『感情を削って、命令だけ聞くようにして、戦闘に最適化する。戦うためだけの存在だ。――完全に道具だな』
『…』
『で、三つ目』
『…』
『これもかなりヤバかった。「能力の融合と過剰保持」…複数のPSIを一人に押し込んで、どこまで耐えられるか試してる』
『…』
『普通は、そこで終わる』
『…』
『体も精神も、耐えきれずに崩壊する』
『…』
『なのに…あの施設は、それを成立させようとしてる』
『…』
『「成功例」なんて聞いたこともないのに、続けているんだ。…正気じゃない』
『…』
ルーカスの報告を静かに聞いていたシヴァが、一言「…愚かだな」とつぶやく。
『…中にいる間、俺がどれだけ吐いたか分かるか?』
『…』
『部屋に戻ったって、気分悪くて寝られねぇし、その…三人のことも心配で、
ホント、拷問のような毎日だったぜ』
『…』
あんな場所に潜入してまで、気にするのは他人のことか。
シヴァは半ば呆れてルーカスを見る。
一か月ほど、ルーカスをesの地下施設へと潜入させた。
シヴァのPSIを使えば、その程度の期間、人を送り込むなど造作もないことだが、シヴァ自身が身を潜めようとすれば、PSIの強大さに気づく者がどうしても出てくる。
まして、esのような機関の中においては、通常では見破られることがない場面でも、
無駄にリスクを負うことになりかねない。
それなら、自分は遠隔で代わりの人間を送り込む方が、よほど容易だった。
低レベルなサイキックでは話にならないが、ルーカスほどのサイキックであれば、万が一の際の意思疎通もスムーズにいくだろうし、自分が駆けつけるまでの一瞬くらい、自分の身を自分で守るくらいの能力は持っているだろう。
そう考えた上での提案だったが、ルーカスは、上手く施設内に溶け込み、シヴァが知りたかった情報をある程度は持ち帰ってくれた。
…潜入中、主に書類関係などの情報に関してあまりに助けを求められる回数が多く、中にはその程度の常識もないのかと呆れる場面もあるにはあったが、何よりも、
ルーカスの肝の大きさには感心することも多かった。
それは、シヴァをロキと認識したにも関わらず、今こうして普通に接している姿を見ても、容易に理解の出来ることだ。
『…で?これからお前はどうするつもりなんだよ』
『…』
『俺はとりあえず三人の所へ戻りたいけどな』
『…』
『…まぁ、俺のことなんて誰も心配してないかもしれないけど』
『…』
『それでも…黙っていなくなっちまったから…』
不安そうな顔でそうつぶやくルーカスを見たシヴァは、アレンがルーカスを心配している姿を思い出していた。
…仲間を作るということは、こういうことだ。
『…』
お互いに気掛かりが出来て、煩わしいだけ。
その煩わしさが、時に自身の命を危険に晒す。
なんてバカバカしい概念だろう。
『…戻りたければ戻ればいい』
『!』
『…だが、esがお前に目をつけている事実は変わらない』
『…』
『戻るなら、esと対峙する覚悟をしておいた方がいい』
『…』
ルーカスたちがesと向き合う前に、自分がesへと乗り込むタイミングの方が早いかもしれないが…
シヴァがそう考えていると…
『…ロキ』
『…』
『お前はesをどうしたいんだ?なぜ、esを追ってる』
『…』
『そもそも…今生きているサイキックたちのほとんどにとって、お前は伝説上の存在だ』
『…』
『正直、今でもおまえが本当にロキなのか迷う部分はある。でも、俺がサイキックとしてまともなら、お前から受けるPSIは理解の範疇を超える』
『…』
『そんな奴…伝説上の生き物以外の何者でもねぇ』
『…』
『今までずっと、伝説でしかなかったのに、なんで今出てきた』
『…』
『何がしたくて、姿を現したんだ』
『…』
確かに、esから逃げるために自身の存在を隠していたのは事実だ。
だが、途中からはもう…
『…』
ただ、この世界から消えてなくなりたかった。
――それだけだ。
『…伝説としたのは、世間の勝手だろう』
『…』
『esには、ちょっとした「借り」がある』
『…』
『それを、返しに行くまでだ』
『…』
ルーカスはしばらくシヴァの顔を見つめていたが、やがて、しっかりとした言葉で
シヴァに問いかけた。
『俺が知っている伝説では、 「ロキ」とはノーマルの味方だって話だ』
『…』
『五十年前に発生したノーマルの失踪事件が今、繰り返されてる』
『…』
『おそらく、五十年前の時にも実際にその場にいたはずの奴が、同じ悲劇に大人しく目をつむるとは、俺は思えない』
『…』
『俺がesで見てきた数多くの収容されたノーマルやサイキックたちは、実験の犠牲者になっていた』
『…』
『お前に「多くの命を救いたければ、今は絶対に手を出すな」と言われていたからギリギリで我慢したが、何度助けたいと思ったか知れない』
『…』
『俺たちが追っていた失踪者事件が、あんなことのために命を奪われている事件だとは思いもしなかった』
『…』
『俺は、esを許せないし、許さない』
『…』
『これは正義感でも何でもねぇ。 「人」であるなら当然の感情だ』
『…』
『お前も「人」なら、その桁外れの力を、人助けのために使うべきじゃねぇのか』
『…』
ルーカスの言葉を、シヴァは黙って聞いていた。
青臭いとも思うが、正論ではある。
長い年月、そのまっとうな考えから逃げてきたのが自分だ。
何を今さら…そう、思ったのだが――
『お前は、死ぬ覚悟があるのか?』
『え?』
『esと戦って、なぜ生き残るシナリオを選択する』
『…』
自分一人でなら、esを壊滅に導くことは可能だろう。
esだって、昔と違いあらゆる面で進化・強化はされているはず。
子供の頃のようには簡単にはいかないかもしれないが、かと言って、負けるとも思っていない。
だが、一人ではない場合――
もし、ルーカスやグレン、ノア、そして…ノーマルであるアレンまでがこの件に関われば、自分自身は守れても、他にまで目を向ける余裕はないかもしれない。
少なくとも、それくらいには、esだって手強い相手だろう。
…シヴァは、他人の命に興味はなかった。
自分が奪うことをしないからと言って、その者の命を守るほどの義理堅さは持ち合わせてはいない。
『なんで最初から死ぬ前提で話を進めるんだよ』
『…』
『俺一人では無理だ。でも、グレンやノアがいる』
『…』
『そしてロキ、お前が力を貸してくれるなら、生きて勝つことも可能かもしれない』
『…』
『最悪俺が死んじまっても、esを壊滅できてアイツらが生きてくれればそれでいい』
『…』
『アイツらは、俺を一人の人間として認めて受け入れてくれた奴らだからな』
『…』
『だから、俺も「人」として、アイツらに恩を返したい』
『…』
そこまで律儀な人間には見えないが、この男には何か刺さるものがあったのだろう。
シヴァは、自分にとってはどうでもいい人間の命でも、この男にとっては自身の命と引き換えにできるほど大切なものなのかと、妙に感心した。
自分には、そんな風に思える相手は存在しない。
『…』
いや、一人いたか。
それでも、結果的には自分が死なせたようなものだ。
『…』
確かに、グレンの持つPSIは強大だった。
かと言って、シヴァにとっては脅威とはならない存在だったが、それでも、戦闘となれば、気を抜いていい相手では決してない――
それは、シヴァにも理解できていた。
グレンとノア、そして、ルーカスのPSIを合わせれば、簡単ではないかもしれないが、希望がないわけでもなさそうだ。
もしそこへ自分が加われば、どう考えても負けることはない。
それでも――
シヴァにとって、他の者の命など、考慮する対象ではない。
『お前らが誰と戦おうが俺には関係ない』
『…』
『俺は俺で勝手にさせてもらう』
『一緒の方がお互いにメリットがあるだろ?』
『俺にはないな』
『…』
『お前はお前の正義を貫けばいい』
『だからッ!これは正義じゃなくて、 「人」として当然のことだって思わねぇのかよ!』
『…俺は「人」ではないからな』
『…なんて?』
シヴァの最後の言葉はルーカスには小さすぎて聞き取れなかった。
「せいぜい気をつけることだ」と残して姿を消したシヴァに、ルーカスはしばらくの間その場を動けなかった。
色々なことがありすぎて、今になって急に、頭と体の整理がつかなくなったのだ。




