#11 後戻りできない場所
『グレンとやり合った?マジで?』
『…』
シヴァは、サイキックとノーマルが混在している地域、T-13地区にいた。
町の外れにひっそりと佇んでいる、住み手のない家。
そこには、シヴァだけではなく、もう一人のサイキックの姿が見える。
『まさか、殺してないよな』
『…殺す理由がないからな』
誰かとつるむような人間ではないはずだが、シヴァの目の前には確実に、初対面では
なさそうな相手が存在している。
『お前の方はどうだ?収穫はあったのか?』
シヴァにそう問いかけられて、目の前に座っている、金髪オッド・アイのサイキックが答えた。
『あ~、あれはかなりヤバくねぇかな』
『…』
『俺、esって人のためになる組織だと思ってた』
『…』
『分かりやすいところで言えば、薬を作ったり医療の研究を進めたり…人間にとって必要なもんを作ってくれてるっていうイメージだったんだよな』
『…確かに、そういった側面もある』
『いや、でも、あれを見ちまったら、どんだけいいことをやっていたとしても、全部チャラだろ。…っつぅか、足りないくらいだ』
『…』
シヴァと話しているもう一人のサイキックは、ルーカスだった。
あの日――
シヴァと対峙したルーカスは、命が終わる覚悟をした。
実際に、シヴァの纏う空気は、いつルーカスを殺してもおかしくない狂気をはらんでいたのだ。
だが、実際にシヴァがルーカスに投げかけた言葉は意外なものだった。
「お前は、自分がesに狙われていることには気づいているか?」
「は?なんだそれ…」
「…最近、派手に嗅ぎまわっているだろう」
「…」
「警察の人間ならまだしも、お前のような者にウロチョロされれば、esには目障りだ」
「…俺、ヤバいのか?」
「…先ほどの待ち伏せも、単なる偶然ではないだろう」
「…」
確かに、自分個人の仕事だけでなく、グレンやノアに頼まれた仕事で、かなり多くの人間と接触している。
ノアに雑用ごとを押し付けられる形で、書類関係にも目を通すことが増えて来た。
場合によっては公的機関への出入りもし始めている。
…そういった行動がesを刺激していることに、何の気づきも自覚もなかった。
「…俺が危険なのってアイツらのせいじゃんか」
「警察なんかに協力する方が悪い」
「だって、警察は正義だろ?」
「…どうだかな」
シヴァの話によれば、ここ数か月のルーカスの動きについて、街に潜んでいるesの関係者からes本部へと報告が行っている可能性が高いとのこと。シヴァが見る限り、
ルーカスのようにフリーで仕事をしている人間で、同じように失踪者事件を追う者、
または、esそのものを調べようとする者たちなどは、気づけば皆、消えているのだという。
「それなら、なんで俺はまだ平気なんだよ」
「一番は、お前が並のサイキックではないということ」
「…」
「そして、警察とつながっていることも握られているからだろう」
「…グレンたちとのつながりがバレてるってことか?」
「アイツらだけでなく、その「家族」ともな」
「…」
いくらesでも、警察とつながっている人間には簡単に手は出せない。まして、簡単に始末することも出来なさそうな、ハイレベルのサイキックだ。
それならば、決定的な何かが起きない限り、様子を見て泳がせておく方がesにとってもラクだったのだろう。
――シヴァの話を聞いて、ルーカスは、グレンたちよりも、アレンのことまでesが把握しているかもしれない事実に大きな不安を感じた。
「…俺がグレンの家に世話になり始めていることも、当然知ってるってことだよな」
「…だろうな」
「ってか、何でお前も知ってるんだよ」
「俺も、観察している側の人間だ」
「…」
「お前らが追っている事件は、単なる失踪事件ではない」
「…」
「真相に辿り着く前に、消されるのがオチだ」
「…」
ルーカスは、目の前の男の言っていることを鵜呑みにしていいのかどうか迷った。
だが、言っていることが事実なら、自分だけでなく、グレンもノアも、そして、アレンまでが危険に晒される…
いや、もう既に晒されているということだ。
サイキックである自分たちならまだしも、アレンの身に何かあれば…
「…それなら、消される前にこっちが動くまでだ」
「…」
「黙って消されるのを待っていられるほど、俺は暇じゃねぇしお人好しでもない」
「…」
「で?お前は俺にとって敵なのか?味方なのか?」
「…」
ルーカスの言葉に、シヴァが呆れたようにつぶやいた。
「面白い奴だな。敵か味方か、だと?悪いが、どちらでもない」
「…敵じゃねぇんだ」
「…」
「それなら、悪いけど邪魔はしないでくれよ?俺はアイツらに借りがあるんだ。特に…アイツを、危険に晒すわけにはいかない」
「…」
シヴァの目が淡く光る。
――ルーカスの頭の中、心の中はグレンやノア、そして、アレンという存在でいっぱいに見えた。
…仲間意識を働かせるようなタイプには見えないが、この男にとって、この三人はとても大切な存在らしい。
「…何をするつもりか知らないが、どうせお前は死ぬ」
「うるせぇなッ!だから何だッ!」
「…」
「俺はただでは死にたくねぇんだよ!どうせ死ぬならアイツらの役に立ってから死んでやる!」
「…それほど大きな借りなど、ないだろう」
「お前には関係のないことだろ」
「…確かに。だが、死ななくても済むかもしれない提案なら出来るが?」
「…」
シヴァの言葉にルーカスが驚く。
…考えてみたら、自分はつい先ほどまで、この男の計り知れないオーラに本能で怯えていた。
これまで、自分で自分のことをそれなりに強いサイキックだと思っていたが、そんな自分が、取り繕うことも出来ないほどの恐怖に襲われていたのだ。
だが、今この男からあの信じ難い負のオーラは消えている。
…本当に、自分を殺す気がないのか…?
「それって、なんだよ」
「…esの実験施設に潜入しろ」
「は?」
「表向きには存在しない施設だ」
「…そこに、どうやって入るんだよ」
「俺が、認識の上書をしてやろう」
「認識の、上書き?」
シヴァの話では、esには表向きの「善良な顔」とは別に、裏で人体実験をはじめとする、倫理に反する様々な実験が行われているらしい。その歴史は古く、本来esにとっては、裏で行っていることこそが、組織が存在する目的であり信念なのだという。
「地下にある実験施設は、esで働く大半の研究者たちも知らない事実だ」
「…そんなことできるのか?同じ建物内にあるんだろ?」
「地下に何かしらがあるということを察知する者はいるかもしれない。だが、地下施設全体に幾重にもかけられた強力な認識阻害のシールドによって、実態にまでたどり着ける者はいないだろう」
「…そんなところに、俺がどうやって入るんだ…」
「お前を、"これまでも普通に地下施設で働いていた関係者"として、中へ送る」
「…」
「お前を見て違和感を抱く者は誰もいない。そういうことに、俺がする」
「…」
何を言っているんだ、このサイキックは。
そんなとんでもないことが、可能なのか?
…いや、仮に可能だとして…
「俺の命はお前次第ってことじゃねぇか」
「…まぁ、そうなるな」
「万が一、お前のPSIが破られたら俺はどうなるんだよ」
「死ぬだけだ」
「ふざけんなッ!」
「…ただでは死にたくないのだろう?上手くいけば、情報を得たうえでお前は生きて帰って来られる」
「…」
「だが、今のままでは、大したこともできずに消されるだけだ」
「…」
言っていることは間違っていない。
だが、このサイキックを信用していいのだろうか。
結果的に、「大したこともできずに消される」前に、「何もせず一瞬で消される」という展開にはならないのか。
「人生でこんな重たい二択って、あんのかよ」
「今ここで俺に殺されるという、三つ目も存在するが」
「…」
「実質、選択肢は一つだ」
「…」
断れば殺すってことか。
ルーカスは覚悟を決め、シヴァに今後の流れを話せと告げた。
もう、こうなったらヤケクソだ。
どうせ死ぬかもしれないなら、少しでもアイツらの役に立ってやる。
絶対にただでは死なない。
――そんなルーカスを見て、わずかに口元を緩ませたシヴァが、話し始めた。
「簡単なことだ。お前は、地下施設に移ったその瞬間から、一研究員として過ごせばいい」
「マジで、バレないんだろうな?」
「おそらくな」
「…」
「お前の代わりに一人、消しておく。ソイツの部屋を使うといい」
「お前…」
「地下施設で働く人間に同情は不要だ」
「…」
「心配しなくても、ソイツの方が数えきれないほどの人間を殺している」
「…」
とにかく、自分は何も考えず、ただ当たり前のように地下施設で過ごせばいいということだが、ルーカスには一つ大きな不安があった。
「俺に実験内容が把握できる気がしねぇんだけど」
「…そこは、適当に合わせろ」
「無責任すぎるだろ。俺の頭で潜っていい先じゃねぇ」
「…どうしてもピンチの時は念じろ」
「お前なら分かるって言うのかよ。普通は専門外過ぎるだろ?人体実験だぞ?」
「…少なくとも、お前よりは理解ができている」
「…頼むから、念じたらすぐに応じてくれよ?」
ルーカスが怪しみながらもシヴァの話を概ね信用し、また、こんな危険な提案にも渋々ながら応じざるを得なかったのには、別に理由があった。
立ち入り禁止区域内で対峙した際、ルーカスはあれほど怪しんでいた地下へと続く道に、シヴァと共に潜っていたのだ。
どれだけPSIを発動してもぼんやりとしか認識できなかった地下空間。そこに、シヴァはいともたやすく移動した。
驚いたルーカスが、それでもシヴァについて地下に続く細い道を延々と歩いていると、やがて、言葉にし難い奇妙なオーラが漂う一つのドアの前に行きつく。
「なんだこれ、気持ち悪ッ…」
「…このオーラを感じ取れるなら大したものだ」
そうつぶやきシヴァが開いたそのドアの向こう…
「…ッ!!」
ルーカスは、目の前に広がるあまりに酷い光景に、耐え切れず嘔吐した。
――信じられない。
今自分が見ているものはなんだ?
…こんなことがあっていいのか?
「なんだよ、これ…」
「…本拠地に繋がっている」
「は?」
「「これ」で、な」
「…」
「ここは昔の施設の残骸だ」
「…」
「地下だけが、今も残っている」
「…何を言ってんのか、さっぱり…」
シヴァに「これ」と表現されたものを見上げるルーカスの表情には、一切の余裕が消えていた。
こんなことが許されて良いのか――
シヴァと対峙した時とはまったく種類の異なる恐怖と嫌悪感で動けなくなっている
ルーカスを、シヴァが掴んで地上へと戻る。
――この時にルーカスは、自分たちが追っているものが、自分たちの想像をはるかに超える得体の知れないものであるとの認識と共に、果たして、手に負えるものを相手にしているのだろうかという不安と恐怖も感じた。
――どちらにしろ、もう後戻りはできないだろう。
それならば、少しでも自分が生存できる可能性を、そして、あの三人を守ることのできる可能性を選択するしかない。
――そんな、やり取りを経ての、今だ。




