#08 痕跡を追う者
グレンの言葉に青年が呆気に取られ、振り上げた両手を下ろした。
その瞬間にグレンはこの青年の内側を読む。
思考や感情を読む「テレパス」はグレンが持つPSIの内の一つだ。
読まれたことをこの青年に悟られない程の速さで確かめる。どうにも喧嘩っ早そうでやんちゃな相手だが、一瞬感じた殺気以外、この青年からマイナスの感情や思惑は読み取れなかった。
サイキックの性質上、こうした身の危険を伴うような場面では、お互いに一瞬の殺気や攻撃性は仕方がない。ただ、内面を読んだ時、自分に対する強い殺意や良からぬ思惑が隠されていたら非常に困る。
だが、今この瞬間、グレンにとってこの青年は味方でも無いが敵でも無いだろうという読み取りが出来ていた。
そして、グレンの能力を熟知しているノアにしても、おそらくその辺りは安心しているだろう。
しかし、そういった能力が無くても、相手のPSIの強大さくらいオーラで感じ取れるものだ。…にも関わらずさらに攻撃を仕掛けようとしてくるあたり、この青年はよほどの手練れかよほどの考え無しと言える。
『俺達は特別治安執行局に所属している刑事だ。お前に攻撃を仕掛けるつもりは無い』
『特治か…そりゃ随分とエリートなんだな』
『自分たちは捜査でこの辺りを周っている。お前はここで何をしていたんだ?一般市民がうろつくような場所ではないと思うが?』
『確かに何も無い場所だもんな。「表面的」には』
そう言ってにやりと笑う青年。
グレンとノアはそんな青年の反応に顔を見合わせた。
――実は、二人がT-15地区の外れも外れ、こんな僻地にまで足を延ばしたのには理由があった。聞き込みや捜索の範囲を広げれば広げるほど、何も情報が得られないという事実だけが圧し掛かってくる。
これでは埒が明かないと、いっそ人けのない場所まで足を延ばしてみようと街の外れからさらに先を歩き始めた頃、ノアが微細ではあるが何かの気配をキャッチした。
この辺りはT-15地区の人間でさえ訪れることの無い地域。
人が行き交うために必要な道はもちろんのこと、建物なども何もないただの荒野だ。だが、そんな場所から微かではあるものの、「何か」を感じ取った以上、調べない訳にはいかないと足を進め続けた結果、今のこの状況だった。
『それはどういう意味だ?それに、ここで何をしている?』
『…とある家族から依頼を受けて、ちょっと調べ物をね』
『何の依頼だ?』
『なんでそんなことまで話さないといけないんだよ』
『…人探しか?』
『まぁ、そんなとこ』
妙に人目を引くそのルックスなら他に幾らでも仕事は選べるだろうに、なぜこんな埃臭い場所で汗水流しながら人探しなどをしているのか。
そのアンバランスさに何となく興味を惹かれつつ、グレンが再び質問を投げかける。
『実は俺達の任務も人探しのようなものでね。同じ場所に辿り着いているってことは、もしかしたら何か共通の情報を持っているかも知れない。それを共有しないか?』
『やなこった』
『…』
『お前らが警察だっていう証拠は?情報の共有…っつったって、本当の情報を話す保証もないしな』
『確かにそうだな。だが、俺達はウソは言っていない。取り敢えず警察であることの証明なら直ぐにでもできるぞ?』
そう言ってグレンがホログラムを表示させた。
そこにはしっかりと自身の姿・名前・所属部署が記載されている。そして、細工や偽造が出来ない、警察関係者の証明となる印章もしっかり見せた。
『ふぅん…まぁ、警察だって言うのは信じてやるけど、こっちにも仕事上の守秘義務ってものがあるからな』
『そうか。それならこちらとしては、お前が今「立ち入り禁止区域内」に侵入している件について話を聞かなければいけなくなるが、それで良いか?』
『…』
そう。
グレンとノアの二人にとっては捜査のため何の問題もなく入れたこの地域は、一般の人間が入ることは許されない「立ち入り禁止区域」になっていた。住民であるT-15地区の人間はもちろん、他のどの地域の住民であっても、サイキックだろうがノーマルだろうが、とにかく入ってはいけない地域なのだ。
『…とある一家から、行方不明になっている家族を探してほしいって依頼を受けた』
『行方不明?』
『あぁ。あんたらも警察なら知ってるだろ?最近ノーマルの失踪者が増えてるって話』
『あぁ…こちらもその件で捜査中だ』
『それでまぁ…対象者の痕跡を追ってきたらこの辺まで来ちまったってわけ』
『お前…痕跡が分かるのか?特定の人物を追えるのかよ』
『俺の力は索敵もやれるんでね。応用すりゃ何とかなる。ただまぁ…ここまで来たら痕跡がプツリと途絶えちまった』
『…』
グレンは驚いてこのオッド・アイの青年を見つめた。
サイキックはそれぞれに持つPSIが異なる。
もちろん、PSIの種類には限りがあるため同じPSIを持つ者は沢山いるが、力の質や強さでは誰にも負けたことがないグレンでも、そもそも自分には無いPSIを持っているサイキックに対しては、張り合いようがない。
自分にもノアにも、特定の人物を追うことに特化したPSIは備わっておらず、正直なところ、証拠を何一つ残さないこの事件において、手詰まり感が日に日に強まっていた。
『…』
この青年に協力を仰ぐことが出来たら、何か突破口を見つけられるのではないか。そう思い、隣りにいるノアを見る。
そう言えば、珍しく先ほどから何も言葉を発していないなと思った瞬間、青年がノアを見ながら笑って言い放った。
『まぁ、俺に限らず、影遣いなんて陰湿な奴と、念動力や瞬間移動なんて筋肉バカっぽい力の持ち主なんかには所詮探しきれないだろうけどな』
『下品な奴だな。口の利き方に気を付けろ』
ノアが不機嫌丸出しで青年に言い返すのを、何とも言えない気持ちで見つめるグレン。攻撃を受ける前から嫌悪感を隠していなかったノアだ。よほど、この青年と波長が合わないのだろう。
先ほどこの青年が放った衝撃波はおそらくフォノンキネシス…このPSIの持ち主であれば索敵能力があってもおかしくはない。
ただ、ノアの持つPSIの種類を考えれば、この青年とは本能的に「気が合わない」と感じても無理はない。
――協力を仰ぐのは無理か…?
グレンは一瞬ためらった。だが、今はそんなことを言っていられる立場ではない。
『こちらに協力して貰えたら不法侵入や公務執行妨害、そして今の侮辱発言まで
含め見逃してやる。どうだ?』
『何だよそれ。単なる脅しじゃねぇか』
『お互いの持つPSIのレベルは感じ取れるだろう。協力し合うことで今よりは進展を望める。お前にとっても悪い話では無いと思うが?』
『…グレン、こんな奴と手を組まなくても問題はないだろ?だいたい、勝手に外部の人間を捜査に引き入れる訳には…』
ノアにしては珍しく、消極的な上に態度も良くない。
『一緒に行動する必要は無い。むしろ別行動にするべきだ。ただ、目的が一緒なら情報は一つでも多い方が良い。手を組まない理由は無いだろう』
『…』
これでノアは嫌々ながらでも納得するだろう。
ただ、この見るからに好戦的で気まぐれそうな青年の答えはどうか。
『どうだ?金髪青年』
『呼び方にセンスがねぇな』
『それならお前の名を教えろ。俺はグレン・ブラッド。彼はノア・コールドウェルだ』
『…ルーカス・ブルーム』
『ではルーカス、どうだ?一時的でも構わない。手を組んで貰えると助かる』
ルーカスがいくつのPSIを扱えるのか、まだグレンには読めていなかった。
だが、少なくとも先ほど見たPSIはグレンにもノアにも備わっていないものだった。
それだけでも、新たな味方が増えるメリットは大きい。
『別にいいぜ?正直、俺もこのままじゃ依頼者にいい返事が出来なさそうだなって思っていたところだしな』




