#07 途切れた痕跡
翌日――
T-15地区を歩く一つの人影。
太陽の光を受けて輝くつややかな金髪と、服から覗くしなやかな褐色の肌がとても印象的な若い男だった。
時折何かを探す風に辺りを見渡しては、スラリと伸びた、そして適度に筋肉のついた両足で力強く歩を進めていく。
『…どういうことだよ。ここで消えちまってる』
ふいに立ち止まり、その場へしゃがみこんだ褐色の肌の青年が、そっと地面にその長い手指を触れる。
『ダメだ…せっかくここまで来たっていうのに、また振り出しかよ』
そう呟いて小さく舌打ちをした青年の目は美しいオッド・アイ。
右目が金色に、左目が緑色に光っている。
見るからに攻撃的な雰囲気を宿したその瞳は、T-15地区の外れ、荒れた風景を苛立たしげに見つめている。
『…』
立ち上がって見渡してみるも、辺り一面、何も無い。
ただでさえ寂れた街の、更に、街の輪郭が失われる辺りにまで来ていた。
もう少し先まで歩けばT-15地区ですらなくなる。
その先に何があるのかは分からない。
区画整理の行われていない場所…
ここからはまだ先ではあるが、鬱蒼とした森林の影が立ち並ぶ様を見ていると、あの辺りには何か得体の知れない生き物が潜んでいてもおかしくないなと思えるくらいには不気味な雰囲気を醸していた。
乾いた赤い土。
猫一匹すら見当たらない殺伐とした風景。
枯れかけた樹木や、昔に建物があったと思われる瓦礫などが時折転がっているだけで、十数キロ先まで戻れば人が住んでいる…ような場所には到底思えなかった。
埃っぽい風が足元をさらい、何かを急かすように通り過ぎる。
『…辺りに何もねぇのに、痕跡はここまで続いてるっておかしくね?』
オッド・アイの青年には誰かの足跡を辿る能力があるらしい。
だが、そもそも、こんな荒れた更地の続く場所に「誰かが来た痕跡」があるのも、そしてそれが、何の建物も無い場所で突然消えてしまっているのもおかしい。
『…続きがあるとすれば…』
青年はおもむろに膝をつき、先ほどよりも集中して地面に掌を当てる。
『…』
地上には何も無い。
だが、地中はどうだろう?
進路など、目に見える場所にあるとは限らない。
『…やっぱりそうか』
自分の掌から指先へとPSIを集中させて地下へと足跡を辿る。
すると、僅かながらではあるが、地中から細く続く一筋の流れを見つける。
…「何かの気配」が、地下へと伸びていた。
『…ッ』
その瞬間、青年の呼吸が不自然に浅くなる。
意識が追いつくより早く、背中を一筋の冷汗が伝う。
背骨の奥を、細い氷の刃でゆっくりなぞられたような感覚。
空気が変わった訳でもないのに、肺の中だけが急に重くなっていく。
『なん…だ、これ…』
一見、ただの地表にしか見えない。
だが、その下から感じる異様な空気。
見えてはいない――にも関わらず、「そこに何かがある」と、青年の本能が伝えていた。
『…クソッ』
地面にポタポタと垂れる汗は暑さからなのか、それとも、冷汗なのか。
呼吸はまだ、浅いままだ。
背中の冷汗も止まらない。
理由は分からない。
ただ――
このままここにいてはいけない。
そう思った次の瞬間――
『…ふざけんな』
混乱気味の頭で呼吸を整えていた青年だったが、直ぐにでも意識は別に向く。
――何かが来る。
瞬時に、青年は自分を取り巻く空気が微細に揺れるのを感じた。
『チッ…今度は何だよ!』
本能的な違和感のキャッチに、今にも倒れんばかりの朽ちた大木の影に身を潜める。
一方で、同じ場所へとやって来たグレンとノアの二人。
ノアがぽつりと呟いた。
『相性悪そうな周波数だなぁ…』
『用心しろよ?』
グレンもノアも、オッド・アイの青年が異常を察知したのと同時に、何かを感じ取っていた。とりわけノアにとって、あまり好ましくない違和感だったようだ。
『対象はまだまだ先だよ。でも、もうこんなに不快だもん』
『それなら、相手も同じ可能性が高いな。攻撃を食らわないよう気を付けて…』
グレンが言いかけた瞬間、鋭い閃光が走る。
とっさにノアを引き寄せたグレンが瞬時に姿を消した。
次の瞬間、視界からふっと輪郭が抜け落ちる。
『へぇ…テレポーテーションか。便利だな』
オッド・アイの青年が感心したように笑った瞬間、空気だけが一拍遅れて追い付いてくる感覚と共に、別の場所で圧縮された空気が弾ける。
青年の目の前にさっきまで遠くにいたはずのグレンが現れ、見えない拳で大気ごと殴りつけるような衝撃を放つ。
『うわッ…と、危ねぇだろうがッ!!』
『仕掛けてきたのはそっちだろッ!』
かろうじてグレンの攻撃を避けた青年に、グレンの後方から黒い影が伸びてくる。
その影は光の向きとは無関係に、意志を持った生き物のように青年の背後へと滑っていく。地面に貼り付いたまま音も無く形を変え、足首に絡みつく瞬間に、じわりと立体の気配を立ち上らせた。
『なるほどね、だから嫌な予感がしたってわけか』
ノアのシャドウキネシスに反応した青年がそのオッド・アイを揺らした。
虹彩の奥に波紋が走ったかと思うと、両目が強く金色に光る。
と、同時に、先ほどと同じ衝撃波が二人を襲った。
空気の内側で細い罅が走る――
音になる前の「予兆」が骨に食い込んでくる。
次の瞬間、耳ではなく、骨の内側から殴られたような振動が一気に押し寄せ、鼓膜より先に内臓が悲鳴を上げるようだ。
本気でぶつかり合えば、周囲の草木はなぎ倒され、建物もタダでは済まない。
それを分かっているからこそ、極悪な一部の例外を除けば、サイキック同士の戦いは、まず「探り合い」から始まる。
力を加減しつつ、敵か味方か、どんなPSIを持っているのかを見極めるための、短いジャブの応酬。現に今も、このわずかな遣り合いだけで充分に手応えを得たらしいオッド・アイの青年が、楽しそうに叫ぶ。
『念動遣いが瞬間移動まで出来るとは、便利なPSIを持っているな。そっちの影遣いは何ともひ弱そうだけど?』
『失礼な奴だな』
『お前こそ、あの距離から良く攻撃を仕掛けて来れたな?どれだけ離れていたと思ってる。ただの音波遣いじゃねぇだろ』
『俺は千里眼なんでね』
ノアはこめかみに指を当てて顔をしかめた。
『…周波数、雑すぎる』
青年がさらに攻撃を仕掛けようとする。
それをグレンが慌てて止めた。
『ちょっと待てッ!血の気が多い奴だな、俺たちが何をした!?だいたい、このまま攻撃を続けるなら公務執行妨害で逮捕するぞッ!!』
『へ?お前ら警察の人間なのか?』




