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Transmission  作者: 琉風
第一部「観測」

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#06 黒い影

無機質な空間がすっと細く長く伸びている。

通路にしては異常に長い。

所々、部屋へと続いているのだろうか、ドアも見える。

だが、窓らしきものは一切ない。


「お兄ちゃん!」

「俺たちを父さん母さんの所へ帰せッ!」


泣きじゃくる弟を庇いながら、兄である少年が叫ぶ。


「先ほど言っただろう。お前たちはもう二度と家に帰ることは出来ないと」

「うるさいうるさいッ!早く帰せよッ!!」

「うるさいのはお前だ。これだから子供は嫌いなんだ」


ため息をつきながら子供の手を引き連れ、細い通路を進む男たち。

恐怖で泣き喚く弟と、そんな弟を守ろうと、自分も怖いはずなのに精一杯に抵抗を続ける兄。しばらく歩くと、見えてきたドアの前で男たちが止まる。


「今日はこの二人で最後だ。まとめて連れて行くぞ」

「あぁ」


そう言ってドアを開けると、中には大人が六名閉じ込められていた。


「お前ら出ろ」

「ここは一体どこなんだ!何時間も閉じ込めて…早く帰してくれ!」

「そうよ!これは誘拐よ!」

「家に帰りたいッ!」


二十代くらいから五十代くらいまで、なんの共通項も無さそうな男女六名が思い思いに叫び出す。

その光景を驚いた表情で見つめていた二人の幼い兄弟が、自分たちがこの場から逃げられないことを実感し絶望の表情を見せる。


「お前たちに戻る場所はもう無い。諦めて大人しく歩け」


部屋に閉じ込められていた者たちは皆、手足を縛られることもなく、口をふさがれることもなく自由の身ではあったが、走り出そうとしても見えない壁に囲われているように跳ね返され、一定の空間から外には行けないようだ。


先ほど地上でシールドを張ったクローカーの男が、おそらく応用PSIで拘束用のシールドを張っているのだろう。

何の目的でどこに閉じ込められているのかも分からない。だが、逃げ出せそうにないということだけは充分に実感でき、取り乱す者、泣き出す者、恐怖で黙り込む者など様々な状況で、そのまま真っ直ぐに歩かされる。


暫く歩いただろうか、延々と続く無機質で細い通路。

その先はまだ続いているようだが、立ち止まった男が「この辺で良いだろう、次は…」と言いかけた時――


「お、お前ッ!どこから入って来たッ!!」


音も無く、なんの気配も見せず突然男たちの背後に表れた黒い影。

二人の男がこちらに充分向き直る暇さえ与えず、影から伸びた手が二人の男それぞれに白い光を浴びせると、二人が同時に倒れ込んだ。


「きゃあッ!」

「な、なんだ!?し、死んだのか!?」


辺りは騒然となったが、黒い影は振り向くと大人六名・子供二名の八名に対し呟いた。


『今から地上へ出る。騒がず動くな』


何が起きているのか分からず息を飲む八名が、この黒い影の人物と共に一瞬でその場から姿を消した。






「ここは…」


体が浮遊する感覚を覚えた瞬間、八名は埃っぽい荒野のど真ん中に佇んでいた。


『本来なら立ち入り禁止区域だ。このまま真っ直ぐに歩けば街に戻れる』


深くかぶっていた黒いフードが風で煽られ、黒い影の人物の姿があらわになる。

男性か、女性か、月明りのみの闇の中では瞬時に判別がつかないほど、美しい顔立ちをしていた。自分たちが置かれている立場も忘れ、大人たちは皆この人物に見惚れている。だがこの人物はそんな視線を欠片も意識せず、淡々と言葉を続けた。


『今なら誰の目にも触れず、危険も無く自分の家に戻れる。早く行け』


この言葉にそれぞれ我に返った大人たちが、口々に「ありがとうございます」と言い残し、急いで街を目指し走り始めた。


『…』


その様子を見送った黒い影の人物が二人の幼い子供を見下ろす。


「あ、あの…」

『心配するな、お前たちは直接家まで送り届ける』

「え?」


そう言葉を掛けると、子供たちの目の前にしゃがんだ人物の目が光る。

次の瞬間には、荒野から三つの影が消えた。






「お兄ちゃん!うちだよ!」

「あぁ、ホントだ。…帰ってこれた…」


嬉しそうに笑う弟と、ホッとしたように疲れた表情を見せる兄。

その様子を見ていた影の人物が告げる。


『今はどれだけ大きな声を出しても周りには聞こえていない。だが、シールドを破れば音は筒抜けになる。合図をしたら黙って家に入るんだ』

「合図って?」


兄の質問に影の人物が左手で指を鳴らす。


『これが合図だ。きっと親が心配している。帰れ』

「お兄さん、助けてくれてありがとう。母さんがきっとお礼を言いたいと思う」

『不要だ。どうせ忘れる』

「え?」


言われたことの意味が分からず不思議そうな表情を浮かべる兄弟を見つめる影の人物。


『今後、夜は何があっても出歩くな。昼間も子供だけでは遠出しない方が良い』

「うん、分かった」

『では、合図だ』


パチンと指を鳴らす音がする。

その瞬間、子供たちを包む空気が軽くなったような気配がした。


すぐ目の前にある自分たちの家のドアを開ける瞬間、二人が振り返ったが、既に影の人物の姿は無かった。驚いたのも束の間、その瞬間にはこの兄弟の記憶から影の人物の存在が消えてしまっていた。


「あれ?俺たちどうやってここまで戻って来たんだっけ」

「お兄ちゃん、早く家に入ろうよ」


ドアの目の前で兄弟が話していると、中から両親らしき男女の声が聞こえ、勢いよくドアが開けられる。


「あんた達無事だったのッ!?一体どこへ行っていたの!人攫いにあったんじゃないかって母さんたち心配していたのよッ!」


泣き叫びながら子供たちを抱き締める母親と、母親ごと三人を抱き締める父親。

その騒ぎに隣り近所からも人が出てきて、「帰って来たんだね!良かった!」と喜びに包まれる。だが、その後どれだけ両親が質問攻めにしても、この兄弟から家まで戻って来た際の記憶が戻ることは無かった。


黒い影の人物は一体何者なのか。

兄弟の兄はこの者を「お兄さん」と呼んでいた。

性別不能な容姿のようだったが、声を聞く限り男性だったのであろうか。


この人物は兄弟を救出する際にどこからともなく現れ、二人の男に何らかの衝撃波を放ち、八名もの人間を同時に地上へと移動させ、それぞれ家に帰る六名を見えないシールドで保護し、兄弟を同様のシールドで家の前まで連れていき記憶の一部を消し去った。

おそらく、他の六名の大人たちにも同じように記憶を抹消している可能性が高いだろう。


――このわずかな時間だけで少なくとも4種類ものPSIを扱ったことになる。


この人物は一体何者なのだろうか。

そして、そもそも老若男女の八名をどこかへ連れて行こうとしていたあの二人連れの男の正体は?失踪者事件の一端と見て良いのだろうか。


あまりにも謎が多すぎるが、今夜のこの出来事が仮に失踪者事件だったとして、犠牲者は出なかったということになる。

それだけでも充分に幸いと言えた。


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