#05 最下層区画
現在のマップと比べるとエリア自体が多少異なってはいるものの、失踪者が多発していたのはT-15地区の周辺になっている。
『…この辺りの地域が整備されたのって三十年くらい前だったか?』
『もう少し前かもね。まぁ…五十年前の失踪事件よりは後だったと思うけど』
五十年前のマップに表示されている地域は、今二人がいるT-15地区とは微妙に異なる。だが、そう遠く離れた場所ではなかった。
むしろ、整備される前で考えれば同じエリアだったかも知れない。
『俺達が住んでいる地区はT-01地区だろ?』
『そうだね』
『T-11地区までがサイキックメインの街だ。T-12地区とT-13地区が混在地域で、T-14地区とT-15地区がノーマルメインの地域』
『言いたくはないけど、世間的にはこの地区が一番「底辺」ってことになってるよね』
確かに貧富の差は殆ど無くなっているこの時代…
だが、能力社会が故の差別意識は当たり前に存在していた。
そして、そういった差別意識が生んだ現在の生活圏の作り方には、グレンもノアも全く共感は出来ていなかった。
ただ、現実として、住む場所が能力や家柄などに左右された作りになっているのは事実。二人が言うように、サイキックやその家族たちが暮らしているのはT-01~T-11地区までだが、その数字にはしっかりと階級が施されていた。
グレンやノアなどエリート達が住む場所はT-01地区。
公的機関をメインとした商業地区はT-00地区で、生活に必要な機関や店などはそれぞれの地区にも作られているが、家族の中に一人もサイキックがいないノーマルのみの家族や単身者の場合、T-14~T-15地区から外へは滅多に出られない状況だった。
ここは「住んでいる場所」ではなく、「そこから出られない場所」になりつつある。
だからこそ、閉じ込められた空間の中で起きる失踪事件は、ノーマルたちにとってどれほどの恐怖であろうか。
ふと、昼間の聞き込みで出会った中年女性の姿が脳裏をよぎる。
「すぐ戻るって言って出て行ったんです。ただの買い物だったのに」と言いながら、
ドアノブを握りしめる手が震えていた。ここでは、人が一歩外へ出るたびに、それが
「最後の一歩」になるかもしれない。
それなのに――
警察という立場上、事件を放置するわけにもいかず、こうして自分達のような部署の人間が捜査に乗り出してはいるものの、上層部が本気でこの事件を解決させたがっているようには見えないことも問題だった。
しかも、この事件を本音では放置させたい理由が、差別意識から来るものだけではないとするなら、尚更。
『やっぱり、五十年前の事件と今回の事件は繋がっている可能性は高いよな』
『そうだね』
ノアがマップを閉じ、二人で聞き込みを再開させようと歩きながら話し始めた瞬間、グレンの背後、わずかだが空気が沈むような感覚を覚える。
『ッ…』
慌てて振り返るも、そこには何もなく、誰もいない。
『グレン?何か感じた?』
『…いや、何でもない』
確かに違和感があった。
肩越しに重みを感じたのはほんの一瞬…でも、勘違いではない明確な異変。
…にも関わらず、やはりそこには何もない。
どういうことだ?
『…』
「神経質になり過ぎているのかも知れない」…グレンはそう考え、その違和感を再度見逃してしまう。
「何名いる?」
「二人です。十歳と六歳のガキで…」
「分かった。ほら、金だ」
「ありがてぇ」
「いいか、分かっているとは思うがこのことは一切口外無し、詮索も無しだ。少しでも怪しい動きをすれば命は無いものと思え」
「分かってますよ。言う訳がない。むしろ、今後もお願いしますよ」
「…それなら、次からはもう少し子供の人数を増やせ。年齢は低ければ低いほどいい」
「任せて下さい」
暗闇の中、一人の男が二人連れの男と話していた。
二人連れの男はそれぞれ身なりが良く、顔はその殆どを覆っていてよく見えない。
対して一人の男の方は、髪はボサボサで身なりも粗雑な、乱暴そうな印象だ。
相応に年齢を重ねているように見え、連れている子供たちの親世代には見えない。
幼い男の子二人の手を縛り、口をテープでふさぎ、紐で繋いで強引に引っ張ってきた様子だった。
「ちなみに、ここに来るまでに誰にも気づかれなかっただろうな」
「もちろんです。この直ぐ近くまでは車で来ましたんで」
「車を所有している身分なら、こんなマネをする必要はないんじゃないか?」
「まさかッ!かろうじて動くボロ車ですよ。この地区は自動走行車も街の中心部あたりしか走ってねぇんで、殆どの住民はボロの手動運転車を使っているんです」
「まぁ確かに、インフラ整備もロクにされていないこの地区では、自動運転車の普及は難しいだろうな」
二人連れの男が小馬鹿にしたように嘲笑ったが、子供を連れていた男はヘラヘラと嫌な表情で愛想笑いを返している。
その様子を見ていた二人の幼い子供たちは、震えながら自分たちの身を案じていた。これから自分たちはどこに連れていかれるのか。
――金銭の授受があったということは、この子供たちは売られてしまったのだろう。
街からかなり外れた人けのない場所――
街灯も無いようなこの寂れた場所で人身売買が行われている。
これはまさしく、失踪者事件の現場そのものではないのか。
「しゃべり過ぎたな。さっさと消えろ」
「またいつでもお願いしますよ」
そう言い残して去っていく男の姿を確認すると、二人連れの男は子供たちを見下ろした。
「今から向かう場所がお前たちにとって天国になるか地獄となるか、それはお前たち次第だ。どちらにしろ家に帰ることはもう出来ない。無駄な抵抗はせずに、大人しくついてこい」
そう告げると、泣きながら必死に抵抗しようとする子供をそれぞれ一人ずつ、強引に手を引いて歩き始める。
「おい、こんな場所に誰もいる訳は無いと思うが…」
「あぁ、だが、念のためシールドは張っておこう」
一人がクローカー(認識遮断能力者)なのだろう。
自分たちの姿を目撃されないように、周りからその存在を消すPSIを発動する。実際に自分たちの姿が透明化する訳では無いが、認識・意識・注意などを逸らすことで、人の目やセンサーから気配を消す能力だ。
誰の目にも触れない状態でしばらく歩くと、二人の男はそれぞれ辺りを見渡し、
その場で立ち止まる。
次の瞬間、シールド内にいた男二人と子供二人の計四人の姿が忽然と姿を消す。
もう一人の男がテレポーテーションを使ったようで、気付けば四人はどこかの建物の中にいた。
「口を塞がれたまま泣いていては、呼吸もし辛いだろう」
そう言って、男が子供二人の口に貼られたテープをそれぞれはがす。どうやら、この建物内であれば仮に大声を出されたとしても問題はないということらしい。
テープだけでなく手を拘束していた紐も解いてくれたが、いくら子供とは言えここまで自由にしてくれるということは、逆に言うと、どうやってもこの場所からは逃げられないのだという意味を持つ。
「こ…ここはどこだッ!」
「お前たちにとっての天国、あるいは地獄へと続く場所だ」




