#04 洗われた街
『そうですか、ありがとうございます』
『…結局、何にも分からないままだな』
グレンとノアは高台の仮設会議室からT-15地区の街中へ下り、自らも聞き込みを続けていた。
足元には、ひび割れた舗装と色褪せた広告パネル。
時刻だけ見れば人通りがあってもおかしくないはずなのに、通りを行く人影はまばらで、会話も笑い声もほとんど聞こえない。
かすかに聞こえるのは、自動走行車のモーター音と、古い空調が吐き出す乾いた風の音だけだった。
これだけ失踪者が出ているエリアだ。どの住民も怖がって表に出たがらないのだろうと容易に推測はできる。
本来の立場を考えれば、管轄の刑事たちや直属の部下たちからの報告を会議室で待っているだけでいい。だが、この二人の性格――いや、気質がそれを許さない。
特にグレンは、班を率いる立場でありながら、新人刑事のような貪欲さと無鉄砲さを併せ持っている。どんな事件でも「誰よりもまず現場に飛び込む」のが彼のスタイルだった。
だが、どれだけ歩き、どれだけ人に尋ねてみても、何も掴めない聞き込みをすればするほど、手掛かりがまるで掴めない現実を思い知らされるばかりで、進展の兆しは見えなかった。
『グレン、何かこの街って異様だよね』
『…そうだな』
『こんなに何も感じないってこと、ある?』
『まぁ、不自然ではあるよな』
二人の感覚は、常人に比べて遥かに鋭い。
犯罪に残るPSIの痕跡、人間が発する熱、匂い、生活の残滓――それらは、サイキックにとっては「微細な足跡」のように感じ取れるはずだった。
しかし、T-15地区の空気は澄み過ぎていた。
澄んでいるのに、息苦しい。
深呼吸をすればするほど、「自分だけが場違いな場所に立っている」ような感覚が喉の奥に引っかかる。
まるで最初から何も存在していなかったかのように、温度も痕跡も、微細な「揺らぎ」すらない。
『まるで、この地域全体が「一度洗われた」みたいな透明感だな』
風景としては少し色褪せた感すらあるこのエリア。
なのに、妙にスッキリとした感覚が消えない。
まるで、上辺だけを取り繕うかのように、表面のみ丁寧に拭き取られてしまったかのようだとグレンは思った。
『バカだなぁ…痕跡を消すっていうのは都合の悪い部分だけにしないとさ、こんな風に全部を消しちゃうと逆に違和感しか残らなくてバレちゃうんだよ』
ノアがため息交じりにそう呟きながら、右手を軽く上げる。
「フォン」…という小さな起動音と共に、ホログラフィックマップが現れた。
この時代においてホログラフィックマップは何ら珍しいものでは無かったが、多くの場合、警察署内や仮設会議室など、設備が整った環境での使用がメインである。
出先でも使えるよう警察の人間なら誰でも装置は携帯しているが、ノアの場合、彼が本来持つPSIと非常に相性が良いため、装置などなくても精度の高いマップを表示させることが可能だった。
『…これは…』
ノアが出したマップは被害者の失踪地点。
地図を通し俯瞰して見ることで何か点と点が結びつくのではと考えたのだが…
『改めて見ると、不気味だよなぁ…』
『…そうだね』
エリアはT-15地区だけでなく他にも沢山ある。
だが、失踪者が多発しているのはこのT-15地区だけだ。
ノーマルだけが居住しているエリア。
その中でも最下層にあたる世帯が多く住んでいる。
…それは、失踪がこのエリアに集中していることと何か関係があるのだろうか。
『失踪が実は連れ去りだとして、この地区の人間を狙う意図が分からないな』
『…あるとすれば「ノーマル」であるということ、くらいじゃない?』
『…』
ノアの一言は、グレンに得体の知れない寒気を与えた。
ただ、ノーマルを狙っているのだとしても、ノーマルはT-15地区以外にも住んでいる。それなのに何故、この地区でだけこんなにも失踪者が多発しているのか。
『ノア、五十年前の失踪事件のマップって開けるか?』
『その殆どに閲覧制限がかかっているから、どうだろうね』
『…気付かれない程度に頼む。絶対に無理はするなよ?』
『了解』
グレンの指示でノアが静かに目を閉じる。
やがてゆっくりと開かれたその瞳はオレンジに輝き、無表情に一点を見つめたノアが「ここまでかな」と小さく呟いた瞬間、先ほど表示していたマップの隣りに別のマップが「フォン」と音を立てて現れた。
どうやら五十年前の失踪事件にまつわるマップのようだ。
『…初めて見るな、これ』
『そりゃそうでしょ。たった今、僕がクビ覚悟で鍵のかかったデータを引っ張り出してきちゃったんだから』
『気付かれてはいないだろ?』
『そんなヘマはしません』
『それならクビにはならないだろ』
「言葉のアヤなんだからいちいち反応しないで」と呆れたようにつぶやくノアを横目、グレンがマップに目を通しながら小さく驚く。
『なんか、似てないか?これ』
『どれどれ…あ、ホントだ』




