#09 触れたはずの距離
『…』
数日後――
シヴァはまた、アレンの店に来ていた。
…いや、正確にはまだ、店の外にいるのだが、このまま店内へ入るべきか悩んでいた。
『…』
聞こえないほどの小さなため息をつく。
…なぜ自分がこの店へ足を運んでしまうのか、まったく、らしくない行動に、シヴァは完全に混乱していた。
アレンはノーマルだ。あの黒髪の男のように、自分にとっての脅威とはならない。
いや、そもそも、あの男でさえ、そこまで厄介な存在ではないはずだ。
だったらもう、ここへ来る必要はない。
『…』
そう、思うのだが…
『いらっしゃいませ!』
『…』
『いつものブーケ、作りましょうか?』
『…あぁ、頼む』
まるで、麻薬のような中毒性だとシヴァは思った。
他の客には、この店の中の空気はどう伝わっているのだろう。
この空間を誰も、何とも思わないのだろうか?
――自分だけか?だとしたら、なぜ?
『…』
シヴァはもう何度も、この店に来るたびに行っていることを、今日も繰り返す。
…どれだけ神経を集中させて店内の隅々まで調べ上げても、アレンからも、この空間からも、ほんの微細なPSIすら拾えない。
だが、シヴァはどうしても納得ができなかった。
少なくとも、自分にだけは確実に何かが干渉している。
そうでなければ、自分がここまで同じ場所に通うなど、あり得ない。
シヴァは、この空間に来ることで自分の心身がとてもラクになること、そして、その原因が、自分のPSIを持ってしてもまったく理解ができないことに、不安を感じていた。
…この自分を不安にさせる?…ノーマルが?意味が分からない。
この空間はあまりにもおかしなことだらけだ。
『…ひとつ、聞きたいのだが…』
『はい、何ですか?』
『グレン、寄り道して大丈夫なの?』
『良いだろ少しくらい。アレンが心配だ』
『…心配っていうか、気になるだけでしょ?』
捜査の途中で一度特治に戻り、再び捜査に戻る途中で、グレンがアレンの様子を見てから行こうと言い出した。
アレンが話していた「ルナさん」の存在が気になっているのと、あとは、ルーカスが心配なあまり、アレンが自分との約束を破って行動を起こしかねないという不安もあったため、とりあえず顔を出してみようと考えてのことだ。
『グレン、いきなり店内に飛ばないでよ?』
『なんで?』
『お客さんがいたらビックリするだろうし、もし仮に「ルナさん」がいたら僕たち完全に邪魔でしょ?』
『…邪魔じゃないだろ』
『…』
この過保護な兄は、弟の恋路を何だと思っているのか。
百歩譲って、妹ならその心配もまだ許せる。
だが、アレンは男だ。
しかも、二十四歳という立派な大人でもある。
いちいち干渉しすぎると嫌われかねないのではと思うが…
『それならまぁ、とりあえず店の前に降りるから』
『…勤務中なんだから、顔見たらさっさと行くからね』
呆れ顔のノアを連れて、グレンがテレポートでアレンの店の前へと移動する。
瞬時に店の前に降り立ったグレンとノア。
その瞬間――
『ッ!!』
ブワリと全身が総毛立つような恐怖と緊張。
瞬時にグレンが戦闘態勢を取り、ノアは慌てて店の中へと転がり込んだ。
それとほぼ同時――
『…ひとつ、聞きたいのだが…』
『はい、何ですか?』
『!』
アレンに話しかけたシヴァが、瞬時に店の外へと意識を巡らせる。
直ぐにでも両手に宿った強大なPSIは、店の中に転がり込んで来たノアのことは関せず、シヴァの目の前にいたグレンに向けて放たれた。
『兄さんッ!』
『アレン、ダメだこっち来て!』
グレンの身を案じて駈け出そうとするアレンをノアが必死に抑えて、店の端へと逃げる。グレンにも言えることだが、ノアには強力なシールドを張るPSIは備わっていない。応用で一時的なカバーは可能だが、万が一にでもアレンを危険に晒すわけにはいかない。出来るだけ二人から距離を取って、自分がアレンの盾になるしかない。
そう、思ったのだが…
『…あれは…』
ノアが息を呑む。
今しがたグレンに向けて放たれた強大なPSIは、あのサイキックが自分とグレンの二人だけを包囲するために仕掛けたシールドのようだ。
『ノア、何あれ』
『…このままここでドンパチやったら家も店も破壊されちゃうから、それを防ぐためにあのサイキックが咄嗟にシールドを張ったんだと思う』
グレンに攻撃を仕掛けるためではなかった。
それだけでも幾分安心はしたが、だからと言って、今の状況がいいわけではない。逆を言えば、グレンはあのシールドに閉じ込められてしまったということだ。
姿が見えなくとも、凄まじい威圧だけは伝わってきて、ノアは一瞬で経験したことの無い恐怖と緊張を感じた。
あんなサイキック、今まで見たことがない。
…あんな奴と二人だけの空間に閉じ込められて、果たしてグレンは無事でいられるのだろうか。ノアは、自分にはどうすることも出来ない途方もない相手のPSIの強大さに、初めて身の危険を感じていた。
だいたい、あのサイキックは…
『…なんで、ルナさんが兄さんにあんなことを…』
『…え?ルナさん?』
アレンの言葉にノアが絶句する。
――いや、待て。
あれが、ルナさん?
…冗談じゃない。今はふざけている場合ではない。
だいたい、あのサイキックは男だろう。
いったいどういうことだ…?
『アレン…あの人男だよね?』
『そうだよ。ノア、どうすればいいの?兄さんを助けなきゃ…』
『いや、あの…』
ノアは大混乱に陥っていた。
アレンを見ると、泣きそうな顔で真っ青になりながらシールドを見つめている。
シールドの中は見えない。おそらく、ほんの少し、次元をずらしているのではないか。そうすれば、通行人やこの辺りに住む人間に、姿や音が漏れることもない。
『…』
アレンの様子を見る限り、どう考えても冗談を言っているようには見えない。
――とんでもない展開だ。
ルナだって?
バカを言うな。
あいつは…




