#08 見えない繋がり
『…』
シヴァは困惑していた。
アレンの言動も気にならないと言ったらウソになるが、それ以上に、あの店の中に存在する、何とも言えない「心地よさ」に、シヴァは半ば無意識に引き寄せられているような気がしていた。
『…』
もともとは、あの黒髪の男の弟であるアレンのことを調べる目的で近づいた。
あの金髪オッド・アイのサイキック――
名をルーカスと言っていたが、ルーカスと対峙した際、彼の頭の中には刑事二人より、アレンへの心配ばかりが溢れていた。それほど守りたい存在であるアレンとは
いったいどんな奴だろうという興味。
あとは、先日の立ち入り禁止区域内での出来事のせいだ。
あの時に黒髪の男が持つPSIのレベルの高さを直に感じた。
放っておいていい存在ではないということを改めて実感したのと同時に、弟の能力も調べる必要があると考えたのだ。
――まぁ、こちらはまったくの拍子抜けで、意外にもノーマルだったのだが。
『…』
…そもそも、彼がノーマルであるということに違和感しかない。
自分があの花屋へ行くたびに感じる「心地よさ」はいったい何なのだろうか。
『…』
シヴァは初め、自分があの空間に居心地の良さを感じているという自覚すらなかった。
ただ、体が妙に軽い、呼吸がしやすい、そして、自分の内にある「雑音」が軽減するような気がしたのだ。
そのことが無性に気になり、二度目に店を訪れた時には、ハッキリと、自分がこの空間を好んでいる事実に気が付いた。だが、いくら調べてもアレンからPSIを感じ取ることはできない。では、あの独特の空間はいったい何だ?
シヴァは、それを知りたくて、その後何度もあの花屋へ足を運ぶことになったのだ。
『…』
シヴァは手にしていたブーケを見つめて意識を集中させる。
その瞬間――ブーケが忽然と消えた。
…墓前に供えているというのはウソではないらしい。
だが、シヴァ自らが訪れているわけではなさそうだ。
『アレン、今日はどうだった?売り上げは順調か?』
『うん。ありがたいことにお店は順調だよ。常連さんがたくさん来てくれるから、
日によっては売り上げのバラつきもあるけど、月単位で見ればまったく問題なし』
夜――
食事中、グレンに聞かれたアレンが答える。
花屋を始めてから数年が経ったが、アレンが言うように地域に住む常連のお客さんが顧客の大半を占めていて、毎月安定した売り上げを出せているようだ。
『でも、自分で仕入れに行けないのがつまらないけどね』
『…そこはまぁ…事件が解決するまでは我慢してもらいたいな』
『もちろん、分かってるよ。でもたまにね、息抜きに外に出たくなっちゃうんだよね』
アレンは、売り物の花を業者に配達してもらっている。
もともとは市場に出向いて、自分で実物の生花を目にして選んでいたが、体が弱く毎日は行けないのと、失踪者事件が起き始めてからは身の安全を第一にということで、グレンに止められ、配達をしてもらうようになっていた。
もちろん、自分で仕入れる花を選んで運んでもらうのだが、市場で吟味する楽しさが味わえなくなってしまったことが、アレンにとっては残念と言えば残念だった。
『でも、最近新しい常連さんが出来つつあるから、それも新鮮で楽しいかな』
『それは良かったな』
『うん。すっごく綺麗な人でね。大切な人の墓前に供えるためにって、毎回同じブーケを頼んでくれるんだけど、ちょっとミステリアスな感じなんだよね』
『…そっか』
ルーカスのことで毎日塞ぎ込みがちだったアレンが、珍しく楽しそうに仕事の話をしている。
グレンもノアも、ちょっとした驚きを感じつつ、「綺麗な人」という言葉に引っかかった。
…まさか、客に一目ぼれでも起こしてはいないよな?そう、気になったグレンがアレンに何気なく聞いた。
『幾つくらいの人だ?』
『俺と変わらないって言ってた。でも、年下じゃないかと思うんだよね』
『…二十歳は超えてる感じ?』
『うん。そう見えたけど』
『…芸能人で例えるとどんなタイプ?』
『いや、あのルックスは誰にも似ていないし、枠に収めきれないと思う』
『…』
『それくらいに、もう本当に、ビックリするくらいに綺麗な人だよ』
『…』
グレンとノアは顔を見合わせた。
アレンから異性の話を聞くのは初めてだった。
この話っぷりだと、その客のことをかなり気に入っていそうだ。
『…名前は聞いたのか?』
『…』
グレンの質問にアレンが一瞬黙り込む。
ノアと二人でどうしたのだろうと思っていると、心なしか小さめの声で「ルナさん」とだけつぶやいた。
『…へぇ、ルナさん…か』
『…』
心ここに在らずの状態で名を復唱するグレンと、そんなグレンとアレンの二人の様子を窺うノア…
マズい。これは、アレンの初恋の誕生かもしれない…そう考えたノアは、過保護すぎるグレンが、余計なちょっかいを出さないようにさせなければと内心で慌てた。
『ルナさんにとって、ブーケを備えている相手がどんな存在だったのかは分からないけど、あのペースだと、前回のブーケがしおれ始めるくらいのタイミングで綺麗なものと取り換えてあげているだろうから、優しいなって思うよね』
『…そうだな』
ここ最近では見ることのなかった、楽しそうな様子のアレンの姿に二人が嬉しい気持ちになったのも事実だが、それと同時に、ノーマルであるアレンの恋愛の相手として、果たして問題のある人間でないかどうか…
これは二人…特にグレンにとっては非常に気になるところだった。
グレンがもう少し情報を得ようとアレンに話しかけようとした時、アレンがふと表情を暗くさせて「でも…」と続ける。
『こんなことで舞い上がるのは良くないよね。ルーカスがまだ見つかっていないのに』
『…それとこれとは別問題だろ?アレンが気にすることじゃない』
『兄さん、俺、やっぱりルーカスのことを探しに行きたいんだけど、ダメかな?』
『…悪いが、それは許可できない』
アレンの気持ちは痛いほど分かる。
自分たちだって、仕事を放り投げてでもルーカスの無事を確かめたい思いでいっぱいだ。だが、現実としてそれは不可能だし、かと言って、アレン一人に任せるわけにはいかない。
花屋でも二階の部屋の部分でも、とにかく、この家にいてくれる限りは、父親が張ったシールドの効果でアレンは何者からも絶対的に守られる。だが、家の外に出てしまえば、リスクは跳ね上がる。
『ルーカスが自分の意思で出て行ったのなら、別にそれで構わないんだ』
『…』
『でも、もし…もし、何か、トラブルに巻き込まれたとか、そういうのだったら…』
『…』
『今も…ルーカスが助けを求めているかもしれないんだったら…ジッとしていられない』
『気持ちは分かる。だが、絶対にダメだ』
いくらルーカスがハイレベルのサイキックだとしても…
自由気ままな性格で、ふらっと出て行ったりふらっと戻って来たり、そういう可能性がある奴だとしても…
もう、一か月以上も経っている。さすがに、何の連絡もなしに家を空けるのは不自然な状況だ。アレンが一人で行動を起こしてしまう前に、なんとか自分たちで探さなければ。
『アレン、俺たちが近いうちに必ず、仕事の休みを取ってルーカスを探す』
『…』
『場合によっては、休めなくても探しに行くから』
『…』
『勝手に一人で行動しないと約束してくれ』
『…分かってる』
アレンが何を言いたいのかも、そして、なぜそれを我慢するのかも、グレンやノアには理解できていた。
だからこそ、アレンの代わりに自分たちが一日も早く動かなければと思う。




