#07 静かな引力
『あ、いらっしゃいませ!』
『…』
白とグリーンを基調とした愛らしいブーケを購入してくれた黒づくめの美しい客は、
その後も何度かアレンの店を訪れてくれていた。
オーダーするのは毎回同じ内容のブーケだったが、寡黙なこの客はこの数回の間にもあまり自分のことは話さず、アレンは未だにこの客の名前さえ知らない。
『このブーケ、お相手の方が気に入ってくださったんですね』
毎回同じものを頼むくらいだ、きっと、贈られた相手の好みにドンピシャだったのだろう。
喜んでもらえるブーケが作れてよかったとアレンが思いつつ聞いてみると…
『墓前に供えているだけだ。本人が満足しているかどうかは分からない』
『…』
『…「人」に渡せていなくて申し訳ないが…』
『いえ、そんな!…墓前だとしても、その方はきっと喜んでくださっていますよ』
この美しい客は淡々と話しているので、その相手が家族なのか恋人なのか友人なのか、まったく分かりはしなかったが、アレンは、自分が作ったブーケが誰の目にも触れていないことを気にしたこの客の気遣いに感謝した。
『お墓はここから近いんですか?』
『…いや』
『もし時間のかかる場所なら、もう少し保水量を増やしますよ?』
『問題ない』
この客は、来るといつでもぼんやりと店内に咲き誇っている美しい花々を見つめている。花が好きなのかな…とも思うが、なんとなく、そうでもない気もする。することがなく、必然的に花を見るしか選択肢がないということだろうか。
『あの…お名前をお伺いしてもいいですか?』
『…』
『せっかくこうしていらしてくださるのに、どうお呼びすればいいか分からなくて…』
『…』
一度や二度の来店で名前まで聞くのはどうだろうとアレンは思っているが、少なくともこの客は、世間話をし始めても問題ないかなと思うくらいには足を運んでくれている。
これだけ来店してもらっているのに、名前を聞かないのは逆に失礼ではないだろうか…そう思ってのことだったのだが…
『自分の名は好きじゃない。なんでも、好きなように呼んでくれて構わない』
『え?…でも…』
呼ばれたくないほどに自分の名を嫌うだなんてこと、あるのだろうか。
…もしかして、こんなに中性的な美しさのルックスを持っているのに、めちゃくちゃ厳つい名前とか…?
いや、それだとしても、ラストネームくらい教えてくれたって…
『…それなら、「ルナ」って呼んでもいいですか?』
『…』
『あなたのその銀髪、とっても綺麗だから、最近夜に月を見上げるとあなたのことを思い出しちゃって…』
『…』
『まるで、月の精のようだなぁ…なんて』
『…』
『あ!ちょっと俺、気持ち悪いですね。すみません』
アレンに他意はなかったが、男性を褒める言葉としてはあまり適切ではなかったような気がして無性に恥ずかしくなり、かえって失礼だったかもしれないと慌てた。
『…好きにすればいい』
『!ありがとうございます』
気持ちの悪い店主だなどと思われて、二度と来てもらえなくなってしまったら嫌だなと思ったものの、この美しい客は、一瞬ためらう素振りは見せたが、それでも了承してくれた。
『ではさっそく、ルナ…さん。ルナさんって月に例えられることってありませんか?』
何となく、呼び捨てにできない雰囲気を感じて、アレンは「ルナさん」と呼ぶことに決めた。
見る限り歳は自分とあまり変わらないように思えるが、それでも、お客様なのだし、今はまだ呼び捨てできるような関係性ではない。
『…昔、一度言われたことがあったな』
『一度だけ…ですか?もっとあると思ったけどなぁ…。色白だしその銀髪だから、月を擬人化したらルナさんみたいになりそうだなって』
『…』
『日中より、夜空の下にいる方が似合っていそうな雰囲気ですよね』
『…』
急に馴れ馴れしすぎただろうか…
無反応な客…ルナの様子を見て、アレンが「なんか、すみません」と小声で謝る。
と同時に、ある違和感に気づいた。
『…昔?』
『…』
『ルナさんって、おいくつですか?俺と同じくらいか、少し下かなって思うけど…俺は二十四歳です』
『…』
ルナの表情が明らかに面倒臭そうに見えた。
やっぱり、興味を持ちすぎてしまったか。
――確かに、本来なら客に対してここまで図々しく踏み込むことはアレンはしない。
人当たりがよく話好きなため、客の反応次第では世間話に花を咲かせることもあるが、基本的にアレンは、他人とはしっかりとした線引きが出来る人間だ。
…にも関わらず、どういうわけだか、ルナに対してだけはどうしても興味や好奇心の方が勝ってしまう。
『…俺も、似たようなものだ』
『…』
名前ならまだ理解はできるが、年齢くらい教えてくれてもいいのでは…?
アレンはそう思ったが、こう返されるともう、聞き返すことも出来ない。
『そうですか。歳が近いなら話も合うかもしれませんね』
『…』
『あまりうるさくしないように気をつけますから、またいつでもいらしてくださいね』
『…』
何となく、今日を機に来なくなってしまうような気がして、アレンは咄嗟にそんな
フォローを入れて会計を済ませる。
『…』
カードを差し出すその指も、白くて細くて長い。
まるで、重たいものを持ったことなどなさそうな、とても美しい手指だ。
『…』
――いや、俺ちょっとおかしくない?
アレンは焦って、頭を横に振った。
そんなアレンの様子を気に留めるでもなく、美しい客…ルナは店を出て行った。




