#06 交わる違和
『これ、私の名刺です。良かったらまたいつでもいらしてくださいね』
会計も終え、客が帰ろうとした時に、アレンが呼び止めて自分の名刺を手渡す。
それを無言で受け取った客が、名刺に落とした視線を揺らす。
『…ブラッド?』
『…?はい、アレン・ブラッドと言います』
アレンの言葉に顔を上げた客が、そのままジッと自分を見つめてきた。
…この顔に、この距離で見つめられるのは相当心臓に良くない…
アレンが呑気にそんなことを考えていると、客の目が一瞬光ったように感じられた。
…この人はサイキックなのかな?…アレンにはノーマルでありながら警戒心が少し足りず、グレンにもいつもそれを注意されているが、今この瞬間も、目の前の男が自分に対してPSIを発動したことになど気づいていない様子だった。
『あの…?』
『…』
シヴァは、目の前にいる人物の名がブラッドであることに驚きを隠せずにいた。
この男がブラッドなら、この男の兄であるあの黒髪の男もブラッドということになる。
そう珍しい名前ではないが…ありふれた名前でもない。
瞬時にこの男の内側を探った。
流れる血に、かすかだが自分と共通するものを感じる。
――だが、ブラッドの血を引く者ならば、サイキックではないのか?
店に入った時からPSIはまったく感じ取れなかったが、今こうしてこの男の内を観察しても、やはりPSIの発動は微塵も感じられない。そもそも、この警戒心の無さはなんだ?聞いてもいないのに自分の話をしてくるのはもちろん、サイキックを目の前にして、まして、PSIを発動されたことにも気づかずにぼんやりしているなど、本当にあの男の兄弟なのか?
『…』
先日、T-15地区の立ち入り禁止区域内で、黒髪の男と焦げ茶色の髪の男が、仲間の痕跡を探しに来ていた。
自分が金髪のサイキックと交わした痕跡は綺麗に消してはいたが、あの男はその裏側にまで侵入して、痕跡の欠片を強引に暴こうとしてきた。
自分が消した痕跡をあんな風に深淵から引きずり出そうとするサイキックなど、初めてだった。
しかも、一瞬だったが自分と目が合った。
実像ではなく意識下で自分を見つけ出すなど、あの男はあまりに危険すぎる。
事実、シヴァでもあとほんの僅か、動きが遅れたらかなりのダメージを食らっていたであろう、強大な攻撃を異質な速度で繰り出してきたのだ。
シヴァの姿は見えていなかったはず…にも関わらず、あの男の攻撃は、完全にシヴァの姿を捉えていた。
――そんなサイキックの兄弟とは到底思えないような、目の前の男。
『…』
だが、妙な点もある。
この店に入った瞬間から、なぜだか体が軽い。
最近ではPSIの副作用に毎日のように苦しめられている自分の体が、とても軽くなったのだ。そもそもこの店内には、花屋ということを抜きにしても、まるで店全体が空気清浄機のような清々しさ、清涼感がある。
気持ちも体もとてもラクになるような、そんな不思議な空間だ。
――それを考えると…
『実は、私はノーマルなんです』
『…』
『さっき、一瞬ですが目、光りましたよね?』
『…』
『この地区に住んでいると、サイキックだと思われることも多いのですが』
『…』
『私はノーマルで、さっきのあなたのように、サイキックのPSIが発動しても、その意味にさえ気づけない人間です』
『…』
『兄はとても強いサイキックなんですけど、私は一族の血を引きませんでした』
『…』
『あ、またこんな個人的な話を。すみません』
『…』
自分がサイキックでないということに、コンプレックスというよりは、申し訳なさを感じているような雰囲気だなとシヴァは思った。
ブラッド…あの、レナード・ブラッドの血筋の人間であるなら、一族の誰も、この男がノーマルだという事実に対して文句など言わないだろう。
当然、責められることも差別されることもない…ならば、そんな風に気に病むことでもないだろうに。
だいたい…
『君は本当に、ノーマルなのか?』
『…え?』
確かに、PSIは感じられない。
だが、単なるノーマルからは感じ取れないような異質さも、併せ持っている。それが、ブラッドの血を引く者の「あがき」のようなものだとしても、単なるノーマルという括りで片付けるにはあまりにも…
『どういう、意味ですか?』
『…』
いや、他の人間ならまだしも、自分が計測してもPSIが微塵も感じられないのなら、おそらくこの者はサイキックではないだろう。
変な言い回しで期待や誤解をさせても面倒だ。
『いや、特に意味はない』
『…』
『ノーマルなら…事件には気をつけることだ』
『…失踪者事件のことですか?』
『…』
『…気をつけます』
店を出て、花屋を振り返る。
…膨大な量のシールドが張られている。
あの男が張ったものかどうかは分からない。
だが、稀に見る強固なシールドだ。
――それは、店に入る前に当然気づいていた。
だから、あの男に気づかれないよう、シールドを掻い潜って店に入ったわけだが、このレベルのシールドが何層にも張られているのだから、まず、店主の男が何者かに連れ去られるようなことはないだろう。
――もちろん、店の外に出てしまえばどうなるかは分からないが。
『…』
シヴァは、渡す相手のいないブーケを見つめる。
こういう、小さくて可憐な花が大好きだった。
渡してやれたら、きっと大袈裟に喜ぶのだろう。
もしくは、贅沢だと困ったように怒るだろうか。
『…』
考えても仕方のないことだ。
シヴァは、その瞬間、花屋の目の前から姿を消した。




