#05 見知らぬ訪問者
アレンは辛く苦しい毎日を過ごしていた。
――ルーカスがいなくなってひと月近く経つ。
自由気ままな生活が好きだと言っていたルーカスに、無理を言ってこの家に住まわせようとしたのは自分だ。
友達が欲しかったばかりに、ルーカスにとって良かれと思ってお節介を焼いたばかりに、ルーカスを追い詰めてしまったのではないか、アレンは毎日のようにそう考え続けている。
『…』
だが、自分と一緒に過ごしていた時のルーカスの様子が全てウソだったとも思えない。
ルーカスは一見とてもやんちゃで粗暴な雰囲気にも見えるが、実際にはとても繊細で優しく、気遣い屋なのだということが分かる。
これは、ほんの数時間でもルーカスと時間を過ごせば、すぐにも理解できることだ。
とてもシャイで不器用な性格から、気の利いたことは言えず、分かりやすい優しさも表現はできないが、不器用なりに精一杯の気遣いを向けてくれているのが分かるし、褒められたり尊重されることに慣れていないようで、自分の言葉にすぐ顔を赤くするところも、人の良さが感じられて、アレンはルーカスに好感を抱いていた。
『…』
そんなルーカスが、実際には自分と過ごす時間を苦に思っていたのだろうか。
アレンは、後悔や罪悪感と共に、そんな風にふと、ルーカスがここでの暮らしを本気で嫌がっていたとも思えず、時に混乱していた。
もし、ルーカスが自分の意思でこの家を出て行ったわけではないのだとしたら、いなくなった理由は何なのだろう。
『…』
まさか、ルーカスも失踪者事件の被害者になったとでも言うのだろうか。
…いや、それはない。
あの事件の被害者は皆ノーマルだという共通点がある。
仮に、サイキックが狙われる場合があったとして、グレンやノアから聞く限り、ルーカスはかなりのレベルのサイキックのようだから、簡単に捕まったりはしないだろう。
…それでも、アレンは不安で堪らなかった。
『ッ…いらっしゃいませ!』
そんな風に考え事をしていたら、ふいに店内に人が入ってきた気配を感じて、
アレンはニッコリ笑顔を作って応対する。
ルーカスが心配で気持ちなどまったく上がらないのだが、それは、店に来てくれるお客さんには何の関係もない話だ。
接客業をしている限り、私的な理由で暗い顔をしている訳にもいかない。
『どんなお花をお探しですか?』
入って来たのは黒づくめの服装の…男性だろうか?
自分に背を向けているので顔はよく見えなかったが、色が白く首筋も細い。体もとても華奢だが、それでも、女性にしてはしっかりした背格好に見える。
『…人に渡したいのだが…』
『プレゼントですか?』
『…そんなところだ』
『その方はどんなお花がお好きなんでしょう?好きな色でも構いませんよ?』
『…』
声を聞いて、男性だなとアレンは理解する。
とても繊細で柔らかい印象の声だが、女性の声には聞こえない。
『…薬草や野草に詳しい人だ』
『なるほど。では、素朴なお花や爽やかな香りのお花がお好きかもしれませんね』
アレンが「グリーンや白を基調としたブーケを作りましょうか?」と問いかけると、黒づくめの男性は「任せる」とだけ答えた。
『…お客様、初めていらして下さいましたよね?』
アレンの記憶力はとても良かった。
一度来店した客のことは忘れないし、その客が購入した花の種類や好みまで、一度見聞きしたことはしっかり記憶に残るタイプだった。
サイキックの場合、能力の影響を受けるのか、ノーマルに比べると格段に記憶力がいいものだが、アレンは、ノーマルでありながらサイキック並の記憶力を持っている。
これは、サイキック一家であり、さらに、個人個人で強力なPSIを持つブラッド家の血を引いているためだろうと、自分で思っていた。
『…そうだな』
『ご来店ありがとうございます。お相手の方に喜んでいただけると良いのですが』
言いながら、アレンは手際よく可愛らしいブーケを作っていく。
白とグリーンをメインに、ほんの少しだけ黄色をアクセントにした、爽やかで清涼感のあるブーケが仕上がっていく。
『この辺にお住まいなんですか?』
見かけたことのない姿のように思ったが、挨拶代わりにそう質問を投げかけた。
アレンの質問に、それまでアレンに背を向けて店内の花を見渡していた黒づくめの客がこちらを向く。
『…』
アレンはビックリしすぎて言葉が出なかった。
なんて綺麗な人だろう。
男性だと分かって見ても女性のようにも見える。
…いや、いっそ性別なんて関係がないとでもいうような、中性的な美しさだ。
どこにもカテゴライズされないような、圧倒的な美しさを持った人だと、不躾にも穴が開く勢いでその客を見つめ続けた。
『…近くではないが、この辺に用事があったついでに』
『…あ、そ、そうだったんですね。ご縁を頂きありがとうございます』
アレンは、客が返事をしたことで初めて我に返り、恥ずかしさに顔を赤くしながら自分の手元に意識を集中させた。
こんなに綺麗な人に適当なブーケを持たせたくない。
――よくわからないこだわりが急に頭を支配して、アレンはただひたすら、ブーケに集中する。
『…この店は一人で?』
『え?あ、はい、そうです』
『…』
不意に話しかけられ、アレンはドギマギしながら対応した。
緊張のせいもあってか、聞かれていないことまで自分から話してしまう。
『店の二階に兄と二人で住んでいるんです。両親は別の所に住んでいて…』
『…』
『でも、隣のマンションには親友も住んでいるので、毎日賑やかなんです』
『…』
だから、何だというのだろう。
この人には何の関係もない話じゃないか。それに…
『…ただ、最近もう一人の親友が家から出て行ってしまって…』
『…』
『一緒に住み始めたばかりだったんです。でも、突然いなくなっちゃって…』
『…』
『探しに行きたいのに、できなくて…』
『…』
アレンは、本当は店を臨時休業にしてでもルーカスを探しに出掛けたいと思っていた。実際、グレンとノアに相談もしている。
だが、二人には大反対された。
ノーマルの失踪者事件…今は一時的に新たな被害者は出ていないが、この事件が解決していない以上、同じノーマルである自分が一人で動くことに賛成などしてもらえるわけがなかった。
ここでもアレンは自分の非力さを嫌というほど実感することになる。
大切な友人一人さえ、探しに行けないだなんて…
『…知らない人間に、あまり個人的なことを話さない方がいい』
『あ…そうですよね。すみません…』
『それと…』
『…?』
黒づくめの客が言葉を切ったので、何だろうと、アレンはブーケを仕上げていた手元から目線を上げた。
『出て行った親友が君のことを大切に思っているなら、心配しなくても戻って来る』
『…本当に、戻って来るでしょうか』
『まぁ、俺には分からないがな』
俺、だって。やっぱり男性なんだ、この人。
――アレンはそんなどうでもいいことを考えていた。
色々と、頭が混乱していたのだ。
『お待たせいたしました』
アレンは両手いっぱいに広がる、グリーン系の爽やかなブーケを客に渡した。
可憐な印象のそのブーケを見た客が、「…気に入りそうだ」とぽつりつぶやいたのを聞いて、「良かった」と笑って返す。




