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Transmission  作者: 琉風
第三部「伝達」

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#04 消えた痕跡

二人はグレンのテレポートで立ち入り禁止区域内へと降り立った。

――相変わらず乾いていて、埃っぽい地域だ。


『…一人では来るなとあれだけ言っておいたから、来ているとは思わないけど…』

『分からないよ。あいつバカだから』


ノアの毒舌に苦笑したグレンが、ルーカスが「怪しい」と言っていた、地下通路があるらしい場所の辺りで足を止め、神経を集中させる。


『…』


ゆっくりと息を落とし、意識を沈める。

視覚も、聴覚もいらない。全身の感覚を、空間へと溶かす。

――グレンが持つPSIをかけ合わせれば、その場に残る痕跡を感知することは可能だ。


『…』


そっと、空間に触れる。――何もない。

そう断じるには、あまりにも整いすぎていた。

まるで最初から何もなかったかのように、不自然なほど綺麗に削ぎ落とされている。


『…消されてるな』

『え?』


グレンのつぶやきにノアが問いかける。

だが、グレンはその声に反応はせず、さらに意識を深く沈めた。


『…』


空間に残るわずかな揺らぎ。時間の流れの継ぎ目。

それらが、かすかに重なった瞬間――グレンの感覚が、奥へと滑り込んだ。


『ッ…』


――いる。確かに、この場所に。

断片が、流れ込む。

焦り、警戒、そして、電気のようにざらついた気配。

これは――ルーカスだ。

その輪郭を掴みかけた次の瞬間――全身の感覚が、軋んだ。


『…』


違う。これは、表面に残された痕跡じゃない。

もっと深い層…誰かの手で歪められ、封じられた痕跡に触れている。

そして、その奥で…


「何か」が、こちらを見た。

まるで、人の気配ではない――


『ッ!!』


反射的だった。

振り返るより先に、力が解き放たれる。

空気が裂け、見えない何かを叩き潰すように、圧倒的なエネルギーが空間を薙いだ。


――だが…


『…』


何も、いない。


『グレン、急にどうしたの?』


突然のグレンの攻撃に、ノアが心底驚いてこちらを見ていた。


『…いや、』


ただ、静寂だけが残る。

砂だけが、遅れて舞い上がった。

今のはいったい…


『なに?何かいた?僕は全然気づけなかったけど…』

『…』


痕跡を視ていたはずだ。

それなのに、感じたのは「今、この場にいる何か」の気配。

グレンは、わずかに目を細める。空間は、再び沈黙していた。

だが確かに、ほんの一瞬だけ――

自分の認識の外側に、「存在」があった。


『…ルーカスは、ここに来ていたかもしれない』

『何か、痕跡を見つけたの?』

『見つけたような気がする…でも、その瞬間に、「何か」と目が合った』

『…どういうこと?』


グレンの言葉にノアが表情を曇らせる。

…分かりづらいよな、こんな言い方をされても。

グレンはそう思ったが、他にどう表現していいのか分からないのも事実だった。


『…なんか、まだ背中がゾクゾクしてる気がする。見ちゃいけないものを見たっていうか…』

『分かんないよ。そんな言い方をされても』

『まぁ、そうだよな。ごめん』

『…』


ノアが心配そうな顔で自分を見るので、「大丈夫」と笑っては見せたが、グレンは内心、かなり緊張していた。

――何だったんだ、さっきの気配は。

あれは「人」ではなかった。

まるで異質の、得体の知れない何か…


『…』


ルーカスの痕跡を掴みかけた。それは確かだろう。

だが、その瞬間に「あれ」と目が合ったのだ。

おそらく、表面上に痕跡が何も残されていなかったのは「あれ」のせいなのだろうとグレンは思った。

そして、痕跡が綺麗に消されていたのは、esの襲撃現場も同じ。

――これは、単なる偶然なのだろうか。


『…ノア』

『ん?』

『…犯人は、意外と近くにいるのかもしれない』

『…』


もしかしたら、自分たちが辿り着けないだけで、「向こう」はとっくに、自分たちを見ている。

…もしそれが「ロキ」という存在なのだとしたら…


『…』


そもそも――勝負にすらなっていないという可能性を、なぜ考えなかったのか。


『…一度、ちゃんと話し合おう』

『…』

『命懸けになる…それは、そんなに先の話ではないかもしれない』

『…』










『異捜のやつら、何でまだいるんだろうね』

『確かにな』


二人はT-15地区から直接、esへと立ち寄っていた。

本当ならT-14地区へ移動して聞き込みを続ける予定だったが、グレンが急遽esへ向かうと言い出したのだ。

その直前でのグレンの様子をとても気にしていたノアは、何も言わず、黙ってグレンの指示に従った。


『esには何の痕跡も残っていない。俺たちが外への捜査に切り替えたことも知っていて、まだこれだけの人数をここに寄越しているとは、異捜の部長の考えもまったく理解できないな』


グレンがため息交じりにそうつぶやく。

だが、今はそれもいいカモフラージュになってくれるので助かるかもしれない、とも思う。

…自分たちがesの内部を調べるにあたって、異捜の人間がいてくれた方が、esの意識も分散するだろうと考えたのだ。


『…ノア、あの襲撃現場に何の痕跡も残されていなかったのは、俺もノアも確認したよな?』

『うん、したね』

『あの場は本当に何もなかった。でも、さっき、立ち入り禁止区域内で痕跡を探した時には、一瞬だったけど見つけたんだよ。ルーカスの痕跡を』

『…』


グレンが悔しそうな表情をする。

それと同時に、酷く緊張しているようにも見えた。


『表面上は綺麗に痕跡が削られていた。多分、並のサイキックには読み取ることは不可能だろうなって思う』

『…』

『俺にしたって本当に一瞬だけ…奇跡のようなタイミングで見えただけだ。しかも、見えた瞬間に、邪魔をされた』

『…誰に?』

『分かんね。…人じゃないみたいだったけど、もし…』

『…』

『もし、あの場所の痕跡を消した奴と、さっき俺と目が合った「あれ」が同じ存在だとしたら…』

『…意外と、ロキは僕たちの近くにいるってこと?』

『…』


ノアの問いに一瞬言葉を飲み込んだように見えたグレンが、「まだ断定はできないけどな」と小さく笑った。






『ここの中も調べないとなぁ…』


グレンとノアは、形式だけの報告をヴェイルに行うと、そのままesの建物内をまるで散歩でもするかのように歩いていた。

異捜の人間が動き回ってくれているおかげもあって、自分たちがこの場を歩いていても何ら違和感はない。


『ノア、今日中にこの建物内のすべての監視カメラの位置を把握してくれ』

『…面倒だなぁ…いくつあると思ってるの?』

『仕方ないだろ。本当なら他の建物だって知っておくべきだけど、とりあえずこの棟だけでいいって言ってるんだから』

『はいはい。分かりました』


二人は時折立ち止まったり、あえてesの人間に話しかけたり、捜査の延長線上のような言動を見せながら、今自分たちがいる研究棟のすべての監視カメラの位置を見て回る。

…もちろん、普通の人間には認識できるはずのない地下施設は除いて――


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