#02 歪んだ兆し
一方、警察では――
『おや、フロスト執行監、わざわざ異捜まで足を運ぶとは何事だ?』
『…』
フロストは異能犯罪捜査部のトップである、グラント・ヘイルを訪ねていた。
ニヤニヤと笑いながら挑発的にフロストへ話しかけるヘイルを、フロストは無表情に見つめている。
――粗野で品のないヘイルとは対照的に、フロストは無駄のない所作と冷えた理性を感じさせる男だった。
年齢的にはヘイルがフロストよりもだいぶ上で、特治のトップであるエドワード・ブラックウッド執行局長と同期のはずだが、基本的に、能力の高さだけでなく人格的にも優れた集団である特治と比べ、異捜はサイキックであれば保持するPSIの数には
こだわりが無く、手段を選ばずに現場で走り回ることのできる人間が重宝されていた。ヘイルもそれに漏れず、強引に実績を残すことで成り上がった、典型的な叩き上げの存在だ。
『ブラッド上級執行官、コールドウェル分析官の二人を、es襲撃事件の担当に強く推されたのはヘイル部長ですよね』
『そうだな。esのシールドを破るなんざ、あっちゃいけねぇ大事件だ。それを追えるのはアイツらくらいだろう?』
『確かに、それは否めませんが。では、経緯について、最新の報告には目を通されましたか?』
『あぁ、見たぜ?「ロキ」を追うなんざ、馬鹿馬鹿しいとは思うがな』
『…まぁ、大方はそう思うでしょうね。ならば、「ロキ」の可能性、もしくは、esの自作自演の可能性を排除した場合、他にどのような可能性があるとお考えですか?』
『自作自演?そりゃ…特治は面白い想像をするものだなぁ』
異捜は特治の力を借りてばかりの割に、やたらと特治を目の敵にする傾向があった。それは、トップ自らがこのような態度であるからこそのものなのだが、フロストは、この手の挑発に乗るようなタイプの人間ではない。
『痕跡ゼロの現場から犯人を捜すなど、それこそが馬鹿馬鹿しい話だとは思いませんか?』
『そりゃあな、サイキックとはいえ万能な訳じゃねぇ。捏造もできねぇってのにどうやって解決すりゃいいんだって、いつだって思ってるぜ?』
『…esにいる異捜の人間を、すべて撤退させていただきたい』
『…は?』
フロストが無表情のまま、ヘイルに淡々と告げる。
『おいおい、何言ってやがる。こっちだって必死に捜査を続けてるんだよ』
『捜査は、あなたが推してくださったあの二人だけで充分です』
『そうかいそうかい、異捜は能無しの集まりってか?』
『…』
無駄に大声を張り上げて威嚇するヘイルに、周りにいた異捜の人間たちも振り返る。
…フロストが訪ねて来ても、ヘイルが自室へ通さないのにはこういった目的があった。
特治との衝突を部下たちに見せたいのだ。
…まぁ、もともと衝突など一切しているつもりはないのだが、それでも、異捜が特治に理不尽な思いをさせられているというイメージ作りのため、アピールのために、この茶番を目にする観客が必要だった。フロストは小さくため息をついて、そのまま話を続ける。
『私は何も申しておりませんが、ご自身でそう思うのならそうなのでしょう。』
『ッ…』
『esの建物内には何の証拠も痕跡も残されていない。あの二人も「外」へと犯人を追い始めました。…にも関わらず、esには未だに多数の異捜の人間が残っています』
『…』
『無駄でしょう?単純に』
『…』
『事件は他にも山ほど起きている。異捜だって、貴重な人員をすることのない現場へ向かわせるより、他に解決すべき現場へ送り出すべきでは?』
『…』
『…もしくは、私の理解が追いついていないだけで、異捜はesで何かすべき役割でも担っているのですか?』
『…』
ギリリと奥歯を噛む音が聞こえてきそうなほど、ヘイルが苛立ちの表情でフロストを睨む。それを見ても眉一つ動かさないフロストが「無駄な予算は使わないに限りますよ」とダメ押しをして、異捜を出て行った。
『クソッ!!生意気なガキめッ!!』
そこら中にある物をけり倒して怒鳴り散らすヘイルを、関わらぬが吉とばかりに、部下たちは遠巻きに見つめた。
『…』
フロストは内心、グレンに言われた言葉がずっと気にかかっていた。
esに関するグレンの質問だ。
同じような言葉を二度かけられた。
『…』
フロストから見てもグレンはとても優秀で、多少「喜怒哀楽」に忠実な面はあるが、冷静で公正で知的な部下だと認識している。そんなグレンが、何の根拠も考えもなしに、上司である自分に向かってあのような質問を二度も投げかけるだろうか?
『…』
フロストとしては、esとの関係性など何もない。
それは紛れもない事実だった。
警察内で囁かれているesに関する良からぬ噂は、実のところまったく知らないわけではなかったが、真偽が分からない上に、フロストにとって、自身の正義さえ貫いていれば腐った人間の言動などどうでもいいと考えていたため、その噂に特に興味を示したことなどなかったのだ。
仮に噂が真実だったとして、そもそも、巨大組織とは少なからずそういうものだという理解もあったため、フロストは、その役目を負うのが自分でなければ構わない…くらいの感覚でいた。
異捜に関しても、esに都合よく利用されている部署、ヘイルのような粗暴な人間が率いている苦手な部署…という存在でしかない。
だが――
『…』
自分の部下たちが何らかの目的で狙われている…となれば、話は違ってくる。
今後は異捜の動きに注視する必要性を感じたのと同時に、フロストは、自分が所属している特治がどれだけ信用の置ける部署であるのかについても、少し調べる必要があると考え始めていた。
『ロキの追跡に関する報告としては、特にお伝えできるようなことはありません』
その日の夜――
グレンとノアの二人が、今日一日の報告にフロストの元を訪れる。
成果のない追跡ほど、精神を削るものはない。
毎日毎日、朝から日が暮れるまで追い続けても、何一つ手掛かりさえ掴めないのは、苦痛以外の何ものでもないだろう。
『存在しているのかどうかすら分からない相手を追っているのだから、そう簡単に成果など持ち帰れるものでもないだろう』
『それは、そうですが…』
『esには立ち寄っているのか?』
『…行かなくても済むならそうしたいですが、捜査の経過報告はesにもすべきとの指摘を受けまして、仕方がないので日に一度は立ち寄っています』
『計測はどうだ?』
『オブザーバーが行方不明となってからは、されていません』
『…まぁ、素直に諦めたというよりは、計測できる者がいなくなっただけと考えたがいいかもしれないな』
『自分もそう思います』
このまま治まってくれるならそれもいいが、目的が分からずじまいというのも気持ちが悪い。
『…どうせesに立ち寄るなら、ついでに調べた方がいいだろう』
『何を、ですか?』
『決まっている。esに関してだ』
『…』
驚いた様子で自分を見つめる部下たちを見て、フロストは、自分はあまり信用がない上司なのだなと内心で自嘲した。
『言われなくても既にやっていそうな気もするがな』
『あ…実は』
フロストの言葉に気まずそうにグレンが話し出す。
何度も計測のため、esの建物内に引き留められていた際、自分たちなりにできる範囲で建物内部を調べていたら、とある研究棟の地下に、異常なほどのシールドが張られている空間を見つけたとのこと。
『あまり派手にPSIを発動するとesに勘付かれる可能性があったので、しっかりと確認できたわけではないのですが、おそらくあの空間は、es内部の人間の中にも存在を知らない者が多数いるのではと思えるほどの隔離ぶりでした』
『何故それを直ぐに報告しない』
『…申し訳ありません』
おそらく、自分を敵味方のどちらだと判断すればいいか、迷いあぐねていたのだろう。そうさせたことの一因は自分にもあるということだ。
フロストはこういった場合でも、特に信頼を得ようと慌てるタイプでもないが、今後は少し方針を変えていく必要があると判断し、二人に指示を出した。
『地下については今後も継続して調べるように』
『…はい』
『必要ならPSIを使え』
『…』
『esだって、あからさまに君たちを計測しようとしてきたのだろう?』
『…それは、そうですが』
『前に君が言っていた。es内では自分の裁量で動くと。私もそれに同意したが…』
『…』
『自分たちで収拾が付けられるなら、何をしても構わない』
『…』
『局長への報告義務は私にある。つまり、そこは私の裁量次第だ』
『…』
『君たちは、君たちの立場だけを考えて行動しろ』
『…分かりました』
深く頭を下げて出ていく二人の部下を見送って――
フロストは、自身の内にある正義だけを貫くことより、自分の部下に正義を示す存在となることのほうが重要かもしれないと、若く能力に溢れる二人に、自分がガラにもなく感化されている事実に気づき、小さく笑った。




