#43 輪郭
『…!』
シヴァはここしばらくの間、金髪オッド・アイのサイキックの動向を観測しつつ、
遠隔でes内部の様子も窺い続けていた。
やがて、日中は主にT-15地区をくまなく歩きまわり、失踪者事件について調べている金髪オッド・アイのサイキックが、夜には黒髪の男の家に入っていく姿を見かけるようになる。
――やはり、繋がっていたか。
シヴァはその事実に一層、彼らへの警戒心を強めるのと同時に、自分の中である程度の調べがついたことで、esへの本格的な攻撃の準備を始めたかった。
だが、その前に、この三人が自分にとってどういった存在になるかが判断しきれず、行動に踏み切れずにいた。
シヴァにとっては珍しいことで、ある意味異常事態ともいえる状況でもあったが、それだけ、あの三人の能力が高いということへの表れでもある。
そんなある日、シヴァは遠隔で様子を見ていたes内で、黒髪の男とオブザーバーが対峙する状況に触れる。
『…遅すぎだな』
これでやっと進展が望めるか。
シヴァがそう思いつつ、そのまま様子を窺っていると、急に慌ただしくなった現場の中、黒髪の男と焦げ茶色の髪の男がesを出て行ってしまう。
シヴァが部屋へと駆け込むオブザーバーの姿を追うと、そこに設置されていたスキャナの画面にはエラーメッセージが。
『…面白い』
あの黒髪の男の数値は測定不能か。
シヴァは、スキャナに測定不能のメッセージを表示させたサイキックを、自分以外で初めて目にした。これはますます、あの男にはうかつに手は出せないなと思いつつも、シヴァはどこか楽しくもあり、期待めいたものも感じていた。
――あの男なら、もしかしたら自分を殺せるかもしれない…そんな考えが、一瞬頭をよぎったのだ。
『…うるさい』
突然、シヴァが眉をひそめて誰にともなく、そうつぶやく。頭を押さえて目を閉じると、おそらくヒーリングであろうPSIを一瞬爆発的に発動させた。
――まるで、何かを追い払うかのように。
その日の夜――
シヴァは、esの建物内へ音もなく侵入していた。
日中、黒髪の男の能力を測ろうとしていたオブザーバーのことが、少し気にかかっていた。あの男に真正面から触れようとして、何も得られずに終わった女。オブザーバーという性質上、それがどれほど不快だったかは容易に想像がつく。
『…』
ならば、測らせてやればいい。そう考え、シヴァは女のいる部屋へと転移した。
『お、お前は誰だ!どこから入った!』
背後を取られたオブザーバーの顔が、驚愕と恐怖に歪む。
『誰だと聞いている』
『…能力の数値を知りたいのか』
『え?』
『知って何をするつもりだ』
『…』
目の前のオブザーバーが必死に自分の顔を確認しようとしているのが分かる。
だが、無駄だ。フードを被っているからではない。そもそも、シヴァの顔を見ていても、その姿を「誰か」として結びつけることが出来ない状況にしてあるからだ。
『関係者でないのなら、お前の存在はすぐにでもセキュリティルームに把握される。どうせ捕まるのだから妙なマネはしないことだ』
笑わせてくれる。
自分に観測されていたことに気づいてもいない立場で。
『セキュリティ、か』
『…』
『機能しているかどうかはその内分かる』
『…』
『それより、PSIを計測したいのなら、今やってみろ』
『…』
オブザーバーの瞳が揺らめく。
目の前のサイキックに対し明らかに恐怖を感じているのに、それでも、計測したいという欲求には抗えないのか。
『そうか。それならば、遠慮なく測らせて貰うとしよう』
嬉々とした表情でその目を光らせたオブザーバーの姿を見て、シヴァはあえて自身のPSIを隠さず解放した。
――普段は抑え込んでいる。そうしなければ、すぐにでも漏れ出す、膨大すぎて、自分ですら持て余すものを。その結果がどうなるのか、シヴァには分かっていたが、このオブザーバーには理解できていなかったようだ。
『なッ…こ、これはッ…』
『どうした?測れたか?』
オブザーバーの表情がみるみる苦痛と恐怖に変わり、顔色が蒼白になっていく。
それはそうだろう。この女には到底、受け止められるものではない。
『ま、待てッ、これ以上はッ…』
『これ以上は、なんだ?』
オブザーバーが必死に、シヴァへの計測から手を引こうと試みる。
一つ二つの能力ではない。数で捉えられる段階ですらなかった。吸い取り、蓄積し、混ざり合い、変質し、なお増え続ける。シヴァの内側に沈んでいるそれらは、もはや一つの深淵だった。そして、そのPSIのすべてを自分の中に抱え込むことで、相当な負荷が生じている。
――そう、それはまるで…
『お前の中は、ブラックホールだとでも言うのかッ…』
『ほう…それなりには観測できるようだな』
悪くない表現だった。
確かに、自分の体の中はブラックホールのようだと言われてもおかしくはないだろう。もはや、自分でもどんなPSIが扱えるのか分かっていない。
『頼む、止めてくれ!』
『別に、こちらは何もしていない』
『頼むからッ!!』
本当に、シヴァは何もしていない。
何もしていないが、この体は勝手に人のPSIを、命を、奪い取る。
『頼む…頼むッ…このままでは…』
『このままでは、死ぬだろうな。お前は』
『ッ!?』
『どうだ?あいつよりよほど見応えのある能力だろう』
『分かった…分かったから離してくれッ!』
『こちらは何も縛りつけてなどいないが?』
女はもう、体裁を保てていなかった。
プライドも理性も、深淵の縁で削られていく。シヴァはまる他人事のように、目の前で苦しむオブザーバーの姿を見つめていた。
『…あ、た、頼む…これ以上はマズい…』
『まぁ、持った方だな。それなりの能力はあった訳だ』
『…』
『だが、まだほんの触り程度だぞ』
『…』
その言葉に、オブザーバーの目から色が失われる。
『お前の…目的は、なんだ?』
『それはこっちのセリフだ』
『…』
『あいつらの能力をなぜ測りたがる』
『…知り合い、なのか…?』
知り合いではないが、知っておくべき相手だろう。シヴァには、esが彼らに執着する理由が分かっていた。欲しいのだ。高位のサイキックを。実験体として。
『分かった…あいつらの能力などもうどうでもいい』
『…』
『手を引く。esとももう、これまでだ』
『…』
『だから、たす、け…』
…このオブザーバーは実験に関してさほど情報は与えられていないようだ。ただ、上からの命令で、能力値の計測だけ行っていたのだろう。…となると、もう、用はない。
『や、やめてくれッ!』
『計測したかったのだろう?思う存分測ればいい』
シヴァは、自身の中にあるPSIの闇を最大限に開放した。
攻撃ではない。ただ、圧を解放しただけだ。だが、目の前にいるオブザーバーは、その圧にさえ耐えられなかった。断末魔のような叫びと共に、その姿が跡形もなく消える。
『…esが抱えるオブザーバーとしては、呆気なかったな』
シヴァは、オブザーバーが消滅したと同時に、自身もesの外へと移動した。一度のテレポートでesからかなり離れた距離に降りたが、その顔色はとても悪い。
『…』
一気に開放しすぎた。抑え込まなければならない。
シヴァはより強いシールドを重ね、自身の内側を封じ直す。シヴァにとって観測遮断のシールドは、外部から自分の身を守るためというより、自分の中に在る脅威から自身を守るためと言っても過言ではない。
『…ッ…』
体内を渦巻く、数えきれないPSI。
それに絡みついた無数の記憶。
シヴァの内側はいつだって、死者たちの残響のようなもので満ちていた。
うるさい。重い。苦しい。
――それでも、この体はまだ奪い続ける。
金髪オッド・アイのサイキックを観察するようになってから、さらに数日――
シヴァは、珍しく夜の時間帯に一人でT-15地区の立ち入り禁止区域内を訪れている彼の姿を見つけ、いち早く周りの異変にも気が付いていた。
『…』
全部で十人…そのうち一人は土の中だ。地下に伸びる道の中で、地上への攻撃に備えている。
――脅威になるとしたらこの一人くらいか。
『…』
騒ぎが始まっても、シヴァはすぐには動かなかった。
エレクトロキネシス、クレヤボヤンス、フォノンキネシス…かなり戦闘に特化したPSIだ。精度も悪くない。
『…』
その時、地中から鋭い閃光が走った。
金髪オッド・アイのサイキックは一度目の攻撃はかろうじて避けた。だが体勢が崩れる。次は危ない。その瞬間、シヴァは片手をかざした。金髪のサイキックの体を強引に引き寄せると同時に、残っていた敵をまとめて吹き飛ばす。
『…何が起きた?』
『今ので残りは片付いた』
『!?』
慌てて振り返った相手の顔に、はっきりとした動揺が浮かぶ。
この距離、この状況で、自分の背後を取られたことが信じられないのだろう。
『「そこ」のシールドは気分が悪いだろう』
『は?』
『あまり強引に視るな。精神系の攻撃を甘く見ない方が良い』
『…』
『どれだけ探ったところで、今「あの場所」に「人」はいない』
『…』
『いたのは、お前でも見抜けないレベルのサイキックが一人だけだ』
『…』
地下には、ただ敵が潜んでいたわけではない。あそこには、干渉を拒む異様な空間そのものがある。不用意に触れれば、能力の高さとは別のところで削られる。
『…お前は誰だ』
『俺か?俺は、お前と同じサイキックだ』
相手の口元がわずかに歪む。
不満か、警戒か、それともその両方か。
『…同じじゃねぇだろ』
『お前の目的はなんだ?』
『え?』
『あいつらと一緒に、一体何をしている』
『…』
シヴァが刑事二人の存在を知っていると分かった瞬間、相手の思考が騒がしくなる。
『頭の中がうるさい奴だな』
『ッ!…俺ん中を読んだなッ!?』
『答えないから覗いたまでだ』
『…』
自分の言葉に、目の前のサイキックの瞳が金色に光った。
咄嗟に精神干渉を受けないようシールドを張るのは賢いし、判断も早い。だが…
『シールドを張るのは構わないが、俺には効かない』
『…』
『そんな無駄なことをするより、質問に答えてくれればそもそも覗いたりはしない』
『…』
相変わらずこの者の頭の中は騒がしい。
だが、その大半は自分のことではなく、仲間の身を案じるものだった。
『余計な心配をする前に、質問に答えた方がいい』
『…失踪者を探している』
『なぜだ?』
『依頼を受けたからだよ。家族が行方不明だから探してほしいって頼まれた』
『…では、あの二人は?なぜ刑事であるあの二人と組んでいる』
『…』
目の前のサイキックの表情が険しくなる。
『あいつらも失踪者を探してる。お互いの目的が一緒だったから、情報交換しながら協力して動いているだけだ』
『…では、あの二人のesへの出入りは何の目的だ?』
『…』
そこでようやく、相手は諦めたようだった。隠しても無駄だと悟ったのだろう。覚悟を決めた目で、これまでの経緯を話し始める。
『…』
聞く限り、不審な点はない。こいつも、あの二人も、esに繋がっているわけではなさそうだ。失踪者を追い、助けようとしている。それだけで充分だった。
『被害者を救う立場であり、esに飼い慣らされているわけでもないと言うのなら…』
『え?』
『それならば、俺の目的とも同じということだろう』
『…』
そう言って、シヴァが深く被っていたフードを外す。
その姿を見た目の前のサイキックは、しばらく言葉を出せない様子だった。
『…』
いつもの反応だ。
『あ、も…目的が一緒って、一体なんだよ』
『…』
『っていうか、お前マジで誰だッ!?』
シヴァはしばらくの間、目の前のサイキックをじっと見つめていたが、やがて何かを決心したように、口を開く。
『目的とは、失踪者を探して救うこと』
『…』
『そして、俺が誰かという話だが…』
『…』
シヴァはほんの一瞬だけ迷った。
自分が名乗るべき名は――
『世間では、「ロキ」と呼ばれているようだ』
『…』
その瞬間、相手の目が揺れ、全身が強張る。
空気が変わった。
『…』
なるほど。
この名は、ここまで届いているらしい。
だが今は、怯えさせることに意味はない。敵対する段階でもない。シヴァは相手の反応を静かに見下ろしたまま、次に告げるべき言葉だけを、静かに選び取る。
第二部「継承」完→第三部「伝達」へと続く。




