#42 交錯
『…思っていたよりも簡単だったな』
後日――
シヴァは、esの敷地から離れた場所にいた。
あれから何十年という月日が経っている。いくらシヴァと言えども、うかつに近寄れ
ばどんな攻撃を食らうか分からないと、かなり警戒しながら様子を窺っていた。だが、これ以上、失踪事件の犠牲者を増やさないためには、手っ取り早くesに警告をする必要があると考えた。
…効果があるかどうかは分からないが、それでも、これだけ強固なセキュリティを施した施設に、離れた場所からいともたやすく攻撃を仕掛けることができるとしたら、おそらくesは、その犯人が自分だと気づくかもしれない。それがesにとって朗報となるのか、脅威となるのか、今のesにとって自分がどういった存在になっているのかまではシヴァには分からなかったが、どちらにしても、挨拶代わりに攻撃の一つでも見舞ってやるのがいいだろうと考えた。
『…』
幾重にも重なった外部のシールドを、セキュリティシステムに気づかれることなく透過し、その内側へと干渉する。
――esには、建物を守るために張られた外部シールドの他に、建物そのものを異常なほど強固にするシールドも重ねて張られている。
…要は、仮に外部シールドを破ったとして、建物自体が強固になっているため、直接攻撃をしても、壊すことは非常に困難になっている。だが、シヴァは離れた場所からPSIを発動しただけで、いともたやすく建物の一部を破壊してしまった。
『…』
これで、騒動が起きた時の様子や段取りに関して、少し観察をさせてもらおう。
シヴァはそう考えながら、その場から動くことなく、離れた場所で注意深く様子を窺うことにした。ほどなくして、esにあの黒髪の男と焦げ茶色の髪の男がやって来る。
…esの緊急事態に警察の人間がいち早く訪れるのは予想していた。だが、なぜあの二人がやって来るのか?失踪者事件を追っているはずでは?
『…やはり、敵か』
esの警護に回ったということは、es側の人間ということだろうか。
…その割に、現場に出向くような下っ端の人間というのがどうも腑に落ちない。あの二人はどこまで知っていて、この場にやって来たのだろうか。
シヴァは連日、離れた場所からesの様子を遠隔で観察していた。
あの二人の刑事は毎日のようにやって来て、大した捜査も出来ないまま部屋に通され、PSIの数値を計測されそうになっている。
『…』
くだらない。
いったい、お互いに何がしたいというのか。
一向に数値を測れないesの人間も無能だが、おそらく、計測されそうになっている事実に気がついていて、何も行動を起こそうとしない二人の刑事の腹の中も図り難い。
自分だったら、さっさと隣室にいるオブザーバーとスキャナを粉々にしてやるのに…
そんなことを思いながら映像はキャッチし続けているシヴァだったが、彼らが何を話しているのかまでは実のところ拾っていなかった。シヴァにはその必要が無かったからというのが理由だが、もし音声まで意図的に拾っていて、あの黒髪の男の名前を聞いていたら、どう思っただろうか――
『…』
あの二人の刑事がesに掛かりきりになるのなら、その間にT-15地区へ行ってみるのも悪くはないな。シヴァはそう考え、失踪者事件の痕跡を追いにT-15地区へと移動する。
『…』
T-15地区へ移動して間もなく、ひときわ目を引くサイキックの姿が視界に入った。
金色の髪、褐色の肌、左右で色の異なる瞳。隠れる気のない外見に加え、PSIの密度も場から浮いている。
『…』
どうやら失踪者事件を追っているらしい。
この件を追う者が自分以外にいても不思議はない。だが、単独で踏み込んでいるのだとすれば、行き着く先はesだ。一人で触れていい相手ではない。
興味本位で首を突っ込んでいるだけなら、なおさら厄介だった。放っておけば、無意味に騒ぎを広げる。そう判断し、シヴァは声をかける機を図っていた。だがそのサイキックは、気づけば、かつて自分が家まで送り届けた幼い兄弟の家へ辿り着いていた。
『…』
嗅覚は悪くない。
シヴァはそう思いつつ、木陰から彼らのやり取りを見つめる。
兄弟、そして、その母親。事件について問われ、弟の方がふいに口を開いた。
――自分に関する記憶を、思い出したと言った。それは輪郭の曖昧な断片にすぎなかったが、それでも、自分に関する見た目の特徴を捉えた話だった。
『記憶が残っていたとは驚きだな』
意気を上げた様子で去っていくサイキックの後ろ姿を見ながら、シヴァがつぶやく。
『…子供が持つ潜在能力か、それとも、消し方が甘かったか』
視線を落とす。
白い手、細い指先。
『…』
一瞬、よぎったものがある。幼い兄弟を前にしたあの時、脳裏に別の影が重なった。
『…』
余計な意識だった。PSIの発動中に、別のものへと意識が引かれるのはよくない。たとえそれが一瞬であっても、精度は鈍る。
――シヴァは、小さくなっていく金髪の後ろ姿を再び見つめた。
『目的は一体なんだ?』
警察の人間には見えない。
あくまでも、個人でこの事件を追っているようにしか見えなかった。取るに足らない水準なら、このまま捨て置いた。だが、あのサイキックのPSIの数値は高い。そんなサイキックが自分と同じ事件を追っている以上、無視はできない。
それに――
『…あいつだけじゃない。「奴」に限っては異変を感じ取っているようでもあった。――邪魔だな』
シヴァはどうしても、あの黒髪の男の存在が気になっていた。
わざわざ能力値を測ろうとしなくても、あの男のサイキックとしてのレベルの高さは容易に理解できる。おそらく、シヴァが長い年月に出会ってきたサイキックの中でも一番の実力者だろう。それは、自分の存在を無意識に察知していたような行動から見ても明白だった。
『…』
黒髪の男だけではない。その隣にいる男も、そして、先ほどの金髪のサイキックも、いずれも無視できる水準ではない。
三人。
偶然にしては出来すぎている。
『…面倒だな』
敵か味方かも分からないまま接触するには、危険が大きすぎる。
――今はまだ、見るだけでいい。
『…面倒だが、探ってみるしかないか』
本来なら、PSIを使って簡単に三人それぞれの「内側」を覗くことで、彼らが敵か味方であるかはもちろん、それぞれに何を考えているのか、何をしようとしているのかなどを探ることは、シヴァにとっては造作もないことではあったが、おそらくこの三人は、自分が仕掛ければすぐにでもPSIを感知し対抗してくるだろう。
…相手が自分にとってどういった存在であるかが分からない状態で、自分の存在に気づかせるのは厄介だと考えたシヴァは、面倒ではあるが地道に三人の監視を続ける他に方法はないと判断し、早々の接触は避けることにした。




