#41 顕現
シヴァは長い年月、esから距離を取り続けて生きてきた。
だが――今回は違う。失踪事件が、再び起きている。
かつて見過ごした結果失われたものを、シヴァは忘れていない。だからこそ、たとえ刺し違えることになろうとも、今度こそ、esを終わらせるために、シヴァは思い出したくない場所へと再び足を踏み入れた。
『…』
失踪事件の情報を追うと同時に、esが今なお極秘に続けているであろう人体実験についても暴こうと、シヴァは考えていた。
これだけの年月が経っている以上、何らかの成果を上げている可能性もある。その得体の知れない「何か」が、自分にとっての脅威になり得ることを警戒しつつ、シヴァはまず、es周辺の調査を進めていた。
――もちろん、絶対に悟られないレベルの認識阻害のシールドを張りながら。
『…警察か』
しばらく調べていくうちに、esの内部の様子や失踪者事件に関わる人物など、少しずつ輪郭が浮かび上がってきていた。だが、esの組織としての規模や能力、警察との癒着は、かつて自分がesにいた頃とは比べものにならないほどに肥大している。
おそらく、軽率に踏み込めば、本来救えるはずの人間まで巻き込むことになる――そう判断し、シヴァは動かずにいた。そんな中、失踪者の痕跡を追って、T-15地区の辺りを重点的に周るようになった頃、町外れに設置された警察の指揮所を視界に捉える。シヴァはクレヤボヤンスを発動し、遠く高台にあるその内部へと意識を滑り込ませた。
そこには――
『…』
長身で体格のいい黒髪の男と、中肉中背のこげ茶色の髪をした男が二人、何やら話をしている。警察という組織そのものには、初めから期待していない。だが、個として見た場合、例外が紛れ込むこともある。
…果たして、あの二人は事件の真相をどこまで知っているのだろう。
『…』
年齢も若く、現場に駆り出されているくらいだ。
おそらく、警察の裏の顔など知らないだろう。まして、esとの繋がりなど…
『…ッ』
シヴァは、黒髪の男が一瞬、何かを察知したかのような姿に気づく。
――まさか、あの男は今、自分のPSIに触れた?
『…』
いや、そんなことはあり得ない。
この距離、この状態で、自分のPSIが見破られることなど、あるはずがない。
『…』
自分に気づくことのできるレベルのサイキックなど、いるとは思えない。
…が、測る必要はあるかも知れない。
――シヴァは、より一層、認識阻害のPSIを強く発動すると同時に、テレパスのPSIを発動しかけた。だが…
『…』
やはり、気づかれている…?
いや、相手に確証はなさそうだ。だが、明らかに異変を感じ取っている。
『…様子を見るか』
隣りにいる男は、自分には一切気づいていないようだった。
それなのに、あの黒髪の男はいったい何者だ?たとえ曖昧な感知だったとしても、自分の存在に気づくだなんて、本来ならあり得ない。シヴァは、これ以上ここにいると、あの黒髪の男がさらに輪郭を持って自分の存在を感知するかもしれないと考え、テレポートで遠くへと飛んだ。
『…』
シヴァは、あの日以来、T-15地区へ行くのを避けていた。
あの日、時間を置いて再び様子を見に戻った際、やはり、黒髪の男は自分の存在に触れかけていた。…何もせず、ただそこにいただけのはずだったが、あの男は認識阻害を越えて届く「例外」のようだった。
――敵かどうかではない。
測定不能な存在は、排除か回避のどちらかに分類される。現時点では、あの男に近づくべきではない。シヴァはそう判断した。
とはいえ、失踪者が桁違いに多いT-15地区を放置するわけにもいかず、シヴァは離れた場所からPSIを発動し、怪しい動きがないかを常に追っていた。そんな中、ある日の夜に、一人の男が幼い男の子二人を、立ち入り禁止区域内で二人組の男に引き渡す様子を見つける。
『…』
次の瞬間、シヴァの姿はその場から消えていた。
―――と同時に、T-15地区の立ち入り禁止区域へと降り立った。
目の前には、幼い兄弟であろう子どもたちを無理やり引っ張って歩く二人の男の姿。…認識阻害のシールドを張っているシヴァの存在に気づくはずもなく、男たちは子供たちの手を引っ張り歩いていく。一人の男が手を上げた瞬間、兄弟ごとその姿が掻き消えた。
『…向こうも認識阻害か』
どの程度のものが張れるのか、見てやろう。
シヴァの目が淡く光る――隠された像は、すぐに輪郭を取り戻した。
『…浅いな』
どこへ運ぶつもりなのか…シヴァは無言のまま、その後を追う。しばらく進んだところで、四人の足が止まる。その瞬間、四人の姿がまたしても消えた。
『…』
今度はテレポートか。
シヴァは視線を落とす。
四人が消えた地点の下――地下へと意識を滑らせた。
『…昔の通路をいまだに使っていたのか』
言葉と同時に、シヴァもまたその場から消える。
降り立った先は、無機質な地下通路だった。男二人はそれぞれ兄弟の手を引き、さらに奥へ進んでいく。…そのすぐ後ろを歩いても、やはり気づかない。やがて一つの部屋から、大人六人を連れ出した。
『…』
合計で八人。
この人数を抱えたまま、さらに先へ進むつもりか。再びテレポートを試みるつもりだとして、この二人に八人全員を一度に移動させる能力はないだろう。
だとすると…
『この辺で良いだろう、次は…』
男が言いかけた瞬間――シヴァは空間の歪みを感知した。
…ここか。esへ繋がる異常な継ぎ目。これ以上進ませる必要はない。
――この辺で始末しよう。
『お、お前ッ!どこから入って来たッ!!』
どこからも何も、最初からずっとついてきている。気づかなかった自分の能力の低さを呪うがいい。
『…』
指先から放たれた閃光が、二人の男の胸をそれぞれ貫く。崩れ落ちる二つの影。空気が一気に乱れ、八人が騒ぎ始める。だが、この場は異質だ。これ以上歪みの近くに留まるべきではないと判断し、シヴァは低く告げた。
『今から地上へ出る。騒がず動くな』
次の瞬間、全員の姿がその場から消えた。と同時に、暗い荒野のただ中に降り立つ。
『本来なら立ち入り禁止区域だ。このまま真っすぐに歩けば街に戻れる』
『『『『『『…』』』』』』
『今なら誰の目にも触れず、危険もなく自分の家に戻れる。早く行け』
風に煽られ、深く被っていたフードが外れる。
六人の大人たちが、息を呑んだようにこちらを見つめていた。
『…』
珍しくもない。人はいつもそういう目を向ける。
だが、シヴァにとってはどうでもいい反応だった。見られることにも、そこに含まれる意味にも、何の関心もない。
――礼を言い残し、六人が街へ向かって走り去っていく。残されたのは、幼い兄弟だけだった。
シヴァは、幼い二人の兄弟に「家まで送り届ける」と伝えた。子どもの足ではこの禁止区域内を抜けるのも一苦労だと考えたからだ。三人をまとめて認識阻害のシールドで包み、そのまま兄弟の家へと移動した。
行き先など、二人の頭の中をわずかに辿れば足りる。
『お兄ちゃん!うちだよ!』
『あぁ、ホントだ。…帰ってこれた…』
兄弟の安堵した声がこぼれる。
シヴァは、シールドが破れれば音が外へ漏れること、合図をしたら黙って家へ入ることを短く伝えた。
『お兄さん、助けてくれてありがとう。母さんがきっとお礼を言いたいと思う』
『不要だ。どうせ忘れる』
シヴァの言葉に不思議そうな表情を浮かべる兄弟たち。
指を鳴らすのが合図だと伝えたが、その合図と同時に、この兄弟の記憶から自分に関する記憶を消すつもりでいた。
――自分のことなど、覚えていなくていい。
『今後、夜は何があっても出歩くな。昼間も子供だけでは遠出しない方が良い』
『うん、分かった』
『では、合図だ』
パチンと指を鳴らす。
それと同時に、認識阻害のシールドを張り、兄弟の記憶から自分の存在を消した。
二人がこちらを振り返っていたが、既に自分の姿は見えていないだろう。…仮に見えたところで、それが誰なのかなど、覚えているはずもない。すぐにでも家の中から出てきた両親に泣きながら抱きしめられ、再会を喜ぶ姿を見届けたシヴァは、そのまま闇の中へと姿を消した。




