#40 幻名
『たッ…頼む、許してくれッ!』
『…お前は、そう言われて許してやったのか?』
『頼む!俺は指示されただけなんだッ!!殺すならソイツを殺せッ!』
『心配するな、もう殺してある』
ノーマルへの差別意識は、都会であれば規制が厳しいこともあり、表向きは比較的穏やかにも見えるが、地方に行けばまだまだ根強い差別と、それに伴う暴力などの
問題が日常茶飯事だった。
サイキックというだけで優位に立ち、ノーマルをストレスの捌け口にするような輩も多い。
だがここ数年、そういったノーマルに対する差別意識の強いサイキックや、ノーマルに違法な行いを働くサイキックたちが次々と姿を消す現象が起きていた。
その現象は、以前から散発的に起きていたものの、近年になって急速に広がっていた。
『最近、この辺りで妙な噂があるのを知っているか?』
『あぁ。なんでも、サイキックだけが狙われているらしいな』
『しかも、一瞬だ。何が起きたかも分からないまま消える』
『…粛清だよ』
『粛清?』
『そう呼ばれている。サイキックを粛清して回っている奴がいるらしい』
『名前は?』
『…確かロキ、だとか』
『見た奴は?』
『いない。見た奴は、生きていないらしい』
一度狙われた者は決してその「ロキ」と呼ばれる存在から逃げ切ることはできないらしい。もちろん、サイキックを相手にしているのだから、「ロキ」もサイキックなのだろう。あまりに容赦のない粛清に世間が、北欧神話における「終わりをもたらす存在」とされる神の名である「ロキ」という名前を使い始めたのだとか。
『正義の味方なのなら、ぜひ一度お目にかかってみたいものだがな』
『…なんだか、話を聞く限り俺にはとても「正義」には思えないよ』
『そうだな。正義というより、憎しみに近いものを感じるかもな』
『サイキックなのに、同じサイキックを嫌っているってことか?』
『いや、分からないけど。だが、警察だって、こんなに簡単に殺しはしないだろ?』
『…確かにな』
『容赦がなさすぎる気がしてな。なんだか、別の感情が乗っかってるような気がするのさ』
酒場で男たちが、今世間を騒がせている「ロキ」の話で盛り上がっている。
そんな男たちのすぐ後ろでシヴァは一人、酒を飲んでいた。
…酒を飲むと言っても、シヴァにとってアルコールは水と変わらない。どんなに度数の高い酒をどれだけ飲んでも、まったく酔うことができない体質だった。
『…』
そうなると、酒を美味しいと思うことも出来ない。
シヴァは、少量の食べ物と水分補給のためにこの店に入ったのだが、最近はどこに行っても「ロキ」の話で持ちきりで、シヴァにとって、それはあまりにも耳障りな話の連続だった。
『…』
今日はいつにも増して頭痛が酷い。眩暈までする。
先ほど数人のサイキックを消してきた。そのタイミングから痛みが増したような気がする。…日によって変わるとはいえ、基本的にここ数年はいつだってこんな調子だった。静かな場所で、自分に対してしっかりとヒーリングのPSIを発動させないと、まだまだ悪化しそうな気がした。
『…』
リリアと過ごした村を出てから十年以上の月日が経っていたが、この間のシヴァの生き方はどうしようもないものだった。
生きる気力など皆無だったが、サイキックは簡単には死ねない。まして、シヴァのように特殊なサイキックの場合、どれだけ自死を試みても生きてしまうのだ。それを百も承知で、投げやりに自暴自棄に生きてみたが、やはり望む結果は得られなかった。
…かと言って、シヴァを死に至らしめるほどのサイキックに出会うことも出来ず、死ぬことを諦めた後は、過剰に他者の能力を奪い取ることに躍起になった。
いつかこの体に限界がきて粉々になればいいと考えてのことだったが、恐ろしいことにシヴァの体は、際限なく人のPSIを奪えてしまう。
この方法でも望む結果は得られないのか――
シヴァはそう思ったが、やみくもに人のPSIや記憶を奪い続けることで、心身に影響が出ないわけがない。死こそ得られなかったものの、尋常ではない副作用に苦しめられることとなった。
『…』
たまに、自分が自分でなくなるような気がする。
幻聴も聞こえるが、これは幻聴ではなく、もしかすると、PSIと記憶を奪った誰かの発する声なのかもしれない。他に、割れるような頭痛や眩暈がさらに悪化し、息苦しさや強い不安感にも襲われるようになった。
だがこれは、PSIの副作用だけではなく、リリアを失ったことによるトラウマが原因の一つにもなっているように思えた。
『…』
もう眠ってしまいたい。
…眠ったところで、どうせすぐに起きてしまうのだが。
それでも、人のいないところでヒーリングを行った後、そのまま横になってしまおうと、シヴァは店を出た。
『…』
古びた小さな教会を見つけ、シヴァはその裏手に回って認識阻害のシールドを張る。
…本来なら、種類に関わらずPSIを発動し続けることは、心身に良い影響を与えない。サイキックとはいえ人間だ。無理をすればガタが来るのは当然のことだった。
だがシヴァは、夜は常に認識阻害のシールドを張っているし、二十四時間常に自身のPSIを抑え、周りに能力値を測らせないためのPSIも発動している。ハイレベルなサイキックであれば、能力値を隠すPSIは無意識レベルで発動できるものでは
あるのだが、シヴァの場合、能力が強大すぎて、かなり無理をしないとこのPSIを発動し続けることが難しくなっていたのだ。
つまり、四六時中、最低でも二~三種類のPSIを発動しっ放しの状態であるため、それも、シヴァの体調を崩させる原因になっていた。
『…ッ…』
体が重い。骨も軋んでいるような気がする。
シヴァは最大限にヒーリングのPSIを発動し、自身の体を癒すことに集中した。
だが、ヒーリングと言えど、それもPSIの発動であることに変わりはない。
――シヴァは、自分を癒すのと同時に新たな疲労を生むという悪循環に陥っていた。
世間を騒がせた「ロキの粛清」は、問題のあるサイキックに対する正義感と、シヴァの中に眠る、同族嫌悪にも似た衝動から生まれたものだったのかも知れない。
そして、その行為の中で、シヴァにとって最も大きな意味を持っていたのは、悲しみや苦しみを紛らわすための自虐行為の一環…という側面だ。リリアを失った辛さを忘れることが出来ず、自責の念からも逃れられない。
それでも、消えることさえ許されない我が身を持て余した結果の行動のようにも見えた。シヴァにとっては、「粛清」とは自身に向けられたものだったのかも知れない。サイキックを一人、また一人と消すたびに、自分の中に溜まっていく澱が、真綿で首を締めるようにゆっくりと、確実に、シヴァの心身を蝕んでいった。
――だが、やがて、そうした行為すらも減っていく。
理由は分からない。
ただ、ある時期を境に、「ロキ」と呼ばれる存在による粛清の報告は、次第に途絶えていった。それでも、その名だけは消えることはなかった。
誰かが語り、誰かが噂し、形を変えながら語り継がれていく。サイキックを狙い、痕跡すら残さず消し去る存在。一度狙われれば決して逃れられない、「終わりをもたらす者」それはやがて、現実の出来事としてではなく、半ば伝承のように扱われるようになっていった。
――「ロキ」という名だけが、静かに残り続けていく。




