#37 慟哭
『…リリア?』
シヴァは、瞬時にリリアの鼓動が止まったことを理解した。
――大切だった。
リリアも、リリアとの生活も。
長い間一人で彷徨っていた自分に、リリアは心の安らぎと日常の些細な幸せ、未来への希望を与えてくれた。一緒にいるだけで充分に幸せだった。
だが、自分がもう少し早くに「愛」という存在に気づいていれば、リリアと一緒に、これまでとは違った人生を歩むことも出来ていたのかも知れない。
自分はいったい、何のためにサイキックとして生まれたのか。大切な人ほど自分の目の前から消えていく。…自分の存在が、大切な人の命を奪っていく。
『…』
シヴァは、リリアの元へ駆けつけた瞬間に、自分たち二人を守る強力なシールドを張っていた。何度も、そのシールドを破ろうとしてくる「外側」のサイキックたちを抑えつつ、リリアに限界ギリギリまでのPSIを発動していたのだ。
だが、リリアの鼓動は止まってしまった。
…このまま悲しみに暮れていたいが、「外」にいる奴らを片付けないと、リリアを安心して眠らせてやることも出来ない。
『…ッ』
シヴァの目が鋭く光る。
…全部で十五人――
索敵で一瞬にしてサイキックの人数と位置を把握する。
その瞬間―――
『うわぁッ!』
『なんだ…うぎゃあッ!!!』
『助け…ッ…』
シヴァはその場から動くことも無く、一瞬で遠隔によって十四人のサイキックを抹殺した。何が起きたか分からず困惑している、残った一人のサイキックの目の前にシヴァが現れた。
『ひぃッ…お、お前かッ!…ど、どうやって仲間を消したッ!!』
『…』
シヴァは無言でこの男の額に手を当てる。
そのまま、何の躊躇もなく、この男のPSIと記憶を吸い取り始めた。
『や、やめろッ!!』
『…』
抵抗したくても動くことも出来ない男の能力を、無言で延々と吸い取っていく。
――敢えて、十五人の中で一番の実力者を残した。
この男が一番、状況を把握していると踏んだからだ。残りのサイキックたちの能力も記憶も、吸い取る価値は無いと判断した。いちいち言葉で聞かずとも、この男のすべてを吸い取ってしまえば状況は理解できると言わんばかりに、シヴァはこの男の息が絶えるまで、手を緩めることはしなかった。
『…』
このサイキック集団は、esとは無関係のようだった。
むしろ、esのようなエリートサイキック集団を毛嫌いしている、アウトサイダーの集まりといったところだろう。サイキックがメインの町ではまともに暮らすことが出来ず、都会や大きな町を避けて流れて来るうちに、国の外れまでたどり着いたようだった。
『…』
経緯だけを見れば、自分もこの集団と何ら変わりはない。
esに追われ、大切な人間を失い、社会に馴染むことも出来ないまま、逃げるようにこの地に辿り着いただけだ。
だが…
『…』
少なくとも、この村へ来てからの自分は、日々を大切に生きていた。
リリアや村の人たちとの生活が、自分を普通の人間だと思わせてくれたのだ。
自分の寿命がどれほどのものか予想のつかない自分にとって、いずれリリアとは別れが来ることは理解していたが、何もそれは、こんなに早く訪れるものではなかった。
断じて。
『…』
esとは関係がなかった…ということは、もし自分がこの村にやって来ていなかったとしても、この悲劇は起きていたかも知れない。だが、自分が町の様子など見に行かなければ。せめて、ヒーリングのPSIがもっと強大であれば、リリアを救うことは出来ていたかもしれない。
『…』
いつだって自分は、肝心なところで意味をなさないのだ。
これだけ膨大に抱え込んだPSIの数も、強さも、一番必要な時に助けにならなければ持っている意味もない。
『…リリア』
シヴァはそっと、リリアの亡骸を抱きかかえる。
村は、シヴァがリリアと最後の会話を交わしている間にサイキックの集団にやられて、かなりのダメージを負っていた。だが幸い、シヴァが張った強力なシールドを破ることに必死になって、村人たちを襲うことへの意識からは逸れていたため、大けがを負った者は数名いたものの、死者はリリアと、リリアが庇おうとした少年以外、出なかった。
『…』
シヴァはリリアを、二人で暮らしている家まで連れて帰って来た。
…つい先ほどまで、リリアとこの家で平和に暮らしていた。
リリアはいつだってシヴァに笑顔を向け、明るく笑い、弾むような声で楽し気に話しかける。
――二人で薬草採取に山へ入ることも、採取した薬草を洗って乾燥させる作業も、乾燥させた薬草をリリアが調合する姿をのんびり眺める風景も、この家で食事をしたり、お茶の時間を楽しんだり、眠れない夜に月夜の下で延々と長話をしたり、そのどれもが、つい数時間前まで、シヴァにとっての日常で、これからも当たり前に続くものだと信じていた。
『…リリア』
この二年、一度もリリアの名を呼んだことがなかったなんて、シヴァは自分ではまったく気がついていなかった。
心の中ではたくさん呼んでいた。だが、考えてみれば、実際にリリアを呼ぼうと思う場面では、いつだってリリアがすぐ目の前にいた。…リリアのせいにするのは話が違うが、それでも、リリアはいつだって、自分のすぐ傍にいたのだ。
…それが当たり前すぎて、名前すら呼んでやれずにいたとは…
『リリア…』
どれだけ後悔したって遅い。
今さら呼んだって、リリアには聞こえない。
『リリア…リリア…』
君が望むなら、何千回でも何万回でも、その名を呼んだのに。
…いや、自ら呼ぶことのなかった自分が悪い。
リリアはたくさん自分の名を呼んでくれた。
…本当に、たくさん…
『…』
それも、当たり前になっていて、あまり深く考えたことがなかった。
あんなにも呼んでくれていたのに、なぜ自分は返してあげなかったのだろう。
『…リリア』
寿命を…ただ無駄に長生きだけ続ける自分の寿命を、渡せるものならリリアに渡してあげたい。
…自分はもう、構わない。その分も、リリアが生きてくれるなら、喜んでこの命を差し出したのに…
『…リリア、愛してる』
自分に人を愛せる日が来るなんて――
誰とも関わらないように生きてきた。
リリアとだって最初の内は、すぐにこの場を立ち去る気でいた。
それが、いつの間にか離れがたくなっていて、二年という月日は、シヴァにとっては、一人になってからの人生で一番長く滞在した場所だ。
リリアがいれば、この先もずっと、この場所で暮らしていたに違いない。
『…』
シヴァのヒーリングはリリアの命を救うことは出来なかったが、最大限に発動したことで、目に見える傷などはすべて綺麗に消えていた。まるで、ただ眠っているだけのように、美しい。シヴァはそんなリリアの顔を、一晩中見つめていた。
『…教会が襲われていなくて良かったわ』
襲撃されたせいで騒然としていた村の様子ではあったが、亡くなってしまったリリアとケビンの二人を見送るための時間を最優先させた。
幸い、村の中央より奥まったところに存在している教会は無傷だったため、朝から村人たちが総出で二人のために集まっていた。
神父の祈りが終わり、村人たちが二人を見送るための列をなす。
その手には鈴が下がっている。村の教会には大きな鐘が無い。その代わり、村人たちはどの家にも皆小さめの鈴があり、結婚や出産などめでたいことがあれば、この鈴を何度も力いっぱいに鳴らし、今回のように別れの場面には、悲しみを表すように小さく一度だけ鳴らす。
繊細で透き通るような美しい鈴の音は、一度鳴らすだけで故人との時間を惜しむかのように細く長く、響き続ける。
『…』
二人の棺には溢れんばかりの花が敷き詰められていたが、シヴァはリリアの棺にそっと、甘露花を供えた。それを見ていた、リリアと同じ薬師の女性が、「その花、採取してきたの?」とシヴァに聞く。
『…安眠効果のある花だと、聞いていたので』
『…そうね。これでリリアも、ゆっくり眠れると思うわ』
眠りの浅い自分に、リリアはよく眠る前のドリンクを作ってくれた。リラックス効果のある月光花と、安眠効果のあるこの甘露花をブレンドした温かいハーブティーは、何度飲まされたことか分からない。
自分の不眠や浅眠は、おそらくサイキックとしての体質の問題から来ているものと思っている。だからこそ、せっかくのドリンクもあまり効果はなかった。
だが、自分のために考えて作ってくれるその気持ちが嬉しくて、飲むと本当に、眠りに誘われるような気になったのだ。
『…』
安眠のためだけではなかったな。
リリアは、自分のことをよく見てくれていた。
特に何の効果があるとは言わなかったが、おそらく自分のためになるだろうと思うものは、何でも試して飲ませてくれていたのだろう。
自分に薬草や薬花の知識がつくに従い、リリアが自分に、頭痛や酷い倦怠感、耳鳴りなど、PSIの副作用と思われる症状に対しても、必死に改善させようと努力してくれていることに気がついた。
『…』
本当にいつだって、リリアはシヴァのことばかり考えて行動していた。シヴァがそれに胡坐をかいていたわけではなかったが、あまりに鈍感すぎて、本来向かい合っているはずの想いを、リリアの片想いで終わらせてしまっていたのだ。
『…』
『…シヴァ、大丈夫?』
棺が閉められ、リリアのために用意された場所へと埋葬される中、シヴァは無表情だったが、目からは涙が止まらずにいた。
なぜこんなに涙が溢れるのだろう。昨夜さんざん泣いたのに。涙は枯れることがないのか。自分が、人のためにこれだけの涙を流せる人間だったなんて。
リリア、君は最後の最後まで、自分に色々な「初めて」をくれる人間だ…シヴァはそんなことを考えていたが、やがて別れの儀式も終わり、人々がそれぞれ家に戻る頃、空を見上げて決断する。
『シヴァ、あなたあの家に一人で大丈夫?今日はうちでご飯を食べましょう?』
『…大丈夫です。ありがとう』
気遣ってくれる近所の住人の誘いを断り、シヴァは一人でリリアの家へと戻った。




