#36 喪愛
『うわッ…き、来たぞ!』
『みんな、村を守れッ!!』
シヴァが町へとテレポートしたのとほぼ同時――
十数名もいるサイキックたちが村の入口に突然姿を現した。
外周を守っていた村の男たちが、急に目の前に現れたサイキックたちを見て混乱する。
『…へぇ、なかなかのシールドじゃないか。この村にはサイキックがいるのか?』
言いながら、それでも、シヴァの張ったシールドを容易く破ったサイキックたちが村の中へと入って来る。
『く、来るなッ!』
『そんなものを振り上げても無駄だ』
主に、農作業に使うような道具類を手に、震えながら構えている村人たちを見て笑ったサイキックの一人が、村全体を見渡す。
『薬草の匂いがするな。良い村だ。ここを保養所代わりにしよう』
村人の存在などまったく無視したサイキックの言葉に、他のサイキックたちが続く。
『古いが良い家が多いな。別荘にしても良さそうだと思わないか?』
『確か、山中に小規模の市場もあっただろう?この辺は住みやすそうだな』
そう言ってゲラゲラと笑うサイキックたちを見て、恐怖に震える村の男たち。
――一方、突然騒がしくなった村の様子に、リリアは慌てて家の窓から外の様子を窺った。
『…どうしよう、サイキックたちが村に入って来たわ』
『私たち、どうなるの…?』
恐怖に慄く女性や、険しい顔をして窓の外を眺める女性、さまざまだったが、そんな中でリリアはふと、外にまだ十代半ばの若い男の子の姿を見つけた。
『…どうして、あの子が外にいるの?』
村の外周を見回るのは大人の男たちだけ…そう決めて、外に出ていたはず。
現に、十八歳未満の若者は男女に限らず家の中に避難していた。その中でも十七~十八歳くらいの青年に関しては、家の中で女性や幼い子たちを守るよう、大人の男たちから言われていたのだ。
それなのに…
『あの子は最近この村に越してきたばかりの子じゃないか』
年配の女性の言葉にリリアも頷く。
確か半月ほど前に、両親を亡くしたというあの男の子が、遠縁にあたるこの村のとある一家に引き取られてきた。越してきたばかりということもあって、リリアは一度、偶然村の中で顔を合わせた時に挨拶をしただけだったが、近所の住人の話によれば、あの子の両親はサイキックによって命を奪われたのだという。
『…大変だわ』
まさか、両親を殺したサイキックへの恨みで、自らも自警に加わろうと考えたのだろうか。どちらにしろ、あの場にいさせてはいけない。リリアは「あの子を連れて来るわ」と言って家から出ようとした。
『リリア待ちなさい!あなたも危険な目に遭うかも知れないわ!』
『だからと言って、子どもを見捨てるわけにはいかない。それに、外のみんながやられてしまったら、ここにいても同じよ!』
リリアの言葉に皆が黙り込む。
だが、外に出ていく勇気が持てないのも充分に理解ができる。
リリアは、そんな女性たちに向かって「大丈夫。連れて戻るだけだから」と笑って、一人で家の外に出てしまった。
『ねぇ、あなた、名前は何だったっけ?』
『…ケビン』
『ケビン、お願いだからこっちへ来て。私と一緒にあの家で待機しましょう』
『…ありがとうございます。でも僕は、あの人たちと一緒に戦う』
『ダメよ。あなたはまだ子どもなんだから。危険なマネはしないで』
家の外へと出て、ケビンと名乗ったこの少年のところまで駆け寄ると、リリアは小声で説得を始めた。サイキックたちがいる場所までは少し距離があるが、それでも、ぼやぼやしていると見つかってしまう。
『お願いケビン、今外はとても危険だから、早くこっちへ来てちょうだい』
『嫌です!僕はお父さんとお母さんを殺したサイキックたちが許せない!アイツらも僕がこの手で倒してやる!』
少年が怒りに任せて大きな声を出してしまったがために、サイキックたちに気づかれてしまう。
『…マズいわ、ケビン、あなたの力では無理。早くこっちへ…』
リリアが言い終わらないうちに、ヒュンッ…と目の前に一人のサイキックが表れた。
『ッ…』
『なるほどな。女、子どもたちは奥に隠れていたというわけか。良かったよ、野郎ばかりのむさくるしい村でなくてな』
『…ケビン、こっちへ…』
サイキックを目の前に恐怖に震えるリリアが、それでも必死にケビンを呼ぶ。
だが、ケビンは…
『お前らサイキックなんて大嫌いだ。僕が殺してやる!』
『ほう…やれるものならやってみろ』
『ケビンッ!』
持っていた果物ナイフでサイキックに向かって走り出すケビン。あまりに無謀なその行動に、リリアが悲鳴のような声でケビンの名を叫んだが、サイキックはその様子を楽し気に見つめ、向かってきたケビンのことを指先一つで吹き飛ばした。
『ケビン!』
『無駄だ、もう死んでいる』
ケビンに駆け寄ろうとしたリリアの腕をつかんだサイキックが、値踏みするかのようにリリアの頭から視線を落としていく。
『ふん、色気には欠けるが、まぁまぁだな』
『離してッ!』
『強気な女は嫌いじゃねぇ。お前は俺の女にしてやろう。光栄に思え』
『ふざけないでッ!あなたみたいな歪んだサイキックなんてお断りよッ!』
『なんだと?』
サイキックのすべてが、ノーマルに危害を加えるような歪な人間ではない。中には静かで優しく、誠実なサイキックもいる。私は、そういうサイキックを知っている―――
リリアは心の中でそう叫んでいた。
『俺は、強気な女は嫌いじゃねぇが、生意気な女は嫌いなんだ』
『きゃあッ!』
不機嫌な顔のサイキックがスッと指先をリリアに向けた瞬間――リリアは一瞬で吹き飛ばされ、大木に打ちつけられてそのまま根元に倒れこむ。
『大人しくしていれば良かったものを。…ッ!誰だ…ッ!!』
ほぼ同じタイミングで、シヴァが目の前に現れた。
目の前に広がる光景に一瞬でシヴァの目が光り、目の前にいるサイキックを秒で消し去る。リリアを攻撃したサイキックは、悲鳴を上げる間もなく、この世から消えた。
『リリアッ!!』
倒れているリリアの元へ瞬時に飛んだシヴァが、そっとリリアの体を抱き起す。
『しっかりしろ、今…』
『…シヴァ』
『黙っていろ、今すぐに…』
『お願い…喋らせて…』
『…』
ヒーリングで何とかリリアの命を救おうとするシヴァを止めて、リリアがシヴァに話しかける。
『…シヴァ、あなた、初めて私の名前を呼んでくれたわね』
『…』
『何を驚いているの?初めてよ?』
『…』
『でも、嬉しい…ずっと、名前を呼んでほしかった』
『…』
『私の大好きな、あなたのその声で、ずっと…呼ばれたかったのよ』
『…リリア…リリア・ベル…すまない。…俺は…』
『いいのよ、でも、もっと…』
『…』
『もっと、呼んでほしいわ』
『…リリア』
シヴァはリリアの名を呼びながら、自分にできる限界のPSIを発動する。
シヴァにとって、他のPSIに比べヒーリングのPSIは、そこまで強い能力を持っているわけではなかった。理由は簡単で、あまり強大なヒーリングのPSIを持ってしまうと、自分自身の身に大事が起きた時にも発動してしまうためだ。
今さら諦めたが、以前には世の中への未練など欠片も無かったシヴァにとって、いっそ死んでしまいたいと思うことも何度もあった。そんな自分にとって、ヒーリングのPSIなど邪魔でしかなかったのだ。
シヴァは生まれつきヒーリングのPSIを持っていたわけではなかったため、サイキック・スティールで吸い取ることで身に着けたのだが、他のPSIはともかく、ヒーリングのPSIはあまり積極的に強化しようとはしてこなかった。
…シヴァは今、それを死ぬほど後悔している。
『…』
リリアの命が削られていくスピードに、自分のヒーリングが追いつかない。
修復したはずの内側が、次の瞬間にはまた壊れていく。
治しているのではない。ただ、崩壊を遅らせているだけだと、シヴァは理解していた。
『…ッ…』
『リリア、リリア!頼む…死なないでくれ!』
『…シヴァ、大好きよ。そして、愛してる』
『…』
『…こんなに簡単なことだったのに…もっと早く言えば良かったわ…』
『…』
『あなたが離れて行くのが怖くて…言えなかったの、弱虫ね、私』
『…離れるわけがないだろう』
『…そうね…そうよね…』
ヒーリングのPSIが効くそばから、リリアの命が零れ落ちていく。
あのサイキックはリリアをただ吹き飛ばしただけではなかった。体の中身をめちゃくちゃに崩していたのだ。内臓がやられている。幸い、心臓に直撃を受けなかった
おかげで即死は免れたが、シヴァがどれだけヒーリングを発動しても、中途半端にリリアを苦しめるだけだった。…いっそ、発動を止めて見送った方が、リリアにとってはラクなはずだ。そう分かっていても、シヴァは諦められない。
『リリア…リリア…』
『…シヴァ、泣かないで。案外子どもっぽいところもあったのね…可愛い…』
『頼む…いかないでくれ…』
『そういう…あなたの色んな顔をもっと知って…からかって笑いたかったわ…』
『…リリア…』
『…シヴァ、幸せになってね』
『…君がいないと無理だ』
『嬉しい…でも、一人でも幸せにならなくちゃ…』
『…』
『それに…いずれ、一人じゃない未来がやって来る…』
『何を言って…』
『私のことを、忘れないでほしいけど…でも、ずっと一人ではダメよ?』
『…』
どれだけPSIを発動しても、リリアの顔からは見る見る生気が失われていく。
自分の体力や精神状態がどうなるか分からないくらいのレベルで、最大限にPSIを発動するシヴァの目は、キラキラとダイヤモンドダストのように不可思議な色を放っていた。それを見つめるリリアが、ぽつりとつぶやく。
『…やっぱり、本当に美しいわね、あなたの瞳って…』
『…』
『まるで吸い込まれそう…いっそのこと、本当に、あなたの中に溶け込めたら良いのに…』
『リリア…リリア、済まない。助けられない…』
全身全霊でPSIを放っているにも関わらず、リリアの体は元には戻らない。
かろうじてこの世に繋ぎ止め、苦しむ時間を長引かせているに過ぎない状況だった。
『俺は何のためにここにいるんだ…君を救えないなら、いったい何のためにこの力はあるんだ…』
自分のPSIが、リリアを救うどころか苦しめているだけなことを理解しつつ、それでも、リリアを死なせたくなくて発動を止められない自分に、シヴァは混乱していた。
リリアを苦しめたくはない。だが、自分がこの手を止めれば、リリアとは永遠の別れとなる。
その事実を、受け入れられない。
『リリア、俺には君を救えない…俺は…俺は…』
こんな役立たず、やはり生きている価値もない。
そもそも、リリアを死なせてしまうなら、この世に生きている意味はない。
ぽろぽろと止めどなく零れ落ちる涙を拭うこともせず、必死にPSIを発動し続けるシヴァを見つめたリリアが、優しくシヴァの名を呼んだ。
『シヴァ…このままではあなたも倒れてしまうわ』
『構わない』
『私が…構うの…』
『…』
『最期に一つ…お願いを聞いてくれる?』
『最期じゃない』
『そうね…でも、辛くても、聞いてほしいわ…』
『…』
苦し気に肩で息をしているリリアに、シヴァがさらにPSIの発動を上げようと目を光らせる。そんなシヴァの頬にそっと手を添えたリリアが、震える声を絞り出してささやいた。
『シヴァ、もう、大丈夫だから…力を使うのはやめて…』
『何を言っている…』
『その代わり…どうしてもしてほしいことがあるの…』
『…』
そう言って苦しげな表情を必死に抑えて小さく微笑んだリリアが、シヴァの指先をそっと、自分の唇へと触れさせる。
『…』
『ふふッ…はしたないかしら…でも私、ファーストキスもまだなのよ』
『…』
『シヴァ…私は、あなたがいい…』
『…』
『…あなたじゃなきゃ、嫌なの』
『…』
『私が…生きているうちに、』
『…』
シヴァは、リリアの切ない願いを聞いて、これ以上治せない自分のPSIで無駄に苦しむ時間を長引かせるより、リリアの望みを叶えてあげた上で、自分の腕の中で見送ってやるのが一番良いのだろうと、覚悟を決める。
『…リリア、済まない』
『…バカね…キスする直前に使う言葉じゃないわよ』
PSIの発動を止めた…イコール、リリアの死を受け入れるということだ。
自分は酷いことをしている――シヴァはそう思いつぶやいた言葉だったが、リリアにとっては既に、死の覚悟はシヴァ以上に出来ていた。それよりも、息絶える前に、愛する人にほんの少しでも触れたいと願う気持ちの方が強かったのだ。
『…』
リリアが自分に触れたいと思ってくれていた。
そのことにもっと早く気づいていれば、こんなことになる前にいくらでも叶えてやれたのに。
リリアに愛していると言われ、シヴァには、その想いが自分の中にも覚えがあることを自覚していた。
――そうか。リリアの髪に触れたい、頬に触れたい、細い体を抱き寄せたい、そして、その花のように可憐な唇に触れたい…そう思うことは、リリアを愛していたからこそだったのだと。
だが、これまでそれを「愛」だと認識することさえ出来ないほど、シヴァは人とは無縁の人生を歩んできていたのだ。リリアに告白されて初めて、自分のリリアへの感情が愛そのものだったことを知る。
…だが、知ったところで遅すぎた。
『…まだ、生きてるわね…良かった、まだ、覚えてる…』
『…』
『シヴァ、ありがとう…』
『…』
『…私の初恋も、ファーストキスも、シヴァが相手ね…』
『…』
『嬉しい…私の人生には、あなただけでよかったわ…』
『…リリア、愛してる』
『…』
『君と同じだ…俺も…俺の人生にも、君だけでいい』
『…本当?あなた…私を愛してるの?』
『あぁ…。愛してる』
『…嬉しい、ありがとう』
『リリア』
『最高の、人生…だわ…』
『リリア…』
そう言葉を残してそっと閉じたリリアの目から、一筋の涙が流れ落ちた。




