#34 亀裂
数日後――
町の様子がかなり酷いらしい…村はそんな噂で持ちきりになっていた。
市場に買い物に出た村人が、そこで聞いた話だ。
市場の人間は町へ下りて商品を仕入れて来る者が多いが、たったの数日で町の様子が様変わりして、仕入れもままならない状況とのことだった。
それどころか、いつどこでサイキックに出くわすとも限らないので、さすがに身の危険を感じ、暫くの間は商売を休むと言っていたらしい。
中には店を開け続ける者もいるだろうが、このままでは買い物も出来なくなり、村にも影響が出始めるのではと、不安に駆られた村人たちが集まって話し込んでいる。
『リリア、シヴァもサイキックだろう?どうにかしてもらえないのかい?』
『サイキックという括りだけでシヴァに任せるのは怖いわ。そんな悪党どもと戦えばシヴァだって無傷では済まないかも知れないもの』
『確かに、それはそうだね。でも、我々だけでは、いざ村にまで被害が及んだ時に対処が出来ない。できればシヴァに村を守ってほしいんだが…』
『いや、それより先に、町へ行ってもらって様子を見てもらった方が良いんじゃないか?』
『だから、みんな待ってよ!サイキックっていうだけでシヴァを使おうとしないで!』
リリアは怖くなった。
皆、あまりの不安や恐怖で自分たちのことしか考えられなくなっている。
ノーマルにも色んな人間がいるように、サイキックだって良い者、悪い者、個人レベルでそれぞれ違うだろう。能力の違いだって当然ある。シヴァがどれほどのレベルのサイキックか分からないが、たとえ強くても戦いに絶対の保証はない。
万が一にでも、シヴァにケガをしてほしくはないし、最悪、命に関わるような目に遭えば、リリアは正気を保てるかどうか自信がなかった。
『あ、シヴァ!いいところに来てくれた!どうだ、一つ頼まれてはくれないか』
村長の言葉にリリアが慌てて後ろを振り返る。
そこには、遅れてやってきたシヴァの姿があった。…来なくていいって言ったのに。
…リリアはこういう展開になるような嫌な予感がして、シヴァに家で待つように伝えて自分だけ集会に来ていた。日頃はあまり大勢の場に出たがらないシヴァが、なぜ今日に限って参加したのか…
『町はたった数日で酷い状況だそうだ』
『…』
『このままでは村にも影響が出るかもしれない』
『…』
『村を守ってほしいのはもちろんだが、その前に町の様子も気になる』
『…』
『シヴァなら、悪事を働いているサイキックの攻撃を受けることなく、様子を見て来れるんじゃないかと思ってな』
『…』
村長の言葉を聞きながら、シヴァがチラとリリアを見ると、リリアは必死に首を横に振っている。…村長の話を受けるなと言いたいのだろう。
だが、このままでは本当に村まで被害に遭うのは時間の問題だ。もし被害に遭わなかったとしても、このまま街へ買い物や商売に行けず、市場でさえ何も買えない日々が続けば、村人全員の生活に影響が出る。
どのみち、誰かが行動を起こさなければらちが明かない。そう考えた場合、どう考えても自分が適任だろう。
『…様子を見に行くのは構わない。だが、その間、村を守る存在が必要だ』
『それはもちろん、男衆でしっかり自警の形は取る』
『…』
『シヴァが戻って来るまでの間くらい、どうにかなる』
『…』
なるわけないだろう。
ノーマルがサイキックと戦うなど、千人対一人でもサイキックの圧勝だ。
だが、今ここでそれを言ったところで、自分が町へ様子を見に行く必要があることは変わらない。…いっそリリアを一緒に連れて行った方がまだ安心かも知れないが、リリアに怖い思いはさせたくないし、自分が戦っている姿を見せたくもない。
シヴァはいくつか、村を守るために有効な守備の形態や攻撃方法、武器など、今いる人員、今ある物でできることに関するアドバイスを残して、村長に町へ様子を見に行く約束を交わして、リリアと共に家へ戻った。
『シヴァ!なんであんな約束をしたの!?』
『誰かがやらないといけないだろう』
『だからってシヴァが負う必要は…』
『俺以外に誰が適任だと?』
『…』
『…大丈夫。すぐに戻ってくる』
『すぐって、町までは急いでも一時間はかかるのよ?』
『テレポートすれば一瞬だ』
『…』
シヴァの言葉にリリアが一瞬言葉を飲み込んだように見えた。
が、すぐにでも問いかけてくる。
『シヴァ、あなたにはどんな能力が備わっているの?』
『…使えないPSIは無い』
『…普通は一~二種類くらいって聞いたけれど…テレポート以外にもたくさん使えるってこと?』
『…そんなところだ』
『…本当に?』
『ウソは言わない』
リリアは混乱していた。
ただでさえ、シヴァを町に行かせたくない。不安でいっぱいだ。それに、正直に言えば自分だって一人になるのが怖い。シヴァに傍にいてほしい。
その上、サイキックに関して知っていたはずの自分の知識にはまったく当てはまらない、シヴァのPSIの種類の多さ…いったい、どういうことなのか。
『シヴァ、もう一つ聞いてもいい?』
『…』
『あなたは、強いの?』
『…多分な』
『ちゃんと答えて!』
『…大丈夫。これまで負けたことはない』
『…』
見ていて弱そうに思ったことは一度もないが、シヴァのサイキックとしての姿を目の当たりにしたことがさほどあるわけでもないリリアにとって、シヴァが本当に強いのかどうか、人を襲うような恐ろしいサイキックと戦えるのかどうか、不安で仕方がなかった。しかし、シヴァにしてみれば、どんなサイキックが相手でも、負けるという可能性はほぼないに等しいだろう。
『町まで行って帰って来るだけなら、本当に一瞬だ』
『…』
『ただ、町の状況次第では、やることが出てくるかも知れない』
『…』
『その分の時間は必要になるが、大丈夫、すぐに戻って来る』
『…気をつけてね』
『…』
『絶対に…絶対に無事に帰って来てね』
『…あぁ』
涙目になって、震える声でそう告げるリリアを見て、シヴァはこんな場面だというのに、穏やかな気持ちになっていた。
自分を心配してくれる相手がいること、自分の帰りを待っていてくれる相手がいることが、こんなに満ち足りた気持ちにさせてくれるだなんて。
家族と共に過ごした記憶はもうずっと遠い――
シヴァは、それ以来初めて、人から必要とされる喜びを無意識に感じていた。
『自警団もちゃんと機能したようだな』
村全体の様子を確認すると、外周は男性の村人たちが武器を持って備えていた。
女性や子供たちは村の中央に建つ家々に避難する形で、なるべく大人数でまとまっている。薬師という職業柄、家のすぐ裏手が山になっている、村の外側に近い位置に住んでいるリリアも、シヴァに言われ、別の村人の家に避難させてもらった。
『相手がサイキックであれば、正直な話、村の外で待機している男たちの存在はアテにはならない』
『…』
『村の外周とこの家の周りに、二重にシールドを張っておく』
『…』
『簡単には破られない。だが、相手のレベルによっては破られる可能性もある』
『…』
『外周のシールドが破られても、この家に張られているシールドが破られるまでには幾分間があるだろう』
『…』
『外の様子が騒がしくなったら外周のシールドが破られたのだと理解し、俺を呼べ』
『…どうやって?聞こえるわけないわ』
『強く念じれば届く』
『…』
リリアは、自分を安心させるためにシヴァがウソを言ったのだと思った。
だが、シヴァには本当にリリアの声が届く。
正確には声が聞こえるわけではないが、自分を強く呼ぶその念がサイキックであるシヴァには第六感で感じ取れるのだ。
これは、サイキックの中でもかなり高度な能力を持つ者にしか備わっていない感覚であり、そのサイキックにとって対象が大切な人間であればあるほど、危機を察知することができる。だが、対象が強く自分を呼んでくれなければ、気づくスピードは落ちるだろう。だからこそ、シヴァはリリアに「自分を呼べ」と伝えた。
『行って来る』
『シヴァ、本当に気をつけてね』
『…あぁ』
その瞬間、リリアの目の前からシヴァの姿が消える。
リリアも、一緒に避難していた他の女性たちも、シヴァがサイキックだと理解はしていたが、これまであまり目にする機会が無かったため、一瞬で姿を消したシヴァに驚きを隠せずにいた。
『…本当にサイキックなんだね』
『…』
『リリア、シヴァなら大丈夫よ。すぐに戻って来るわ。もし町で何かが起きていても、シヴァなら対処してくれるわよ』
『…だと、いいのだけれど…』
リリアは、自分のことなどお構いなしに、シヴァの安全だけをひたすら祈っていた。




