#31 守情
『あらシヴァ、こんにちは』
『…こんにちは』
『ちょうど良かったわ。これ、たくさん採れたからリリアにも持って行ってあげてくれる?』
『…ありがとう』
シヴァがリリアの家で過ごすようになって半年が過ぎていた。
穏やかな日々は、思いのほか自然に続いている。さほど大きくもない村の他の住人にもすっかり知られる存在となり、今ではこうして、道で顔を合わせれば、挨拶だけでなく会話が続いたり、おすそ分けをもらうことも多い。
『シヴァ、お帰りなさい』
『…オルトさんから野菜をもらった』
『うわぁ、たくさんあるわね!どれも新鮮!』
村人たちにとってシヴァは、「リリアが雇った用心棒兼作業手伝い」として認識されていた。リリアの思い込みによる「何でも屋さん」のイメージから、会う人会う人にシヴァを「人助けをしながら旅をしている人」と紹介している。シヴァは最初こそ紹介されるたびに「そうではない」と心の中で考えていたが、もはやどうでもよくなっていた。
村人たちから「良い人」という目で見られるのにはいまだに慣れないが、自分が村人たちと交流を持つたび、リリアが嬉しそうに笑うので、これで正解なのだと思うことにしている。
『シヴァ、今日は少し場所を変えて、静命花の採取に行くつもりよ』
『…初めて聞く名だな』
『この時期に咲く花でね。解熱や炎症抑制の効果があるの。小さな白い花をつけるのだけれど、最盛期にたくさん採っておいて、冬に向けて丸薬や軟膏にするのよ』
『…』
『冬場は風邪を引く人も多いし、手が荒れてしまう人も多いので重宝するの』
『…そうか』
シヴァにとって、ケガは日常茶飯事だったが、病気とは無縁の生活を送って来た。
軽い風邪すら引いたことは無い。これが、サイキックであれば皆そういうものなのかは分からないが、シヴァは見た目とは異なり体はとても丈夫だ。
ただ、病気ではない、PSIによる副作用的な症状には苦しめられていた。
どんなサイキックでも、PSIをあまりに酷使しすぎると副作用に苦しむことはある。
だがそれは、PSIを長時間使う、もしくは、限界ギリギリまで爆発的に使った時に起こる一時的なものであることがほとんどだ。
だが、シヴァの場合、サイキック・スティールによる副作用が深刻な影を落としていた。本人もまだその重さに気がついていないが、シヴァが抱える慢性的な副作用は、普通のサイキックには起こるはずのない異常なものだった。
『よし、準備OKね!シヴァ、行きましょう』
リリアは薬草の採取道具一式と、薬草を入れるための袋を数袋準備し、それらをすべて、薬草を摘むための浅籠に乗せた。
シヴァが無言でリリアに手を差し出すと、リリアは笑って「いつもありがとう」と、その浅籠をシヴァに渡す。代わりに、リリアの手には水筒とコップ、軽食が入ったバスケットが握られている。
二人は家を出て、いつも入る山とは異なる方向へと向かった。
『結構採れたわね。今年は静命花の生育がとてもいいわ』
『…』
『これだけあれば、かなりの量の丸薬を作れると思う』
『…採取は今日だけか?』
『いいえ、今週はここへ通うつもりよ。たくさん採れたけど、加工すればかなり量が減っちゃうし、丸薬だけでなく軟膏も沢山作りたいから』
『…他の薬師はこの場所へは来ないのか?』
『来ないわよ。静命花の扱いは私が一番得意なの。静命花って、高い効能を持っているけれど、とても繊細で、加工や調合の仕方次第ではあまり効果が無くなっちゃうのよね』
『…』
『効果が低くても別にそれは失敗ではないのだけれど、どうせ服用するなら効き目がしっかりしている薬の方が良いでしょう?』
『…そうだな』
『だから、静命花を使った薬は、みんな私に任せてくれるのよ』
そう言って得意げににっこり笑う。
この村では、リリアを含めて四人の薬師がいる。リリア以外は皆ベテランの薬師で、年齢もかなり上だ。村にも、村を取り囲んでいる山々にも豊富に薬草が生い茂っている地域だからこそ、村の人口に合わない人数で、薬師で生計を立てる者が存在する訳だが、ベテラン勢があと数年で引退するだろうことを考えると、今後はリリア一人では負担が増すのではないだろうか。
そんなシヴァの疑問にリリアは、ベテラン薬師の十五歳になる子供が一人、家業を継ぐ形で薬師を目指して修行に入ったから問題は無いと笑った。
自然の恩恵を受けて、村人同士協力し合い、譲り合いながら、つつましい生活を送っているこの村の人たちに、シヴァは無意識に好感を持ち始めていた。
人と関わるのを極端に避けていたシヴァだが、この村で、リリアの隣で生活をしていくにつれ、人としての当たり前の時間の過ごし方や人への接し方を知っていく。
『一区切りついたから休憩ね。お茶にしましょう!』
そう言って笑ったリリアが、「ジャジャーン♪」とバスケットから取り出したのは、白蜜芋の揚げ物だった。
以前シヴァから聞いて試しに作ってみた揚げ物が、本当に甘さ控えめに仕上がることを知ったリリア。今ではすっかり好物になり、シヴァのためというよりも、自分が食べたいがためによく作るようになっていた。
シヴァはリリアに、この揚げ物が、自分の母親がよく作ってくれた思い出の食べ物であることは話していなかったが、リリアにとっては、普段自分からは何も話してくることのないシヴァが珍しく語ったエピソードだったことで、おそらく何か深い思い入れのある食べ物なのかも知れないと察し、敢えて話を聞き出そうとはしなかったものの、飽きない程度に作ってあげたいという気持ちが起きるのも事実だった。
『ねぇシヴァ、今日はもう、これを食べたら家に戻ろうと思うの』
『…いつもより早いな』
『えぇ。でもその代わり、夜にもう一度来たいのよ』
『夜?』
『静命花と一緒でこの時期に咲く月光花っていう花があるのだけれど、薬草の苦みを抑えてくれる、香り付けに必要な花なのね』
『…』
『ただ、この花、夜に開花するのよ』
『…』
『葉の部分では効能はあっても香りは無くて、どうしても花の方を採取したいの。でも、夜の山は狼をはじめ野生動物が活動している時間帯でもあるから、一人ではなかなか来られないのよね』
『…』
『でも今年はシヴァがいてくれるから、安心して夜にも来られるかなって思って』
白蜜芋をほおばりながら、リリアが淡々と話を続ける。
だが、シヴァの胸には理解できない感情が沸き起こっていた。
『…これまで、一人で夜の山に入っていたのか?』
『え?』
『…』
『そうね、さすがに何度もとはいかないけれど、薬を作る上でどうしても欲しい花や薬草なら、夜にしか採取できないものは夜に山へ入るしかないもの』
『…』
『…シヴァ、どうかしたの?』
キョトンとしたリリアの表情を見る限り、何も分かっていなさそうだ。
シヴァは胸に抱えたこのモヤモヤを、リリアに直接ぶつけていいものかどうか迷ったが――
『夜の山など、獣だけではない。危険な輩がいる可能性もあるだろう』
『…確かにそうだけど…でも、必要なのよ』
『自分が使うわけでもない、誰かの薬のために、なぜ危険を冒す』
『…』
『ノーマルの、しかも女性が一人の時に、何かあったらいったいどうするつもりだ』
『…シヴァ、私を心配してくれているの?』
『…』
リリアに聞かれて、シヴァは口を噤む。
自分はなぜ今、ムキになった?リリアの言う通り、仕事なら仕方がないことだろう。そもそも、リリアが自分の考えや決断に基づいて負うリスクであれば、自分には何の関係もないではないか。
『…』
関係がないのに、なぜ今自分はこんなにも苛立っているのだろう。
シヴァにはその原因が本気で分からず、酷く困惑した。そんなシヴァの様子を見つめていたリリアが小さく笑って言葉をかける。
『シヴァ、ありがとう。確かに、あなたの言う通り、夜の山は危険がいっぱいよね。分かっていたのに、私ったら慣れっこになっちゃっていたのかしら』
『…』
『でも、今はシヴァがいてくれるから安心して採取できる、そうでしょう?』
『…』
『…シヴァがいてくれるうちは、問題ないわよね?』
『…』
らしくない自分の言動に動揺してリリアから視線を逸らしていたシヴァには、リリアの瞳に宿る、切なる願いなど気づくはずもない。




