#28 緩和
『いつも、午前中は家事をしたり、夜に食べるパンを焼いたり、ヤギのミルクでチーズを作ったり、お昼ごはんの準備もしてお昼を食べたら、午後から夕方までは山に入ることが多いの』
『…』
『陽が暮れる前には家に戻って、夕食とお風呂を済ませたら、裏庭にある作業小屋で薬を作ったり、採って来たばかりの薬草を乾燥させたり…』
『…』
『そして、週末には町まで自分で作った薬を売りに行くのよ』
『…』
午後の二時過ぎ――
シヴァはリリアについて山の中へと薬草を採りに来ていた。
今リリアが話したように、確かに午前中は、朝食後に洗濯と家の掃除を済ませ、ヤギの乳しぼりをし、簡単に作れるチーズを作りつつ、パンを焼いた。
そのまま昼食の準備まで済ませて二人で再び食卓を囲む。昼食は野菜スープとパスタだった。朝食がまだ消化しきれないでいたシヴァにとって、「軽食だけど…」とリリアに出されたパスタとスープを見て食べる前に満腹を感じたが、リリアは細い体に似合わずよく食べるタイプのようだ。
食後に洗い物を済ませ、作業小屋の掃除まで済ませてから山へと向かう。
毎日、こういった規則正しい生活をしているのかと、シヴァは内心リリアの生活ぶりに感心していた。自分のように、食事など気が向いた時に少量食べればいい、そして、寝床など無くても認識阻害のシールドさえ張ってしまえばどこでも眠れる…そんな生き方しかして来なかった自分とは大違いだ。
そもそも、シヴァにとって「眠る」とは、心身を休めるためにゆっくりと時間を取ることができるようなものではなく、世の中が寝静まってしまう上、暗闇の中でできることなど少ないため、必然的に動けないというだけの時間でしかなかった。
眠り自体もとても浅いため、シヴァはあまり睡眠をとるということにも重きは置いていない人間だ。特殊過ぎるサイキックのせいか、そんな生活を長年続けていても、体調を崩す…ということさえ無い。
『そろそろ採取を始めるわね。この辺りはたくさん薬草があるから』
小一時間ほど歩いただろうか。
リリアがしゃがみ込み、とある植物を手にする。
『シヴァ、見て?これは月白草と言って、鎮静作用があるの。夜になると青白く光るのよ』
『…』
『これは、風鳴草、この薬草には鎮痛効果があって、月白草と一緒に煎じて飲むと、気持ちが安定したりよく眠れるようになるわ』
『…』
『あと、そっちにある赤い葉は紅霞葉、朝焼けのように美しい赤色をしているでしょう?この薬草は血流促進や疲労回復の効果があるの。女性のお客さんに人気の薬草なのよ』
『…』
リリアはひとつひとつ丁寧に、薬草の種類と効能についてシヴァに説明する。シヴァは特に反応は示さなかったが、リリアの話と薬草の見た目を一致させて記憶していった。言われなければ山に生えているただの草でしかなかっただろうが、人の健康や命を救う材料になると知れば、うっかり踏みつけるのも躊躇われるものだなとシヴァは思う。
リリアは嬉しそうに楽しそうに、次々とシヴァに薬草の説明をしつつ、丁寧に摘み取っていく。「薬草を摘む」と言葉で言うのは簡単だが、しゃがみ込んだままの姿勢で作業をするのは体がキツそうだ。
しかも、欲しい種類の薬草が一か所にまとまって自生してくれているわけではない。仕事にしているだけあってどこに何の種類の薬草が生えているかは把握しているのだろうが、女性にとってはそこそこ重労働だろう。その上、野生動物の危険にも意識を向けないといけないのだから、少なくとも、一人で山に入るのは避けた方が良いのでは…シヴァがそんなことを考えていると…
『シヴァ、籠がいっぱいになってしまったわ。あなたが持っている袋に、種類ごとに移してもらえる?』
『…あぁ』
リリアは大きめの浅い籠を持って山に入り、摘んだ薬草をその籠へと入れていたが、シヴァは数枚の布袋を渡され、それを持って山に入っていた。
リリアに言われた通り、薬草の種類ごとにそれぞれ布袋へと入れていく。
『シヴァがいてくれるおかげで、採取に集中していても背中が怖くなることが無いわね。すごく安心するわ』
『…俺に対する信頼など、まだ無いだろう』
『大丈夫。私、人を見る目はあるのよ』
『…』
そう答えると、リリアは鼻歌交じりに薬草を摘んでいく。
シヴァは、昨日会ったばかりの自分にいったい何の信頼があるというのか。自分ならこの段階で人に背中を見せるなどあり得ない。そう思い、リリアへの理解に苦しんだ。野生動物や万が一の山賊などより、今はシヴァこそが自分の脅威になり得るかも知れないのに、リリアは完全にシヴァを信頼して背中を向けている。
シヴァはふと、山の中を見渡した。
木々が生い茂り、薬草だけではなくさまざまな種類の花も咲いている。
木漏れ日も美しく、この場にいるだけで気持ちが落ち着くような感じもした。
…かつてシヴァが住んでいたあの村の裏山にレナードとよく入ったが、あの風景に似ている気がした。あのままesに邪魔されず四人で暮らし続けていたら、自分はレナードの仕事を引き継ぎ、今でもあの村でリリアのように山の中へと入る日々を過ごしていたのだろうか。そう、ぼんやりと考え、すぐにでも、無駄な想像だと目を閉じて打ち消す。
『シヴァ、あなたはいくつなの?』
『…』
『私は十九歳。もう少しで二十歳になるけどね』
『…』
『あ、あなたの年齢を当ててもいい?多分私とあまり変わらないと思うのよね』
『…』
『でも、ものすごく落ち着いているから、私より二~三歳は年上じゃないかなって思っているんだけど、どう?当たっているかしら?』
『…』
リリアが楽しそうにシヴァを振り返る。
どんな些細な会話でも、とても嬉しそうに楽しそうに交わすリリアを見て、面倒だと思いつつも、シヴァはそれを、心の底から嫌だと思っているわけではない自分に気付く。…自分は意外と、人と話すことに抵抗が無いのだろうか…?
『想像に任せる』
『えーそれどういうこと?なんで教えてくれないのよ』
『…』
確かに、見た目はリリアとさほど変わらない年齢に見えるだろう。
だが、実際には自分とリリアには親子ほどの年齢差がある。それは、シヴァが特殊なサイキックという以前に、そもそもサイキックであれば当然の特徴でもあった。
サイキックは、自身の持つPSIの影響を受け、ノーマルよりも寿命が長い。そして、見た目に関しても、それほど老いることが無い。いや、老いるには老いるのだが、そのスピードが異常に遅いということだ。寿命を迎える頃に、ノーマルで言うところの四十代前後くらいの風貌を保っていることが多いのだ。
そして、PSIの能力が高ければ高いほど、見た目の若さも維持されることが多い。
…サイキックという言葉で一括りにしてしまっていいのかどうか分からない、規格外のシヴァにとっては、おそらく寿命も普通のサイキックよりはるかに長いかも知れないし、見た目も命が尽きる瞬間まで今の美貌を保つかも知れない。そう考えると、ノーマルはもちろんのこと、普通のサイキックとの共存も難しい存在のように思える。
『シヴァったら、本当に教えてくれないの?』
『…』
リリアの声に我に返ったシヴァが、しばらく悩んで答えた。
『君の予想通りだ』
『え?本当?それなら、二十二~二十三歳ってこと?』
『そうだな』
『えーどっちなのよ』
『どちらでも構わない』
『もーッ!それってウソってことじゃない!』
むくれるリリアを見て、シヴァは思わず自分の気が緩むのを感じる。
『?』
その感情にまったく覚えが無かったため、それ以上深く考えることはしなかったが、シヴァは、自分が誰かとこんな風に会話を交わす姿など想像もして来なかったため、戸惑いつつも、何となく、新鮮な気持ちが生まれていることを自覚した。
『シヴァは、いつからこうして旅に出る生活をしているの?』
『…』
『家族は心配していない?』
『…』
『それとも…私と同じで独りぼっちなのかしら』
『…』
リリアの声はいつでも明るく弾むような音に聞こえるが、その声が一瞬だけ寂し気に弱くなる。シヴァはチラとそんなリリアの様子を窺ったが、リリアはシヴァに背を向けて薬草を摘んでいたため、表情は分からない。




