#27 依頼
『おはようございます!』
『…おはよう』
眠らないまま夜が明け、裏庭にある水場で朝の身支度をしていると、女性が家から出て来て元気よくシヴァに挨拶をした。それに少々戸惑いながらも、シヴァも返事を返す。
『朝食の準備が出来ているので、どうぞ』
『…』
不要と言ったはずだが…そう言おうとして、せっかく準備をしてくれたのに、食べ物を粗末にするわけにもいかないと考え直し、シヴァはおとなしく女性の後に続いて家の中へと入った。
『いただきます!どうぞ、お口に合うか分かりませんけど召し上がってください』
『…感謝する』
食卓には、焼き立てのパンと彩りの綺麗なサラダ、目玉焼きに焼いたハム、野菜スープにミルク、野菜ジュースまで並んでいる。
…正直、シヴァにはあまりにも量の多い朝食だった。食べきれるか心配になりつつも、もてなしてくれた気持ちに感謝して食べ始める。すると、女性が話しかけてきた。
『あの、お名前をお聞きしてもいいですか?私はリリア・ベルと言います』
『…シヴァだ。シヴァ・フォレスト』
『とても素敵な名前ね。あなたの雰囲気に合っているわ』
『…』
リリア・ベルという名の方がよほど素敵だろう。
まるで、花の名前のように可憐な響きだとシヴァは思った。
『シヴァ、あらためて、昨日はどうもありがとう』
『…別に、俺は何もしていない』
『そんなことないでしょう?ダグの暴力から助けてくれたし、一晩この家を守ってくれたわ』
『…』
『それに、今私に「楽しい朝食の時間」をくれているもの』
『…』
『誰かと一緒に食べる朝食なんて何年ぶりかしら。やっぱり良いわね♪』
『…』
そう言って嬉しそうに笑う女性…リリアを見て、シヴァは気まずそうに視線を外した。
こういう空気は苦手だ。
人と話すことにさえ慣れていないのに、やたらと明るく人懐こい上にお喋りだ。対応に困る…と、シヴァはできるだけ会話が続かないように、黙々と食事を続ける。だが、リリアはシヴァが返事をしなくてもお構いなしに、楽しそうに話を続けた。
『シヴァはこの村に着く前にはどこにいたの?』
『…』
『もしかして、言えないような危険な地域だったのかしら?』
『…なぜそうなる』
『だって、シヴァは「何でも屋さん」でしょ?』
『…』
そう言って楽しそうに笑うリリアに、シヴァはすっかり毒気を抜かれる思いだった。
まず、自分は断じて「何でも屋さん」ではない。それに、返事をしなかったからといって、勝手に想像を膨らまされても困る。
『…俺が仮に「何でも屋さん」だったとして、なぜ危険な地域にいると思う』
『だって、時にはハイリスクな依頼を受けることもあるでしょう?シヴァは何だかそういう大変な仕事も引き受けそうな感じに見えるわ』
『…』
確かに、血に染まったこの手ならどんな仕事も引き受けそうに見えるだろう…シヴァはそう受け止めたが、リリアの解釈は異なっていたようだ。
『だって、シヴァってとても優しそうだわ』
『…』
『どんなに無理なお願いでも、頼まれたら嫌と言えなさそう』
『…』
そう言って笑うリリアを見て、いったい自分の何が分かるというのか。なぜそんな適当な想像で人を判断するのか。そもそも、自分が優しそうに見える?笑えない冗談だ…と、シヴァは複雑な気持ちになる。だが、不思議と、この笑顔は不快ではない。
『ねぇシヴァ、もし良かったら私の仕事を手伝ってもらえないかしら』
『…なんの仕事だ?』
『私ね、薬師をしているの…と言っても、まだ半分は見習いみたいなものだけどね』
『…』
『この村や村の周辺の山々には昔からたくさんの薬草が生えていて、私の他にも薬師として生計を立てている人は多いわ』
『…ライバルが多いということか。大変だな』
『そんなことないわよ?それぞれ得意な薬草が異なったりするので、作る薬も被ったりはしていないから、みんな仲よく、生きていけるだけの収入は得られているの』
『…』
商売に「みんな仲よく」が通用することもあるのか。
シヴァは、自分のイメージからはほど遠い村の状況に妙に感心する。
『薬を求めている人の話を聞いて、もし自分より合う薬を作れる人が他にいれば、その人を紹介したりするの』
『…』
『都会で働く人たちと違って、自分たちのような環境で暮らす人間は生活がそこまで豊かではないから、お互い様の意識で助け合わないとダメなのよ』
『…』
『だから、広い意味では村の人たちはみんな家族みたいなものね』
『…その「家族」に悩まされているのだから始末に負えないな』
何気に言葉を返し、今のは少々嫌みが過ぎたかとシヴァが顔を上げると、リリアがポカンとした顔つきでシヴァを見ていた。
『確かにそうね!』
『…』
『家族なら許してあげるべきかしら?…でも、家族にあんなことするのもおかしいわよね?』
『…』
『うーん、複雑だわ。許せないけど嫌いになるのはよくないのかしら…』
シヴァに言われて初めて気が付いたとでもいうようにテンションを上げたリリアが、真剣にあの男のことを考えぶつぶつと独り言を続けている。
それを見て何とも言えない気持ちになったシヴァが、ぽつりとつぶやいた。
『気にしなくても、あの男はもう何も言っては来ない』
『え?そうなの?』
『…』
『シヴァ、ダグに何か言ってくれたの?…でも、素直に言うことを聞くようなタイプでは…』
『俺はサイキックだ』
『え?』
シヴァは、出来ればこの居心地の悪い空間から早く離れたかった。だからこそ、おそらくこの村は村人全員がノーマルであろうと踏んで、リリアに向かって自分はサイキックだと名乗った。
…田舎に行けば行くほど、ノーマルだけの集落は珍しくない。そういった環境で育った者の中には、生まれてこの方サイキックを見たことが無いという者も稀にいる。
『…シヴァって、サイキックなの?』
『そうだ』
『え?…っていうことは、昨日ダグに何かしたってこと?』
『…君に関する記憶や執着を消した』
『…』
『だからもう、君に関わろうとはして来ないだろう』
『…』
今の話を聞いて怖いと思ってくれればいい。
そもそも、素性の知れない男を一人暮らしの家に上げるなど、不用心にもほどがある。できれば今の話で自分を警戒して、村から出ていくのを願ってほしい。そう、思ったのだが…
『すごい!カッコいい!!』
『…』
『私、サイキックに会うのは初めてよ!』
『…』
『ねぇシヴァ、サイキックってみんなあなたのように綺麗な顔をしているの?』
『…』
『見た瞬間からミステリアスで素敵だなって思っていたのよね!これってサイキック特有のものなのかしら!』
『…』
目をキラキラと輝かせ、さらにテンションを上げたリリアが食い入るように自分を見つめながら、あれこれと質問を投げかけてくる。
…シヴァは完全に失敗したと内心で激しく後悔した。まさか、リリアが自分などにこれほどの関心を示すとは思いもしなかったのだ。
『…何を手伝えばいい』
『え?』
『仕事だ。薬師の知識など俺には無いが…』
『大丈夫よ。シヴァには山に薬草を取りに行く時に一緒に来てほしいの』
『…』
『一人だともし猪や狼に出くわすと怖いし、薬草もあまり大量には持ち帰れないから、用心棒兼薬草運びを手伝ってもらえると、助かるし嬉しいわ』
『…分かった』
話を逸らすためとはいえ、仕事を手伝う羽目になるとは…何だか昨日からペースを崩されてばかりで気が疲れる――
シヴァはそう思い、内心でため息をついたが、実際、疲れるのも無理はない。シヴァはおそらく、人生で初めてと言っていいくらいに、特定の人間との交流を持っている状況だった。この数十年、極力人と関わらないようにしてきた。
これまで、通りすがりの人間や、目的を持って入った店などでのあいさつ、一言二言の短いやり取りであれば経験があるものの、基本、人との会話らしい会話は、かつてトーマスの家を出てからロクにしていなかった。
年齢だけは重ねてきているが、実のところ、人とのコミュニケーションという意味では、シヴァよりリリアの方がよほど、人生経験が豊富で大人の感覚を持っているのかも知れない。




