#25 微光
世間をにぎわせた「ノーマル大量失踪事件」から十年余り――
表向きには失踪者の数は激減し、今ではニュースになることもほとんどない。
だが裏では、騒ぎにならない程度に定期的に人を攫って実験を行っているのだろうとシヴァは考えていた。だが、今さら自分が行動を起こすことに何の意味も感じられず、相変わらず傍観の姿勢を貫きながら、あてもない旅を続けていた。
そんなある日、ふと立ち寄った小さな村。
本来なら長い山道を登らなければ辿り着けないその村に、シヴァは何の苦もなく降り立った。
――シヴァが持つPSIは日々増えていき、日々変化を起こしている。それは、数えきれないサイキックたちのさまざまな能力を一つの体に収め続けていることへの副作用的なものでもあり、esで研究対象にされていた頃に受けた投薬などの影響もあるのかも知れないが、シヴァが扱うPSIは、一般的なサイキックが扱うPSIに比べて自分仕様に作り変えられているものがとても多かった。
この村へとテレポートして来たのも、明確な座標をイメージした訳ではない。
ただぼんやりと、かつて自分が家族と住んでいたあの村の風景を思い浮かべながら移動した結果が、この地だったというだけだ。どれだけ曖昧な移動でも、シヴァなら、座標の問題で起きる事故の可能性はおそらくないのだろう。
『…』
それなりに標高のある山のようだが、風は心地よく、寒さは感じない。
空気もとても澄んでいて気持ちがいい。
のどかな風景も、木の温もりを感じる家々が静かに建ち並ぶ姿も、かつてシヴァたちが住んでいた村を感じさせる、懐かしい匂いがした。
『…』
ふと、村が開けている位置とは反対側の、森の中から声が聞こえる。
シヴァが耳を澄ませると、どうやら男女の言い合いのようだ。姿は見えないが、おそらく森の入り口のすぐそばで話している様子に加え、女性側の声が恐怖と不安の色を含んでいる。シヴァは一瞬ためらったものの、森の方へと歩を進めた。
すると――
『ダグ、何回言ったら分かるの?私はそんな気ないって言ってるでしょう?』
『素直じゃねぇな。別に今誰とも付き合ってねぇんなら俺の彼女になったっていいだろ』
くだらない話だな。
シヴァはそう思ったが、女性側の反応を見るに助けに入った方が良いだろうと思い二人に声を掛けた。
『悪いが、この村に宿はあるか?』
『うるせぇなッ!今大事な話中だ!あっちへ行けッ!』
すぐにでも牙をむく男とは対照的に、女性は助けてほしそうな目で自分を見ている。シヴァはやれやれといった風に、「そこの女性に聞いている」と続けた。
『うるせぇって言ってんのが分から…』
『私の家に泊まれますッ!』
女性が大きな声でそう答えると、隣りの男が「はぁ!?」と怒りの表情をその女性に向けた。
『お前何言ってんだ!見ず知らずの男を泊めるだとッ!?ふざけんなッ!!』
『ふざけてないし、そもそもダグ、あなたの許可なんて必要ないわ』
女性にキッパリそう言い返され、怒りの形相になりながらも、男は舌打ちをしながらその場を去っていく。去り際、シヴァの横を通った時に、これでもかというほどの睨みを利かせてきたが、シヴァには何の効果もない。
『あの、ありがとうございました』
『…俺はただ、宿の有無を聞いただけだ』
『それでも、助かりました』
そう言ってにっこり笑った女性が、 「あ、本当に、今日は私の家に泊って行ってください」と続けたのに、シヴァが答える。
『不要だ。その辺に野宿で構わない』
『それはダメです!この辺りは狼などの野生の生き物もいます。夜は危険です』
『…君の家は本当に宿を営んでいるのか?』
『それは…』
女性の様子を見て、シヴァはそのまま立ち去ろうとする。
すると女性が慌ててシヴァを引き留めた。
『あの、初めて会った方にこんなことを言うのは失礼とは思うんですが…』
『…』
『さっきの、見ましたよね?私、実はずっと困っていて…』
『…』
『何度断っても分かってもらえなくて、でも、同じ村の人間なのであまり大ごとにしてお互いに気まずい思いをしたくなくて…』
『それなら、我慢するしかない』
『…』
『我慢が出来ないなら、行動すればいいだろう。単純な話だ』
『それは、そうなんですけど…』
うつむく女性を見て面倒に感じたシヴァが、せっかく良い雰囲気の村なのに長居をするのは難しそうだと、山道の先に視線を送る。そんなシヴァの姿を見て、行ってしまうのだと感じた女性は、慌ててシヴァに提案した。
『お願いです。あの…私、あなたに仕事を依頼するわ』
『…どういうことだ』
『だってあなたって、何でも屋さん…みたいな人でしょ?』
『…』
女性の予想外の言葉にシヴァが絶句する。
いったい自分のどこを見て「何でも屋」だなどと思うのか。
だが、女性の表情を見る限り、どうやら冗談の類ではなさそうだ。
『あなたみたいに都会的で素敵な人がこんな山奥の村に立ち寄るなんておかしいわ』
『…』
『きっと、旅をしながらたくさんの人を助ける仕事をしているのよ。私には分かる』
『…』
自信ありげに笑ってはいるが、まったく分かってなどいない。
人を助ける仕事?
――これまでいったいどれだけの数の人間を殺してきたのか。
そんな自分に向かって「人助け」など、馬鹿馬鹿しすぎて反論する気も失せる。
『悪いが…』
『お願い!』
『…』
『…本当に、こんなこと他の村人にも相談できなくて…』
『…』
『最近はどんどんエスカレートしているので、怖いんです』
『…』
『報酬は…現金はあまり持っていないのでそんなに多くはお渡しできないのだけれど、三度の食事と寝所は提供します』
『…』
『お願いです。しばらくの間で良いので守ってもらえませんか?』
『…』
笑顔の消えた女性が必死に頼み込んでくる。
シヴァは正直関わりたくないと思ったが、離れた場所からでも先ほどの男の、女性に向けられた粘着質な感情と、自分に向けられた過剰な敵意が無遠慮に伝わってくるのを感じていたこともあり、とりあえず今晩だけでも様子を見てみるかと、この村に留まることを決めた。
『私の家はここです』
出会った場所からほんの五分程度歩くと、女性の家に着いた。
年数は経っていそうだが、手入れの行き届いた綺麗な家だ。
家の周りは花々で囲まれており、庭の裏手には鶏小屋やヤギの小屋、そして、仕事に使うのだろうか、作業小屋まで並んでいる。家そのものはそこまで大きくはないが、必要な物はすべて揃っていそうな、それなりに裕福な家庭に見える。
『どうぞ、入ってください』
『いや、ここでいい』
『え?』
『どうせ一晩だけだ。庭も広い、ここで充分だ』
『一晩だけって…』
女性が不安そうな顔を向けたが、シヴァとしてはあまり人と関わること自体がストレスになる。家の中に入ってしまえば、このお喋りそうな女性に延々付き合わされてしまいそうで、想像するだけで疲れてしまったのだ。
『あの、お食事は…』
『それも不要だ』
『そんな…』
『何かあれば呼べ。敷地内には居る』
『…』
何かを言いたそうな顔で家の中へと入って行った女性。
部屋に電気が灯るのを見て、シヴァはあらためて村全体の風景を見渡した。
陽が落ちかけ薄暗くなりつつある中、まして、この女性の家の庭から眺める風景など村のほんの一部しか見渡せないはずだが、シヴァは単なる肉眼でこの風景を見ていない。クレヤボヤンスを発動し、建物や木々といった障害物も関係なく、村全体の様子を見ていた。
『…』
…先ほどの男の家は、ここから歩いて十分ほどの距離のようだ。
狭い町や村では出会いも限られるだろう。
気になる相手が隣近所の人間になることもある意味当然だ。
だが大前提として、片方が嫌がっているのならその関係性は成立しない。
それが理解できない者とは尚更、一緒にいるべきではない。
『…』
シヴァが見てきたたくさんの村の中でも、この村は特に小規模の集落のようだった。
おそらく、誰かしらが親戚や近しい存在の人間ばかりで、悩みや相談事を客観的に見てくれるような存在も少なそうだ。噂は一瞬で村中に知れ渡るだろう。
…確かに、嫌でも無下には出来ない辛さはあるのかも知れない。
シヴァはそう考え、女性に対して幾分同情も感じたが、それほど小さな村に自分のような人間が長居をすれば、それこそ何を言われるか分からない。
下手に目立ってしまう可能性が高いと考える。
…やはり、明日にはこの村を出よう。そう思いつつ、認識阻害のシールドを張って、柔らかい芝生が敷き詰められた庭にそのまま寝転ぶ。




