#24 残響
そこからさらに十年後――
世間はノーマルの相次ぐ失踪事件で騒がしくなる。
シヴァはこの事件の犯人がesであることに気付いていた。
なぜなら、シヴァが実験体として扱われていた頃にも、地下に存在した実験施設では、どこから連れて来たのか分からないノーマルや身寄りのないサイキックがたくさんいたのだ。彼らと直接話をするような機会は無かったが、時に遠くの部屋から悲鳴が聞こえたり、いつの間にか見なくなってしまった者も一人や二人ではなかった。
当時はまだシヴァも幼く、それの意味するところをそこまで深く理解出来ていた訳ではなかったが、今にして思えば、彼らは自分同様モルモットだったのだろう。
それならば、今回のこの異常な失踪者の数も、esが人知れず攫っている結果なのだろうと推測が出来た。罪もない人間を攫って実験体にするなど、絶対に許されることではない。だが、シヴァは正義の味方気取りでesに乗り込む気にはなれなかった。
もちろん、シヴァの能力であれば、esを再び壊滅状態に陥らせることも可能かも知れない。だが、esもこの三十年遊んでいたわけではないだろう。
以前では考えられなかったような、シヴァに対抗する術を身に着けているかも知れない。命に執着はしていないが、知りもしない他人のために自身を危険に晒す必要もないと、シヴァは世間の賑わいとは反対に、徹底的に関わらないようにしていた。
ただ――
『…ずいぶんと広範囲だな』
失踪事件の起きる地域がどんどん広がっていき、かつてアーサーを預けたトーマス家がある場所の近くまで及んでいた。
…彼らはサイキックだから大丈夫だろう…そう思いつつも、実際には、攫われているのはノーマルだけではないかも知れない…そう考えるシヴァにとって、唯一不安に思う事実だった。
アーサーとは、トーマスの家を出たあの日以来会っていない。
様子を見に行く機会は幾度もあったはずだが、シヴァは彼らとの縁は綺麗に切ったままの方が良いと考えていた。いまだに自分を許せていないシヴァにとって、あの時はなおさら、彼らの幸せな姿を覗き見しに行くということは、とても卑しく往生際の悪い行為だと思えた。
元気でいるなら、アーサーももう三十を超えている。
結婚して家庭を持ち、子どもも生まれているかも知れない。
…自分には、その幸せを見届ける権利は無いと思っていた。だが、esがもし自分を追って、トーマスの家まで調べ上げていたら?そこでもし、自分の代わりにアーサーが攫われるようなことがあったりしたら…
『…』
そんなはずはない――そう思いつつも、シヴァは急に大きな不安に襲われる。
そもそも、この三十年、アーサーは本当にトーマス家で幸せに暮らせていたのだろうか?あの村までやって来てクレアを殺したesが、トーマスの家まではやって来ないと何故言い切れるのか?
『…』
シヴァは、「これが最初で最後だ」と固く心に誓い、瞬時にテレポーテーションでトーマスの家へと飛んだ。
『…』
トーマス一家がかつての家にずっと住み続けているかどうかは分からなかったが、
他に手掛かりも無いため、シヴァは記憶を頼りに、三十年前自分が弟を置いて出た家の近くに座標を定め、移動してきた。周辺の風景もかなり変わり、トーマス一家が住んでいた家はかなり古くなってはいたが、表札には今も「ブラッド」の文字が刻まれている。
『…まだ、住んでいる』
シヴァは安堵し、暫くの間、少し離れた場所から様子をうかがっていた。気配を消し、能力も隠し、万が一にでもトーマスやアーサーに存在を悟られないよう、細心の注意を払う。だが、すぐにでも、自分の行動が滑稽に思えてきた。
いったい自分は何をやっているのか。三十年も気に留めなかったのに、何をいまさらウロチョロと…。らしくない自分の行動に小さな嘲笑を浮かべると、シヴァはその場から立ち去ろうとした…
その時――
『マーカス、走ると危ないぞ』
『お父さん、マーカスは犬が大好きなんだから仕方ないわよ』
『エレナ、お前はお姉ちゃんなんだからちゃんとマーカスと手をつないでくれ』
ちょうど、自分と別れた頃のアーサーと同じくらいの歳の男の子と、その男の子より二~三歳上に見える女の子が、行き交う散歩中の犬の姿を見て楽しそうに笑っている。
そんな、幼い姉弟を連れて歩く男性の姿――あまりにも長い時間会っていないため、面影もほとんどなかったが、見た瞬間、シヴァにはその男性がアーサーだと分かった。…元気そうだ。
――二人の子どもにも恵まれたのか。
『…』
幸せそうで、何よりだ。
そう感じたシヴァは、トーマスの家に入っていく三人を見て、納得したように目を閉じ、瞬時にその場から姿を消した。
一方、esは、三十年前に襲撃されたことを機に、シヴァを追うことを諦めていた。
たった十一歳の少年に、最先端技術と最高峰の頭脳を集めた国内屈指の科学研究所がわずか数時間で壊滅状態に追い込まれたのだ。
もちろん、中には絶対にシヴァを捉えて人類兵器に作り変える、もしくは、それが叶わないのであれば生かしておく必要はないと怒りを露わにする者もいたが、この時点で既にかなりの有望なスタッフたちが命を落としており、esが組織として一丸となって攻撃を仕掛けたところで、シヴァの能力が未知数であることを考えると、これ以上シヴァと関わるのはあまりにも危険な行為だと反対する者の方が圧倒的に多かったのだ。
科学研究所としては、シヴァほど魅力的な研究対象はいないだろう。
だが、子どもの頃既にあれだけの能力を保持していたのだ。
大人になった今はいったいどれほどのサイキックになっているのか――
科学者として純粋に興味を持ちつつも、その多くが自身の命惜しさに諦めるしかないと判断するほど、シヴァがesに与えたダメージは大きすぎたのだった。
この時の「ノーマル大量失踪事件」は、捜査を続けていた警察側に多数の死者が出る事態になり、それが、犯人側からの警告だったことが分かると、あろうことか警察は事件から手を引く判断を下した。
シヴァはこの一連のニュースを呆れた様子で傍観していたが、最初は本気で捜査に取り組んでいた警察が、esに協力を仰いだ際、おそらく「上」とのやり取りで黒幕がesであることを知り、さらに、その事実を隠蔽することに合意したのだろうと考えていた。
シヴァがesにいた頃にも、当たり前のように警察の人間が行き来しているのを何度も目撃している。警察がesの行っている研究のどの部分までを把握しているかは分からない。だが、おそらく上層部に関して言えば随分と前から、警察はesを黒い存在だと理解した上で繋がっている可能性が高い。
…善か悪かは別の話として、こういった巨大な組織が裏でつながることは、時に社会へ良いバランスを与えることもあるとは思うが、今回のように罪のない者、弱い者が一方的に犠牲になるような行為は絶対に許されるべきではない。
シヴァは、自分の中に在る正義感と、本来この世に留まるべきではないと考えながらも、簡単に死ぬことさえ出来ない自分が、社会と表立ってつながることへの違和感の間でずっと葛藤していた。
正直、すべてのことに関りを持ちたくはない。放っておきたい。
自分には関係はないじゃないか。
――そう思う反面、ただ一生懸命生きているだけの善良な人間が犠牲になることへの怒りが、どうしても自分の中から消えてくれない。
…親同然の人間を殺した自分が、何を言っている。
自分には「人を助ける」など崇高な行いは似合わない。
…シヴァは、まっとうに生きることから必死に逃げる言い訳をいつでも頭の中、心の中に用意していた。
自分が陽の当たる場所に出ていくなど許されることではない――無意識にそう、自分で自分を深く暗い湖の底に沈めるように、生きていた。




