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Transmission  作者: 琉風
第二部「継承」

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#23 空白

二十年後――


『へぇ…esの研究が本格的に再開したってよ』

『確か二十年くらい前に、何者かに襲撃されたんだったよな?』

『そうそう。ほとんどの施設が壊滅的なダメージを受けたようだが、中でも特に、研究施設は全滅だったそうじゃないか』

『施設だけじゃないよ。esで働いていた多くの研究員が犠牲になったって』

『だから、まともな研究が出来なくなっていたんだろ?』

『それが、やっと復旧か。あまりにも時間がかかったな』

『まぁ、最初の数年はesそのものが機能していなかったようだけど、その後は主にサイキック能力の研究を行う部門である研究施設以外の部門はちゃんと稼働出来ていたみたいじゃないか』

『結局のところ、俺たち一般庶民には何をしている研究所なのかも、必要性の有無もよく分からないけどな』

『言えてる!』


――とある町の居酒屋で、男数名が話に盛り上がっていた。


話題は、二十年ほど前に壊滅的被害を受けて機能が完全麻痺してしまった、巨大な科学研究組織esの再稼働の話だ。


看板研究である、サイキックの能力に関する研究部門が、この度やっと本格的に再開できる見通しとなったらしい。

esはとても大きな組織で、サイキック研究以外にも、医療科学研究部門や災害対策研究部門、エネルギー研究部門など様々な分野で研究を行っている。

また、防犯・治安技術研究部門では、警察と協力して犯罪対策技術を研究するなど、半公的機関のような役割も担っている、素晴らしい組織だった。そんな善良かつ有益な研究所が、一体誰に、何のために襲撃されたのか――

当時は異常なほどの大騒ぎとなり、連日ニュース番組を賑わせていたものだが、さすがに二十年も時間が経つと、人々の関心は全くと言っていいほど続かずに、再開のニュースを見て初めて「そんな事件もあったな」と思い返すくらいのものであった。




『お客さん、お待ち遠さま』


酒を飲みながら盛り上がっている男たちの大テーブルから少し離れたカウンター席で、一人の男性が食事を摂ろうとしていた。

出された定食を見て、目深にかぶっていたフードを外すと、まるで絹糸のように美しい銀髪に陶器のような色白の肌、ブルーやパープルなど寒色系のアース・アイを持つ中性的な男性の顔が露わになる。店員は一瞬その姿に見惚れて言葉を失ったが、すぐにでも頬を赤くして話しかける。


『お兄さん、見ない顔ですね。最近越してきたんですか?』

『…』

『…それとも旅行かしら?もうこの辺りは見て周りました?』

『…』


目の前で話しかけているのに、視線すら寄越さず完全に無視をされている。

それでも、黙々と食事を続けるその姿さえあまりに美しくて、店員はその男性から目が離せず、他の店員や客に取られる前に何とか自分が会話を交わしたいと、必死になって幾度もこの男性に話しかけた。

だが、まるで店員の存在などないかのように、声も聞こえていないのではないかと思うほどの完全なる拒絶に遭い、顔を真っ赤にしながらカウンターの奥へと下がっていく。




――見た目は二十歳そこそこの風貌ではあるが、シヴァは三十一歳になっていた。


esを壊滅させてから二十年。

シヴァはできる限り人目を避け、誰とも関わらずに生きてきた。

トーマスの家に弟のアーサーを置いて出たあの日、シヴァはテレポートを何度も行いひたすら遠くへ…トーマスの家からも、esからも、できる限り遠く離れた場所を目指して移動し続けた。


ただでさえ、心身ともにボロボロだった十一歳の少年が、度重なる長距離のテレポートで体調を崩さないわけがない。そもそも、その直前には何人ものサイキックの能力や記憶、感情を一気に吸い取ってしまっていたのだから、体も精神も不安定になって当然だった。

本来なら、自分の許容を知った上で、慎重に発動しなければならないPSIである「サイキック・スティール」を、怒りの感情のままに際限なく使ってしまったことへの代償はすぐにでも訪れた。


シヴァは一週間、まともに体を起こすことが出来なかった。

最初の三日間は死んだように眠り続け、起きてからも体を動かすことが出来ず、横になりながらただただ、体の回復を待つばかりだったのだ。

単なる疲労だけではない。頭が割れるような頭痛、体が鉛のように重く感じる酷い倦怠感、吐き気、強い不安感や焦燥感がシヴァを襲う。それを、十一歳の少年がたった一人、親を失った悲しみの中で耐えていた。


人々が行き交う街並みからほんの数メートル入っただけの、森への入り口にある茂みの陰で、こんな状況にありながらも、認識阻害のPSIを発動して自分の存在が誰にも見つからないようにしながら、時折水だけをPSIで手に入れ補給しつつ、何とか回復に至ったのだった。


以来、できるだけ人のいない地域を選んで流浪の旅を続けていたが、最初の二~三年は見た目がまだ子供だったため仕事を探すにも苦労した。だが、少年から青年へと移り変わる頃には、一人きりでも不自然に思われることなく社会に溶け込むことが出来るようになっていく。

…とはいえ、極端に人との接触を嫌がり避けていたシヴァにとって、「社会に溶け込む」という表現が合っているかどうかは定かではないのだが。





『あ、お釣りをお渡しします!』

『不要だ』


食べ終えたシヴァが、代金をカウンターに置いて店を出ようとする。

先ほどの店員が慌てて釣銭を渡そうとするが、それに一言だけ返すとさっさと店を出てしまった。残念そうにその後ろ姿を見送る店員だったが、シヴァに続いて店を出て行った数人のグループに関しては何の気も留めず、仕事へと戻って行った。








『よぉ、ちょっと顔を貸してくれないか?』

『…』


店を出てしばらく歩くと、人けのない通りに入ったところで背後から話しかけられる。店を出てからずっと、後をつけられているのには気付いていた。ただ、相手から何もして来ないのであれば、こちらから仕掛ける必要もないと思って放っておいたのだ。

シヴァが振り返ると、三人の男たちがニヤニヤと笑いながらシヴァを見つめている。見るからに下品で、ガラの悪そうな連中だった。


『店員に声を掛けられてもガン無視とは、お高く止まってんなぁ?』

『あの店員、可愛かったじゃねぇか。俺なら速攻で食いつくけどな。でもま、その顔を持っていればそりゃ、理想も高くはなるか』


言いながら三人でヘラヘラと笑い合っている。こんなくだらない会話で足を止められるのは時間の無駄もいいところだ。

シヴァが無視してそのまま歩こうとすると、「待てよ」と声がする。それにため息を抑えて振り返れば、先ほどよりも少し距離を詰めてきた三人がシヴァを品定めするように見ながら言った。


『金目のものは全部置いて行け』

『…』

『言っておくが、俺たちはサイキックだ』

『…』

『命が惜しかったら、売れそうなものは全部置いていくんだな』

『…』


シヴァは日頃、自身のPSIの数値を悟られないよう、完全に隠している。そのため、低級なサイキックには一見ノーマルに見えてしまうのだろう。

ある程度の能力を持つサイキックであれば、数値を誤魔化していても、隠しきれないオーラに恐怖を感じるものなのだが…


『金目のものなど何も持っていない』

『釣りが要らないくらいの金は持っているんだろう?』

『…』

『もし無いなら、お前自身でも良いぜ?それだけ綺麗なツラをしてりゃ、高く売れるだろうからな』


「そりゃあいい」と笑う男たちを見て、シヴァは面倒だから三人とも消してしまおうかと考えていた。

だが――


『…サイキックと名乗るにはあまりにお粗末な能力に見えるが?』

『何だとッ!?こいつ、ノーマルのクセして何を偉そうにッ!』

『…人にケンカを売るなら、判断を誤らないことだ』

『生意気なッ!酒も飲めねぇようなガキのクセにふざけんじゃねぇッ!!』


シヴァが食事にお酒を頼んでいなかったことを見ていたのだろう。

それにしても、頼まなかったという解釈ではなく、頼めない年齢だとでも思っているのだろうか。だとしたら、シヴァはかなり若く見られているということだ。

――実際には、この三人よりも年上だろうに…


『…忠告はしたからな』

『うるせぇッ!身ぐるみを剝いでお前自身も売ってやるッ!!』


そう言って飛びかかろうとしてきた三人に向けて、シヴァが両手をかざした。まだらな瞳が美しく揺らめきながら光るのを見た三人が、目の前の人物が相当な能力を持つサイキックだと認識したのと同時に、重苦しい圧力に引き寄せられるように自分の中からPSIや生気が抜け出していくのを実感する。


『なッ…なんだこれはッ…』

『く、苦し…やめろッ!』

『ヤバいッ…逃げ…ッ…』


恐怖に慄く三人が心から後悔してももう遅かった。

シヴァは眉一つ動かすことなく、淡々と三人のすべてを吸い取ってしまう。

…跡形もなく消えてなくなったその場に佇み、空を仰いだシヴァが、「…ロクな生き方をしてこなかったんだな」とつぶやいて、再び歩き出した。



――シヴァは、PSIを扱うことに何の抵抗も躊躇いも感じなくなっていた。

守るものも怖いものも何もないシヴァにとって、自分自身を大切にするという概念はとっくの昔に消えている。だからこそ、自分の身にも他人の身にも、いつ何が起きたとしてもどうでも良いと思っていた。

自身が生に対し執着しない分、他人の命に関しても関心がない。それでも、ギリギリのところでシヴァの中に「ルール」が残っていたのは、他でもない、ジュリアンとレナードの言葉のおかげだった。


手当たり次第に他人の命を奪っているように見えるシヴァでも、ノーマルと良識のあるサイキックには絶対に手を出すことはしなかった。シヴァの中でノーマルは力を持たない「弱い存在」という認識であり、そもそも自分の敵になどなり得ないことから、相手にすべきではないと考えていた。

そして、同じサイキックでも、その者が常識的に健全に問題なく社会で生きている対象であれば、仮にケンカや口論になったり、自分とは気が合わない相手だとしてもシヴァはスルーすることが出来ていた。


シヴァがPSIを発動させるのは、自分に危害を加えようとするサイキックか、ノーマルを傷付けようとするサイキックのみに限られていた。かつて、esでいいように研究材料とされていた自分自身と、非力で社会的立場も弱いノーマルの存在を重ねて考えていたのかも知れない。


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