#22 決別
『やぁ、君がシヴァかい?僕はトーマス・ブラッド。君の話はレナードからよく聞いているよ』
『…初めまして』
部屋中を探し、やっとの思いで見つけたレナードの兄の連絡先。
レナードの死はまだ伝えていなかったが、何人で行く…とも伝えずに、シヴァはこの兄に「弟を連れて会いに行く」とだけ告げて、日時を約束していた。
シヴァにとって、「目的地=座標」さえしっかり把握出来れば、一瞬で向かうことができる。兄の家は村からはかなり離れてはいたが、問題は何もなかった。
レナードの兄…トーマスは喜んでシヴァとアーサーを迎え入れてくれたが、
「今日はレナードやクレアは一緒じゃないのかい?」と聞かれて、シヴァが、自分がレナードを殺めてしまったことは伏せて、経緯を話して聞かせた。
みるみる顔色が青くなるトーマスを見て、反射的に「責められる」と身構えたシヴァだったが、トーマスは「君たちは無事だったんだね、良かった」と心から安堵したような声で、シヴァとアーサーを抱き締めたのだ。
あまりの驚きに硬直していたシヴァの頭を優しくなでたトーマスが、言葉を続ける。
『レナードにとって一番大切なのは君やアーサーだったからね。もちろん、クレアのことも大切にしていたから、出来れば守ってやりたかったと思う。でも、君とアーサーが無事なら、きっと彼は天国で満足しているよ』
『…』
トーマスの言葉を聞いて、シヴァは居た堪れなくなり涙をこぼす。
そんなシヴァの姿を見て、この年齢でこんなに辛い目に遭ったのだから、感情が不安定なのも無理はないだろうと、トーマスが再度シヴァを抱き締めようとした時――
『…違うんです』
シヴァは、レナードと中身がそっくりなこの優しく誠実な兄に、自分がした恐ろしい仕打ちを黙っていられなくなる。
いっそ、この兄に自分は殺されるべきかも知れない。…そう考えて、泣きながら洗いざらい、真実を話して聞かせた。
『…』
トーマスは驚いた表情で、言葉も出せずにシヴァの話を聞いていたが、すべてを話し終え、苦しそうに辛そうに、悲しそうに泣くその姿を見て、ひと際優しい声でこう告げた。
『シヴァ、話してくれてありがとう。どれほど勇気のいることか…君は偉いな』
『…あなたはサイキックですか?』
『そうだよ』
『それなら、俺を殺してください』
『…』
『俺みたいな人間は、生きてちゃダメなんだ』
『…』
シヴァは、堪え切れず、堰を切ったように泣き叫んだ。
失うことの辛さは誰よりも知っていたはずなのに。
自分の言葉が届かないもどかしさ、恐怖、絶望――それは、自分が嫌というほど経験してきたことなのに、自分は同じことをレナードにしてしまった。
自分を信じ、愛してくれた人を信じきれず、愛しきれずに死なせたのだ。
もう、すべてがどうでも良かった。消えたい。
シヴァの心にはそれしかなく、出来ればレナードの兄によってそれが叶えられればいいと、本気で思っていた。
だが、トーマスは――
『シヴァ、泣きたいだけ泣くんだ。君はたくさんのことを我慢しすぎた』
『…ッ…』
『君はまだ十一歳の子どもなんだよ。泣いていい。甘えていい。失敗したって良いんだ』
『…でも、人殺しだ』
『レナードは君を恨んではいないよ』
『…』
『今君はレナードのために泣いている。そして、自分のしたことを後悔して苦しんでいる』
『…』
『それなら大丈夫。君は大丈夫だよ』
『…』
なぜ、自分の弟を殺されて、こんなに優しくいられるのか。
シヴァは理解が出来ず、トーマスの顔を見つめた。
トーマスは、以前から機会があるごとにレナードからシヴァの話を聞いていた。シヴァの悲しい過去も、悲劇的に強大すぎるPSIのことも。そして、そんなシヴァのストッパーになりたい、何があってもシヴァを信じて導いてやりたいと、レナードの温かく熱い思いを何度も聞かされていた。
そして、もし…もし、自分に万が一のことがあっても、どうかシヴァを責めず、受け止めてあげてほしいとも。幼い子どもの心と体では到底コントロールしきれないような、強大すぎるPSIの持ち主であるシヴァをどうか見捨てないであげてほしいと。
レナードは、万一の際にはシヴァをトーマスに託すことも考えていたのだった。
『シヴァ、今日からこの家が君とアーサーの家だ』
『…』
『僕の妻、エミリーも賛成してくれるよ。今はちょっと、仕事でいないんだけどね』
『…』
トーマスと同い年の妻、エミリーも、やはりトーマスを通じてレナードの思いを知る一人だった。この夫婦はとても優しく温厚で、レナードに勝るとも劣らない愛情深さと誠実さを持つ人間だった。レナードの死を知れば、自分と同じく、内心では大きく動揺するだろうが、それでもきっと、シヴァのことを受け入れてくれるだろうとトーマスは自信を持っていた。
まして、アーサーはまだ二歳だ。子供のいない自分たちにとって、弟の忘れ形見を自分たちが育てることは当然の義務であり、責任でもあると本気で思っている。
『シヴァ、早速明日にでも一度僕を君たちの家に連れて行ってくれないかい?』
『…』
『レナードとクレアに手を合わせて、村の人たちに挨拶を終えたら、そのまま四人でまたこの家に戻って来よう』
『…』
『そうして、この家で新しく生活を始めるんだ。大丈夫、必要なことのすべては僕に任せておけばいい』
『…』
『君は、何も心配しなくて良いからね』
その日はそのまま夕方まで三人で過ごし、やがて仕事から帰宅したエミリーとも挨拶を交わして、夕食をご馳走になり、お風呂に入って、早い時間にシヴァとアーサーは眠ってしまった。
二人が深く寝入った後、トーマスとエミリーはレナードとクレアのために涙を流し、今後のことを真剣に話し合った上で、シヴァとアーサーを引き取る前提で、明日四人でレナードたちが住んでいた村まで向かうことを再確認した。
だが――
『トーマス!大変よ!これを見て!』
朝早く、エミリーが慌ててトーマスを起こしに来る。
エミリーが差し出したのは、シヴァが書いた置き手紙だった。
手紙には、自分を許し受け入れてくれたことへの感謝と、アーサーを大切に育ててほしいという願いと、村へ連れて行けないことへの謝罪が書かれてあった。
代わりに、住んでいた家の住所と周辺の地図も記され、どうか自分のことは探さないでほしいとも付け加えられている。
『なんてことを…』
トーマスは慌てて飛び起きると、エミリーにアーサーを見ておくように告げ、自分は急いで家の外へと駆け出した。だが、庭の空気には、もうシヴァのPSIの気配はどこにも残っていなかった。
――シヴァが歩いて家を出ていくわけがない。
テレポートでどこまででも飛んでいけるのだから、今更自分が周辺を探しても意味はないだろう。
それでも、トーマスは探さずにはいられなかった。
――おそらく、自殺という最悪のパターンはない。
シヴァほどのサイキックになると、仮に自らを酷く傷つけたとしても、本能が命を守るために治癒系のPSIを始め、様々なPSIが勝手に発動してその身を守ろうとするはずだ。…シヴァのようにハイレベルなサイキックになると、たとえ死にたくても、その権利すら与えてはもらえない。
つまり、ノーマルよりも長いであろうその寿命を、辛い過去を忘れてしまうことも出来ず、死を選ぶことも出来ずに、ただ生きていかなければならない。
まだ幼い少年に、そんな生き方はさせたくない。そう思ったトーマスは、その後何年もシヴァのことを探し続けたが、結局、この時以降、再会を果たすことは出来なかった。




