#20 自壊
『…シヴァ』
エルンストは慌てることなく周囲を見渡した。
危険度が相当に高かったため、精鋭部隊を向かわせたつもりだった。それでも、捕獲に失敗したのか。…母親は?シヴァ一人で来ているのだろうか。いや、母親が居たところで大した脅威ではない。では、強力なシールドで何年もシヴァたちを守っていたという男はどうだろう?気配はしないようだが…
この男も調査報告では攻撃系のPSIは保持していないとのことだった。
それならば、シヴァ一人の可能性が高い。いや、一人でも、es全体で互角に戦えるかどうか怪しいほどの、脅威だ。
『…シヴァ、姿を現せ』
エルンストは冷静に言葉を発した。
応援を呼んではいるが、果たして間に合うだろうか。
『この行為の結果がどうなるか、お前は理解しているはずだ』
その瞬間――
背後に気配を感じたが、振り向くよりも早く、エルンストは理解した。
――遅い。
振り向いた時には、すでにそこにいた。
音もなく現れたシヴァが、エルンストに向かって静かに手をかざす。
次の瞬間、エルンストのPSIと生気が強制的に吸い取られ始めた。
『…ッ!』
初めて、表情が歪む。
制御不能。
遮断不能。
解析する間すら与えられないまま、根こそぎ奪われていく。
『興味深い…が、非効率だ』
それでもなお、エルンストは言葉を紡ぐ。
『その能力は、管理下に置かれるべきだ』
『…』
『お前一人では最適化できない』
『…』
『…停止しろ』
『…』
エルンストの声も全く届いていないという風に、シヴァは容赦なく躊躇なくエルンストのPSIと生気を吸い取っていく。顔色がみるみる蒼白になっていくエルンストは、なおも状況を理解しようとするようにシヴァを見据えていた。次第に声がかすれ、視界が揺らぐ。理解していた。これは「死」ではない――消失だ。
『…なるほど』
かすかな声でそう呟いた直後、エルンストの身体は崩れ落ちることもなく、そのまま存在を失った。人間の魂だけでなく、PSIの源となるコアまで奪うことで、その者はまるでこの世に存在しなかったかのように「無」となってしまう。
シヴァのやり方は、その者の存在を「止める」のではなく、「失くして」しまうことだった。おそらく、最も残酷な殺害方法だろう。
『エ、エルンスト統括研究監ッ…』
悲鳴のような声が聞こえシヴァが振り返ると、研究員の一人が腰を抜かした状態でこちらを見ていた。おそらく、エルンストが消える瞬間を目の当たりにしたのだろう。シヴァはゆっくりとその研究員に近づくと、腰が抜けて逃げられずバタバタと足掻いているその姿に向かって手をかざす。
『ぎゃあッ!や、やめてくれッ!助けてくれーッ!!』
大声で叫んだその言葉を、応援に駆け付けたのであろう多くのサイキックたちが聞く。
――だが、誰一人としてこの研究員を助けようとはしなかった。
能力の高いサイキックであればあるほど、第六感が相手のPSIのレベルを自然と感知する。彼らが誰一人として動こうとしないのは、十一歳の少年のPSIの強大さに恐怖で体が動かなかったからに他ならない。
手を出すことは自らの死を意味する。いや、手を出さなくたって、自分たちはこの場から無事に逃げ出すことができるのか…
誰もが絶望の中でそう感じていたのだ。
『…嫌だッ!死にたくないッ!!』
そう叫んで消えていく研究員を見ていたサイキックの一人が小声でささやいた。
『…「サイキック・スティール」はあんな小さな子どもの体にいつまでも耐えきれるものではない。いずれ限界を迎える、その瞬間に総攻撃をしかける』
この言葉に周りのサイキックたちも頷く。
自分たちに勝ち目があるとすれば、そのタイミングを狙うしかない。
…それまでに何人かは犠牲になるだろうが、その犠牲者の中に自分が入らなければそれで構わない。誰もがそう考えていた。
だが――
『…』
シヴァはこの場に駆け付けていた多くのサイキックたちの息の根を、片っ端から止めていくことになる。吸い取る傍から自分のPSIとして扱うことができるシヴァにとって、既にいくつもの攻撃系のPSIを保持しているため、「サイキック・スティール」で奪うばかりの攻撃ではなく、ただ単に命を奪うだけの攻撃も容易に使えていた。
『ダメだッ!!全棟に向けて非常事態宣言を流せッ!全研究員、全サイキックで対応するしかないッ!!』
『ですがッ…半数以上の研究員は、この地下実験施設の存在を知りませんッ!』
『そんなことを言っている場合かッ!!このままでは死ぬぞッ!一刻も早く…うわッ!!や、やめろッ!!』
『ひぃッ…た、助けてくれッ!!』
『逃げるぞッ…もうやってられるかッ!』
大混乱の中、シヴァは無言で淡々と、片っ端からサイキックたちを攻撃し、その合間合間にこの実験施設自体を跡形もなく破壊していった。
逃げ惑うサイキックたちを一人も残さず追いかけて息の根を止め、対象が居なくなると、今度は上の階へと進んでいく。あまりに大きすぎるショックを受けたシヴァの心は、壊れかけていた。
善悪の判断や加減の有無、そして、自分の行いがその後どのような影響を及ぼすかなど、今のシヴァには一切意味がなく、必要性も感じない。ただ、すべきことはesの壊滅。自分や自分の両親がこんなにも辛い目に遭わされた…自分がレナードを殺めてしまった原因でさえ、すべてがesのせいだと、シヴァの頭の中には今、その事実しか浮かんでいない。
『キャアッ!』
『な、なんだお前は…うわぁッ!』
シヴァは見る物すべてを破壊し、出会う者すべての命を奪いながら進んでいく。
時に「サイキック・スティール」で無残にも能力を吸い取り、時に鋭い閃光一つで呆気なく死に至らしめた。倒れ込んだ亡骸を踏みつけ越えていきながら、逃げ惑う罪のない、esの裏の顔を知らない研究員たちの命さえも奪っていく。
『…』
すべてを壊していかなければ、自分が壊れてしまいそうだった。
いや、今でも充分に壊れているのかも知れないが、この苦しみや悲しみ、自分への怒りのやり場をどこかに求めなければ、自分はもう、正気を保っていられないだろう。
辛い、怖い、寂しい――
自分を愛してくれていた人たちがすべていなくなってしまった。
しかも、血の繋がりも無いのに、あれほどまでに自分に寄り添い、守ってくれていた
レナードさえ信じることが出来ず、我を失いその命を奪ってしまった。
自分にはもう、誰もいない。
愛してくれる者も、信じてくれる者も、守ってくれる者も、誰も、いないのだ。
…自分の手で、壊してしまった。そもそも、自分さえいなければ父親が死ぬことも、
母親が死ぬことも無かった。そして、自分さえいなければ、レナードが殺されることも無かったのに…
『…』
シヴァは自分の内に襲い来るあらゆる負の感情に囚われていた。
すべての不幸の元凶が自分であることに耐えられず、それを紛らわすように手当たり次第に研究員たちの命を奪っていく。
吸い取るPSIの限界に時折意識が飛びそうになる。
心臓が苦しい。辛い。消えてしまいたい――
気付けばシヴァは、実験施設のある研究棟はすべて破壊。また、他の棟でもすぐには研究などの再開が困難なほどに、人も物も壊していった。




