#15 抑制
『お母さんただいま!』
『シヴァ、お帰りなさい。楽しかった?』
『うん!』
朝早くに出かけ、午前中は町の中を色々と散策しながら買い物を済ませ、お昼ご飯を食べてから二人は村へと戻って来た。
陽が暮れるまでにはまだまだ時間があるが、それでも、シヴァにとっては楽しくて充実した時間になったようだ。
珍しく興奮気味にクレアにあれこれと自分が見聞きしたもの、体験してきたことを語って聞かせるシヴァを見て、クレアはレナードにシヴァを託して連れて行かせたのは
正解だったと嬉しくなる。だが、レナードは内心、帰り道に起きたとある出来事によって、心配や不安を募らせることになった。
『お母さんへのお土産にクッキーを買って来たんだけど、あとね、他にミートパイも買って来たんだよ』
『ありがとう』
『ミートパイはお母さんが作るのもとても美味しいけど、町で売っていたミートパイは食べたことがない不思議な味がして美味しかったから、お母さんの分も買ってきたんだ』
『それなら、夕食のときに戴こうかしら』
『うん。それとね、レナードに本を三冊買ってもらった』
『良かったわね。ちょうど最後の一冊を読み終えてしまっていたものね』
こうしてこの場面だけを切り取ってみれば、シヴァは他の子と何ら変わらない十歳の男の子だ。だが、この先本当に「普通の人間」として平和に幸せに生きていくことができるのか…レナードは、家まであと三十分ほどのところまで来た山道の途中で起きた出来事を思い出していた。
『シヴァ、足は疲れていないかい?』
『大丈夫だよ』
『そうか。あと三十分ほど歩けば家に着く。ちょっとここで水分補給をしていこう』
レナードはそう言って、道端に寄ってシヴァを大きな切り株に座らせて、持っていた水筒を渡す。中には町で購入したハーブ水が入っていた。自分たちの家の庭でもハーブ類はたくさん育てていたが、見たことのないハーブでとても美味しいハーブ水を作っているお店を見つけ、すぐに飲めるハーブ水だけでなく、庭で育てるためにそのハーブの苗もいくつか購入してきた。
シヴァがそれを美味しそうに飲んでいる時、道の町方向からでも村方向からでもない、山の中から三人の成人男性が表れた。
強面ぞろいで皆体格もよく、服装はお世辞にも身綺麗とは言えない…いわば「山賊」のような風貌だった。瞬時にレナードは危険だなと判断し、シヴァに立つよう促す。
『…シヴァ、行こうか』
『…うん』
シヴァも三人の男たちに嫌な印象を抱いたのだろう。
警戒しながらレナードの隣りにピッタリとくっついた状態で道を急ごうとする。
その瞬間、一人の男が話しかけてきた。
『町に行って来たのか?』
『…そうだね。急いでいるので失礼するよ』
『たくさん買ってきたみたいじゃねぇか』
『…』
『食い物はあるか?それと飲み物も、日用品も、貴重品も、金も』
『…』
『持っているものはすべて置いていった方が身のためだぞ?』
『…』
レナードが持つPSIは、主に外部からの干渉や感知を妨害するシールドを張る能力であり、目の前にいる敵からの攻撃をかわす為のシールドが張れる訳ではない。
このままでは大ケガ…最悪の場合は命の危険も考えなければならない状況だ。…レナードがそう緊張したと同時に、シヴァの体から重苦しい圧を感じ、レナードは慌ててシヴァを見た。すると、まるで目に見えるかのようにピリピリとしたオーラを全身に纏ったシヴァが怖い顔をして三人の男たちを見つめていた。
『おいおい、生意気なガキだな。お前の子か?』
『そうだが。済まないね、失礼にならないよう、もう行くとするよ』
『ふざけんな。荷物はすべて置いて行けと言っているだろう?』
なるべく穏便に済ませたいレナードと、おそらくこのまま黙って通してはくれなさそうな三人。そして、そんな三人を、十歳とは到底思えないような鋭いまなざしで見つめるシヴァ…
『おいお前、このクソ生意気なガキも置いて行け』
『何を言っている』
『生意気だが綺麗な顔をしてるからな。売ればそれなりの金になるだろう』
『…シヴァ、行こう』
聞くに堪えない男たちの言葉など無視して、レナードはシヴァの肩を引き寄せその場を去ろうとした。だが、「置いていけと言ってるだろッ!」と怒鳴りながら、持っていたリュックを思いきり引っ張られる。その勢いでレナードがバランスを崩し倒れそうになったのを支えたシヴァの瞳が、瞬時にダイヤモンドダストのような煌めきを放つ。
『なんだ、お前らもサイキックだったのか。だが、俺らに勝とうなんて思わねぇ方が良い…』
男が言い終える前に、シヴァの全身からぶわりと、背筋が凍るような強大なPSIが溢れ出した。まだ何かしらの攻撃を仕掛けた訳ではない。だが、たった十歳のこの体から、これと言った攻撃がなされる前の段階で、大人でも恐怖を感じるようなレベルのPSIが発動されている。
――実際に、三人の男たちを見ると、一人は呆気に取られた様子に見えるが、あとの二人は明らかに驚き、動揺し、警戒している。このままでは、シヴァが能力を使ってしまう。おそらく使用するのは「サイキック・スティール」になるだろう。そうなると、この三人のPSIは吸い取られてしまうだろうし、シヴァの中でイメージが最悪なのだから、もしかすると命まで吸い取られかねない。
…別にこの三人の男がどうなろうと知ったことではないが、出来ればシヴァにこれ以上人の能力や命を奪うようなマネはさせたくなかった。
レナードは咄嗟にシヴァに向かってささやく。
『…シヴァ、ここで訓練をしてみよう』
『…』
『今この場から、僕も連れて村まで飛べるかい?』
『…飛べる』
『やはりシヴァはすごいな。では、二人で村まで移動するとしようじゃないか』
『…』
一瞬不服そうな表情を浮かべたシヴァだったが、次の瞬間にはレナードの手を握ってその場から姿を消した。
『テレポーテーションが使えたのか。クソッ!』
悔しがる男たちの声も聞くか否か――
気付けばレナードはシヴァと二人、村の入り口に立っていたのだ。
レナードは、自分がこの二年、シヴァのPSIのコントロールに関して取り組んで来たことが無意味だったのではという虚無感に襲われていた。
シヴァはあまり喜怒哀楽をハッキリ表現する子ではないが、外部から与えられる刺激――特に、怒りや不安といった感情にはとても敏感で攻撃的になる。
…そうなるように育ってしまった経緯を思えば仕方のない部分もあるが、もともと持っているPSIの能力の大きさを考えると、並大抵の自制心ではコントロールは不可能だろう。まして、人のPSIを奪ってしまう危険な能力を持つ者としては、今のままではまっとうに生きていける気がしない。
レナードは、たとえ自分が嫌われてしまったとしても、そして、シヴァを傷付けるようなことになったとしても、今後はもっと厳しく、深刻に事態を受け止めて接していかなければ、最終的にこの子のためにならないと覚悟を決めた。




