#12 庇護
『シヴァ、悪いけどこのミルク、アーサーに飲ませてもらえる?』
『良いよ』
そんな生活が一年ほど続いた頃、クレアは自分が精神的にレナードを頼っている事実に気が付く。
――レナードは自分だけでなく、シヴァにもとても優しく接してくれていた。押し付けがましくはなく、かと言って放任し過ぎることもなく、適度な距離を保ちながら、何より、シヴァの気持ちやペースを大切にして接してくれていた。
その影響もあってか、シヴァはより表情が豊かになり、口数も増えていった。懐いているとまでは言えなかったが、それでも、レナードにある程度の信頼を置いている様子は見ていて伝わってきていたのだ。
一方で、レナードもまた、クレアとシヴァを自分の手で守ってやりたいと深く思うようになっていた。まだ若いのに夫と死に別れ、たった一人で心に傷を負った子どもを
育てているクレア。そして、そんな母親を幼いながらに支えようと必死に生きているシヴァ。二人ともとても健気で一生懸命で、許されるならそんな二人を自分が幸せにしてあげられたら…と、レナードの思いは日に日に強くなっていった。
『クレア、ポトフを作るならグラハムパンが合うよ。今日焼き立てをもらったんだ』
『あら、ちょうど良いわね。レナードが並べてくれる?』
『任せてくれ』
ある日、意を決してクレアに結婚を申し込んだレナード。
クレアは喜んで涙を流したが、それでも、結婚は出来ないとレナードに告げた。
自分とシヴァを守って亡くなったジュリアンが、自分にとって永遠に夫であるべきだとクレアは思っていた。だが、レナードと一緒に生きていきたいと思う気持ちも本当なのだと。我がままで申し訳ないと泣くクレアに、レナードは「それならば、形にとらわれず、自分たちらしい人生を一緒に生きていこう」と改めて告白をした。
何があっても自分が二人を守ると言ってくれたレナードに、クレアはその時に初めて、自分たちとesとの関係性や、シヴァがどんな目に遭っていたのかをレナードに打ち明けた。レナードは最初驚いた様子でクレアの話を聞いていたが、最後には涙ぐみながら、クレアをしっかりと抱きしめて「もう大丈夫だからね」と繰り返し言葉をかけてくれた。続いて、シヴァのことも力いっぱい抱きしめて、「三人で幸せになろう」と力強く、愛情のこもった声で伝えてくれた。
『お母さん、アーサーが寝ちゃったんだけど』
『お腹いっぱいになって眠くなっちゃったのね。ベッドへ寝かせるわ。シヴァ、あり
がとうね』
『うん』
家族になろうと誓った日から四年ほど――
一年前には二人の間にできたアーサーも生まれ、シヴァは弟を持つお兄ちゃんとなり、四人で平和に幸せな日々を送っている。
だが、この平和も、レナードのPSIによるものが大きく影響しているかも知れない。
レナードは、クレアからesの話を聞いたその日のうちに、クレアとシヴァが住む家の周辺を強いシールドで覆った。レナードもサイキックだったが、扱えるPSIは防御系で、一定範囲の空間を守護領域として展開する能力だった。シールドを張った領域内では外部からのPSI観測や感知が妨害され、攻撃の干渉も大きく弱められる。主に対象を守り、存在を隠すことに特化した防御能力だった。
レナードが扱えるPSIはこの能力一つのみではあったが、シールドの威力はかなり強く、これによってこの四年間、クレアとシヴァ、そして今ではレナード自身やアーサーにおいても、esを始め悪意のある外部からの干渉を一切受けることなく生活をすることが出来ていた。
『お母さん、俺のお皿にはジャガイモを多めに入れてね』
『はいはい、分かってるわ。シヴァはジャガイモが好きだものね』
『ポトフに入っているジャガイモが一番好きなんだ』
『ふふッ…ジャガイモでお腹が膨れないように、レナードが貰ってきてくれたグラハムパンも食べるのよ?』
『分かってるよ』
そう言って笑うシヴァを見て、クレアはこれまでにないほどの幸せを感じていた。
――突出しすぎたPSI、高すぎるIQ――
なぜ三つのPSIを持って生まれてきたのかは誰にも分からない。だが、強大すぎるPSIは父親譲りなのだろう。人には言いたがらなかったが、ジュリアンのPSIの数値は人並外れたものだった。とても知的で賢くもあったから、IQも父親譲りなのだと思う。
…そんなシヴァが、いくら当時三歳だったとはいえ、やはり、すべてを忘れる訳など無いのだ。それどころか、シヴァは自分が一年間何をされていたのか、周りにいる大人たちが何を話し、自分をどんな目で見ていたのかも全て覚えていた。
単なるデータ取りだけではなく、まして、健全な教育プログラムが施されるわけなどなく、時に激しい暴言や暴力、恫喝、脅し、放置、不安や怒りの煽り…そういったことはすべて、保育棟へと帰される前に、特定のサイキックによって記憶を消去されたりケガなどを治されていたようだが、シヴァは実際には一つも記憶を奪われてなどいなかった。
規格外と言われる所以なのか、研究員たちが上手く誤魔化せていると思っていたことが、実は何一つ思うように行っていなかったということになる。
ジュリアンの死後、シヴァがクレアの元に帰れなくなったタイミングからは、あろうことか、得体の知れない薬剤を注射されることもあるようだった。
さすがに、その薬液がどういった成分のものなのかまではシヴァも分からないため、今後シヴァの体に悪影響が出ないことを祈るしかないが、シヴァは、すべてを理解し、また、その気になれば逃げることも出来たかも知れないのに、ジュリアンとの約束を守るため、必死に自分を押し殺して我慢をしていたのだった。
「お前がその力を使うのは、自分と、そして、お母さんを守る時だけにしなさい」
「お母さんを守ってあげてほしい」
…この言葉を思い出して、クレアを守る時まではできる限り力を使わないよう、また、自分の本来の能力を研究員たちに悟られないよう、振る舞っていたようだ。
いくら知能が高いと言っても、三歳の幼子がそんなことを考えて動けるものなのか。
クレアは、我が子ながら畏怖の念を感じずにはいられず、それと同時に、我が子がこれほどまでに苦しんでいる間、何も出来ずにいた自分を呪って、その日はシヴァが
眠りについた後、朝までずっと、泣いていた。




