#10 覚醒
『…シヴァに会わせてもらえるの?』
『えぇ、今日はシヴァの誕生日でしょう?こんな日くらいは会わせてあげるわ。まぁ、親子でゆっくり誕生日を祝うなんてことは出来ないけれどね』
シヴァの四歳の誕生日当日。
思いがけず、ホルトからそう提案があった。
日々挫けそうになっていたクレアにとって、これ以上にない嬉しいサプライズだ。
本当なら親子でゆっくり時間を過ごしたい思いでいっぱいだったが、この際、直接目の前で顔が見られるならそれで構わない。
――あまりにも当たり前のことを取り上げられすぎたせいで、クレアは幾分、親子関係において感覚が麻痺してしまっているようだ。
ホルトに連れられるまま、シヴァがいる実験室前までやって来た。
部屋の中にいるシヴァもすぐに母親の存在を察知し、ドアの向こうを静かに眺めている。それを、隣接する観測室でモニタリングしていた研究員たちは、「やはり、目には見えなくても、この被験体は外にいる存在を明確に察知している」と確信した。
『さぁ、それじゃあ早速、中に入りましょう』
『…』
ホルトに促されて、クレアはドアを開け、シヴァのいる部屋の中へと進む。
毎日毎日会いたくて堪らなかった、愛しい我が子が目の前にいる。
――クレアは一瞬で溢れ出した涙を拭いもせず、「シヴァ!」と名を叫びながら走り寄ろうとした。
その瞬間――
『何をするのッ!?』
『被験体に触れて良いとは言っていない』
『離してッ!』
クレアを二人の研究員が取り押さえる。
その様子を、シヴァは相変わらず、感情の乏しい表情でジッと見つめていた。
その姿を見たホルトが「本当に面白い子ね。試し甲斐があるわ」と笑ってつぶやく。
『さぁ、シヴァ、あなたに提案があるの』
『…』
ホルトが楽し気に声をあげる。
『あなたの能力が規格外であることはこの一年で嫌というほど分かった。残されたデータには、これまで一度もあり得なかった異常な数値ばかりが並んでいるわ』
『…』
『ただ、どれほど強大なPSIを持っていても、それを自発的に扱えない者には価値がないのよ』
『…』
ホルトの言葉にクレアが怒り、叫ぶ。
『何を言っているのッ!?この子はまだ四歳になったばかりなのよ!?だいたい、そんなもので人の価値など測れないわッ!』
『黙れッ!お前やお前の夫など、一つのPSIしか扱えないような者は更に無価値だ!特にお前のように、たった一つのPSIすら弱い数値の者などはな!』
『…』
クレアは怒りと悲しみで涙が止まらなかった。
――自分は何を言われても構わない。だが、隠していただけで、あれほど強大なPSIの持ち主だった夫・ジュリアン。…PSIを隠していた理由さえジュリアンらしく、人への尊厳と愛情を感じて、クレアは心から誇りに思っていた。
そんな立派な夫と、わずか四歳で過酷な運命を負わされた息子への心ない暴言。クレアは我慢の限界に達し、その瞳を赤く光らせる。
『無駄だ。お前ごときが放つPSIの威力など、この場で通用するはずがないだろう』
ホルトの目が黄色く光ったかと思うと、クレアが苦し気に声を出し、その場に崩れ落ちる。
『心配するな。フォレストのように死なせることはしない。ただ、少しおとなしくしてもらうだけだ』
『…ッ…』
ホルトの持つPSIは二種類あった。
そのうちの一つは、ジュリアンを死に至らしめた殺傷能力の高いPSI。そして、今クレアに放ったPSIは、神経や筋肉に働きかけるという意味ではもう一つのPSIと似たようなPSIだが、どちらかというと体の自由を奪う「拘束・制御」を目的とした系統のPSIだ。
『シヴァ、今あなたの母親が 「あなたのせいで」苦しんでいるわ』
『違うッ!シヴァのせいじゃないッ!』
『うるさいッ!お前は黙っていろッ!』
『ッ!』
傷がついたり流血があったり、そういった目に見える変化は無いものの、ホルトの瞳が光るたび、クレアの顔に苦痛の色がにじむ。
『シヴァ、今からあなたにPSIを発動してもらいたいの。指定されたPSIを私の指示通りに発動するのよ?上手くできなければ、お母さんがもっと苦しむことになるわ』
『…』
シヴァは相変わらず何も言わず、静かにクレアを見つめている。
心配しているのか、怖いのか、怒っているのか、まったく感情が読めない。たった四歳でこの雰囲気を醸すシヴァを見て、ホルトは内心不気味さを感じていた。
『お母さんのこと好きでしょう?それなら、お母さんを守るために言うことを聞かないと、お母さんまでお父さんのようにいなくなっちゃうかも知れないわよ?』
『もうやめてッ!』
ホルトの言葉にクレアが叫ぶ。
シヴァはずっと、ただ黙ってこの様子を見つめていたが、ホルトに向かって不意に口を開く。
『…言うことを聞いたら、お母さんに何もしない?』
『もちろんよ。あなたはお母さんを守るために、私の言うことを聞けば良いの』
ホルトが嬉しそうに笑いながらそう答え、シヴァに「そこからあの場所までテレポートができるかしら?」と尋ねる。
今、シヴァは部屋の中央に置かれたイスに座らされている。
その場所から部屋の隅へと、非常に短距離ではあるが、飛んで見せろと言うのだ。
幼い子どもでも、この程度の近距離であれば、自分がテレポートをするという意味を理解し、移動先の座標をしっかりイメージできる場合に限り成功する確率は高い。まして、シヴァのように、実年齢よりも知識や理解力が上を行く子どもの場合、確率はより上がるだろう。
『…あの場所まで飛べたら、お母さんのことを放してくれる?』
『えぇ、約束するわ』
『…』
ホルトの言葉を聞いて、シヴァは静かに立ち上がる。
これまで、実験の過程で「サイキック・スティール」や「サイコメトリー」の発動は何度か成功させていた。
シヴァにその力を使わせるため、esに攫われてきた身元不明のサイキックたちのPSIを僅かながらでも吸い取らせたり、意図的に仕掛けた物や場所に対し情報を読み取らせるなど、回数を重ねるごとに精度が上がる様子を見てきた。
だが、テレポーテーションは、事故を起こす可能性が高かったこと、また、成功するとして、シヴァの能力の高さであれば、シールドを破って母親の元へ飛んでしまう可能性もあったため、これまで敢えて使わせないようにして来たのだ。
だが、母親が目の前にいれば、それも問題ではないだろう。ホルトはそう考え、敢えてここでシヴァに残りのPSIを使わせる決断をした。
『さぁ、しっかりイメージして。お母さんのためにも移動してごらんなさい』
ホルトに言われ、シヴァが部屋の隅をジッと見つめる。
母親のため、自分に言われるがまま三つ目のPSIを発動しようとしている。ついに、この規格外のサイキックをesの兵器として扱える、その第一歩の日がついに来たと、ホルトは興奮を抑えきれなかった。
――シュンッ――
不意にシヴァの姿が消える。
「おぉ」と、クレアを取り押さえていた研究員二人も声を上げた。
きっと、すぐにでもあの隅の場所に姿を現すに違いない。
そう思ったホルトのすぐ目の前――
『ッ!!なッ…』
『…』
シヴァが姿を現すはずだった部屋の隅を見つめていたホルトの目の前、ぶつかるか否かのギリギリの距離に、突然シヴァが表れる。ホルトが驚いたのも束の間、シヴァの寒色系に光る「まだら」の瞳が、まるでダイヤモンドダストのように煌めき出した、その瞬間――周囲に耐えがたいほどの圧が巻き起こる。
『うわッ…』
『何だこれは!』
重すぎる圧に動揺し、二人の研究員が動けないそのすぐ横で、ホルトは顔面蒼白になりながら目の前のシヴァを見ていた。
『は…離れなさい』
『俺は、お母さんを守る』
『離れろッ!!』
『…』
怯えるホルトを見据えたシヴァの瞳が一層鋭く、冷たい輝きを帯びていく。
――と、同時に…
『あ、なッ…やめろッ!!!』
『…』
『やめてくれッ!』
シヴァの瞳の輝きが増すほど、ホルトが苦しそうに体をねじらせ、顔からは生気が失われていく。
『…こ、これは…』
二人の研究員が恐怖で動けず、ただ見つめるしか出来ない状況の中、ホルトの顔は見る見る苦しみに歪んでいき、そのまま跡形もなく、消え去ってしまった。
『シヴァッ!』
その様子を研究員と同じく呆然と見つめていたクレアが我に返り、シヴァを抱きしめる。
――この子はおそらく今、ホルトのPSIと寿命を吸い取ってしまったのだろう。テレポートで目指すべき座標を、最初からホルトに設定していたのかも知れない。それも、こうすることが目的で。
『…』
我が子に、こんな恐ろしい選択をさせることになるだなんて。
クレアは恐怖と悲しみに崩れそうになったが、ここでジュリアンの最後の言葉を思い出す。
――私はシヴァを守らなければ。esから逃げ出さなければ。今このチャンスを活かせなければ、ジュリアンの命を無駄にしてしまったあの時のように、状況は何も変わらない。いや、こうなった以上、これまでのようにさえ暮らすことは出来ないだろう。
逃げなければ。
今度こそ、自分がこの子を守らなければ。
クレアの瞳が赤く染まったとたん、目の前にいる二人の研究員が炎に包まれる。
『うわぁッ!!』
『た、助けてくれッ!!』
怒りに任せて二人を燃やした後、クレアは応援に駆け付けたその他の研究員たちの前に豪快な火柱を数本立ち上がらせ、自分たちに近寄らせないようガードする。そしてシヴァに、
『シールドを破ってesの外へテレポートできる?…いえ、やるのよ。お母さんとここを出るの。それが、お父さんの願いよ』
必死にシヴァの目を見つめてそう力強く伝える。
シヴァはこくりと小さく頷くと、クレアの手をギュッと握って、瞬時にこの場から姿を消した。




