#09 兵器
――時は過ぎ、間もなくシヴァは四歳の誕生日を迎えようとしていた。
結局ジュリアンは「入院」から五か月後、治療の甲斐なく死亡と発表される。
esは尤もらしく、クレアに数日の忌引き休暇を与えた。とっくに亡くなっていて骨となっていたジュリアンに、一体何をしてやれるのかとクレアは腹立たしく思うばかりであったが、シヴァの身の安全を考えれば、esの思惑通りに動くしかない。
喪服に身を包み、喪に服し、自分の部屋では一日中、ジュリアンを想い、シヴァを案じて、泣いて過ごした数日間だった。
そこからさらに二か月…
実は、esは月に一度は、モニター越しではあったがクレアにシヴァの様子を見せていた。おそらく、シヴァが本当に生きていることを証明すること、そして、あまりにも引き離されすぎて、クレアが精神的に不安定になり、周囲に余計なことを口走ってしまうことを危惧したこと、あとは、シヴァの精神の安定のためにも、クレアを定期的にシヴァの近くにまで来させることが好ましいと判断したからだろう。
直接会えなくても、シヴァほどの能力の持ち主であれば、最愛の母親が自分の近くに存在しているという気配を感じ取ることができる。その効果を狙ったものだろうが、理由が何であれ、我が子の姿を目にできることは、クレアにとって今自分が生きる唯一の意味となっていた。
だが、突出した能力の持ち主とはいえ、所詮まだ三歳の幼子であるシヴァにとって、母親と引き離される時間がこれほど長くなることは、精神の成長においては決して良いこととは言えない。ただでさえ感情の起伏に乏しく、おとなしく、人見知りもあるシヴァに、本来一番傍にいるべき母親が寄り添っていない――これは、人格形成においてはあまりにも過酷な環境と言えた。
シヴァが教育プログラムの名目で拘束されるようになってから、まもなく一年が経とうとしていた。
研究棟地下の観測室――
薄暗い室内に、いくつものモニターの光だけが浮かび上がっていた。
その中央に設置された長いテーブルの上には、分厚いデータファイルと観測記録が並べられている。一人の研究員が端末を操作すると、モニターにグラフが表示された。
『被験体の観測データが一年分そろいました』
低い声で報告が始まる。
『怒り刺激、恐怖刺激、孤立環境下での反応など…すべて想定以上の結果です』
別の研究員が資料をめくりながら続けた。
『出力の平均値は?』
『900前後で安定しています。最大出力は2300を記録しました』
その数値を聞いた数名の研究員が、わずかに眉を動かす。
『…三歳児とは思えない数値だな』
静かなざわめきが観測室に広がった。
モニターには、無機質な実験室の中央に座らされているシヴァの姿が映っている。
『しかも出力上昇の速度が異常です』
『刺激に対する反応時間は0.3秒台まで短縮しています』
グラフの線が鋭く跳ね上がる。
『条件さえ整えば、瞬時に高出力のPSIを発動できるということか』
『はい』
だが、一人の研究員が腕を組みながら言った。
『…しかし、問題もある』
『意思発動の安定性ですね』
『あぁ』
モニターに映る幼い背中を見ながら、その研究員は淡々と続ける。
『怒りや恐怖といった感情刺激には強く反応するが、自発的な発動は極端に少ない』
『兵器として運用するには致命的だな』
誰かがつぶやく。
『命令に応じて力を使わせる必要がありますから』
観測室の奥に立っていたホルトが、ゆっくりとモニターへ歩み寄った。
しばらく黙ってシヴァの姿を見つめたあと、静かに言う。
『つまり――次の段階に進む必要がある』
研究員たちの視線が一斉にホルトへ向いた。
『感情刺激ではなく、意思による発動』
『具体的には?』
『守る対象を与える』
一瞬、室内が静まり返る。
『守るために力を使わせる。その状況を我々が作る。そして、その発動を観測する』
ホルトはモニターの前で立ち止まり、小さく微笑んだ。
『最終的には、命令だけで発動できるようにする』
一人の研究員が続ける。
『…人類兵器の完成形、というわけですね』
『そういうこと』
ホルトは資料を閉じ、振り返った。
『この子の能力は、人類が手に入れるにはあまりにも都合が良すぎるわね』
そして、もう一度モニターの中の幼い姿を見つめた。
『それに――』
わずかに目を細める。
『あの子は、自分で世界を壊すことになるかもしれないわ』
観測室に、短い沈黙が落ちる。
『準備を進めなさい』
ホルトの声が静かに響いた。
『次の段階に入る。被験体の兵器化プログラムを開始するわ』
『はッ!』
ホルトの言葉に周囲の研究員たちが短く言葉を返し、それぞれに適切な役割へと散っていった。
――ESP OUTPUT:487――
モニターの数値がゆっくりと上昇する。
観測室の空気がわずかに張り詰めた。
その瞬間、モニターの端で別の警告ランプが点滅し、ピッ、という電子音が観測室に響く。
――実験室にいるシヴァは、ただ静かに座っている。
だが――
「キィ…」
観測室のガラス窓が、わずかに軋んだ。
圧力変化も検知される。…空間圧だ。
それに同調するかのように、シヴァの周りの空気がわずかに歪む。
床に置かれていた金属器具が、カタ…と震えた。
その時、モニターのグラフがもう一度跳ね上がる。
――ESP OUTPUT:602――
シヴァは、動かずに座ったまま。
だが、明らかに、シヴァから発動しているPSIの数値を、モニター類が感知している。新たな実験に向けての準備に慌てている研究員たちも、部屋を出て行ってしまったホルトも気付いていない。
ただ、まだ何もされてはいないのに、物事を感知し、それに反応しておそらく無意識にPSIを発動しているであろうこの幼子の行く末は、恐ろしいものになる予感がした。




