#07 喪失
『見つけたぞッ!』
サイキックの集団であるこの研究所には、ジュリアン以外にもクレヤボヤンスのPSIを持つ者はたくさんいる。そして、テレポーターもまた、数えきれないほどいるのだ。あっという間に周囲を囲まれてしまったジュリアン、クレア、シヴァの三人。
隙を探すジュリアンと恐怖を隠せないクレア。
そして、そんな二人や周囲の状況を静かに見つめているシヴァ…。
泣きも騒ぎもしない我が子の様子は、二人の若い親に「訓練」と称した惨たらしい悪事の影響を強く刻みつけた。
『フォレスト、いきなりどうしたんだ?教育と訓練のプログラムはすべて順調に進んでいるのに』
『何を言っているんですか!こんな…たった三歳の子の手足にこんな物をつけることの何が教育プログラムなんです!?』
『見学も許さず極秘に行っていたことは謝罪しよう。きっと、だからこそ要らない誤解を招いてしまった』
『これは誤解などではない!もうこれ以上、息子はあなた方には託さない!』
『…それでは困るんだよ、フォレスト』
ジュリアンの言葉に一瞬で表情も声音も変わった研究者たちが、ジリジリと三人との距離を詰めてくる。震えるクレアを見て、ジュリアンは必死にこの場をどう乗り切るかを考えた。
テレポートは絶対に無理だ。どれだけ自分がシールドを破り、道案内を行ったとしても、座標を決めるのはテレポーター自身でなければならない。それを、まだ幼いシヴァに任せることは出来ない。
クレアが持つPSIである「パイロキネシス(炎や熱エネルギーを発生させ、操作する能力)」を使って戦ったとしても、クレアのPSIの数値はそこまで高くはない。まして、エリート集団の研究者たちを何人も相手にしながら建物の外へ逃げるだなんて不可能だろう。
それに、下手に抵抗を繰り返して、クレアやシヴァに万が一のことがあってはならない。やはり、すぐにでも三人一緒にこの場から消えることが出来ないのであれば、自分がおとりになって少しでも時間を稼ぐしかない。
『それにしてもフォレスト、お前がそこまで強いPSIを持っているとは思わなかった。報告していれば今より待遇もよくなっていたかも知れないのに、なぜ黙っていた?』
『…今その話は関係ないだろう』
こういうところも、
自分のPSIの大きさが嫌になる原因の一つだった。
良い待遇を受けられるか否かは、PSIの強さではなく、仕事での貢献度や人格にまつわる部分で評価されるべきだ。結局、強い力を持つサイキックは利用されるばかりで、まっとうな評価さえ受けることが出来ない。
――そう考える者は意外にも多くは無かったが、ジュリアンには、ノーマルよりもむしろサイキックの方が哀れな存在だと思わざるを得ない瞬間が何度もあった。
『フォレスト、今ならまだ間に合う。自分がしたことの重大さに気付き、今すぐにでも息子をこちらへ渡してもらえれば、とりあえずこの件は私のところで止めておくとしよう』
気付けば、ホルトが目の前にいた。
どれだけPSIの数値が高くても、肩書が立派でも、結局、自分が持つPSIの種類によって、追いかけてくるのにこれほどの時間を要することになるのだ。
それでいて、PSIによってしか人を評価・判断できない世の中など、一体何の意味があるのか。
『お断りします。あなたは既に一度我々を騙している。信用などできるはずが無い』
『そう思うのは自由だが、このような状況で、生きてこの建物から出られるとでも?』
『…』
『私がまだ笑っているうちに言うことを聞いておいた方が身のためだと思うぞ?』
『…』
騙されるものか。
どのみち、こうなってはもう、自分が生きていられる可能性は限りなくゼロに近い。
要は、シヴァを奪われた挙句殺されるか、シヴァを守って殺されるかのどちらかだ。
それならば自分は喜んでシヴァを、クレアを、自分の大切な家族たちを守って死のう。
『クレア、僕が奴らを引き付けるから、どうにかしてシヴァと一緒にここを出てくれ』
『!何を言っているのジュリアン。嫌よ…絶対に嫌!』
小声でそっと、クレアにそう伝えると、クレアは途端に涙を一杯に溜めながら反対した。気持ちは嬉しい。だが、君は母親だ。シヴァを守ることだけに集中してほしい。どんなに辛くても苦しくても、シヴァを連れて逃げることだけを考えるんだ。
――そう、小さな声で、クレアにだけ聞こえるように、そして、クレアの気持ちを少しでも落ち着かせるように優しく丁寧に言い聞かせる。
ぽろぽろと涙が零れ落ちるクレアを見つめて、「シヴァを頼んだぞ」と伝えた瞬間、
ジュリアンの体に胸の奥を殴られたような衝撃が走る。
『…ッ!!』
『…ジュリアン?』
ジュリアンが突然膝をついた。
目立った傷は無い。だが、呼吸が明らかに乱れている。
胸元を押さえ苦しそうにしているジュリアンを見て、クレアが泣き叫んだ。
『ジュリアン、ジュリアン!』
『…クレア…行くんだ』
必死に気持ちを保っていないと意識が飛びそうなほどの痛みと息苦しさ。そんな自分を見ていたホルトが「だから言っただろう」とおかしそうに笑う。
あぁ、そうだ。確か彼女の持つPSIは、神経や臓器など、体の内側への攻撃が得意なPSIだった。…人の命を奪うPSIなど、科学研究所の人間が発動して良いものではないだろう。なんておぞましく、哀れな人種であることか。
…いや、今はそんなことを考えるのも時間の無駄だ。おそらく、自分の命は持ってあと数分だろうと、ジュリアンは覚悟を決める。
『…?』
ジュリアンはふと、クレアの肩越し、これまでずっと黙っていたシヴァの様子がおかしいことに気付いた。
『…シヴァ…』
突然、周囲の空間が荒れ始めた。
窓ガラスがカタカタと揺れ始め、物が暴れ回る。
――空気が急に重たい圧となって圧しかかり、誰もがその体にビリビリと、電流のような痛みが走るのを感じた。ホルトや周囲を取り囲んでいた研究者たちに動揺が走る。
『…』
シヴァを見る限り、PSIを発動している訳ではないようだ。
いや、正確には発動している気配はある。
だが、そこまで大きなものではない。むしろこの異変は、PSIとは異なる性質のものだ…まさか、怒りのエネルギーだけで、ここまでの干渉を周りに与えてしまうのか?
――それならば、怒りに任せてPSIをフルに発動してしまえば、まだ幼いシヴァの体は、その突出しすぎたPSIを受け止めることが出来ないだろう。最悪の場合、自分のPSIで自分の命を脅かすことになってしまう。
『…シヴァ…シヴァ、こっちに来るんだ』
ジュリアンの言葉にシヴァが弾かれたようにこちらを向いて、そのまま近寄る。
『良いか、シヴァ。力はむやみに使うものではないよ』
『…』
『力が強ければ強いほど、簡単に人に向けてはいけないんだ』
『…』
『…お前がその力を使うのは、自分と、そして、お母さんを守る時だけにしなさい』
『…お父さんは?』
『…お父さんは…お父さんは大丈夫。だから、お母さんを守ってあげてほしい』
『うん』
『…良い子だな。お前はお父さんの宝物で、誇りだよ』
『…』
『シヴァ…強く生きるんだ。力じゃなく、気持ちの強い人間になれ。そして、お母さんをよろしく…頼むぞ』
『お父さん?お父さんは?一緒じゃないの?』
『…』
シヴァを抱きしめたまま、ジュリアンの言葉が途切れる。
この瞬間、ジュリアン・フォレストは、28年という短い人生を終えてしまった。
『ジュリアン!ジュリアン!!』
泣き叫ぶクレアの横、シヴァは動かなくなった父親を見つめて立ち竦んでいた。
――小さな世界は、そこで静かに壊れた。




