#06 覚悟
『…それは本当なのか?』
『あぁ、だからイーサン、頼むから僕を第二研究棟地下の実験区画に飛ばしてくれないか』
『…』
無謀な頼みごとをしているのは百も承知だった。
自分に協力をさせてしまえば、万が一の際にはイーサンまでesから処分を受けるリスクがある。それでも、ジュリアンにとって頼れるのはイーサンしかいなかった。
『ジュリアン、君を実験区画に送るのは問題ない。だが、送られた後の君は一体どうするんだ?』
『…』
『行ったところで君に戦闘系のPSIは備わっていない。下手をすれば自分もシヴァも危険な目に遭うかも知れないんだぞ?』
『…だが、真実を知った以上、見て見ぬふりは出来ない。…我が子が実験材料にされ、手錠を掛けられている姿を見て、君は平気でいられるのか?』
『…』
ジュリアンの、怒りと悔しさ、悲しみを必死に抑えた表情を暫く見つめていたイーサンだったが、やがて小さくため息をつくとジュリアンに告げた。
『それなら、俺も一緒に行く』
『…何を言って…ダメだ。飛ばして貰うだけでもリスクを背負わせてしまうのに、一緒に行けば顔を見られる…ただでは済まされないぞ』
『そんなことは分かっているさ。ただ俺だって、もし我が子が同じ目に遭わされたなら絶対に黙っちゃいられない。それに、君は俺の大切な親友だ。放っておくわけにはいかないだろう?』
『…』
『大体、俺にはもう一つのPSIがあることを忘れていないか?』
『…』
そう言って笑うイーサンに、ジュリアンは何も言えずにいた。
イーサンにはテレポーテーションのPSIの他に、フォースシールドのPSIがある。
フォースシールドとは、自分または対象の周囲に防御フィールドを形成する能力のことだ。攻撃は出来ないまでも、防御はできる。だから、一緒に行くと言うのだろう。だが、大切な親友を危険な目に遭わせることは出来ない。イーサンにもしものことがあれば、イーサンの家族に申し訳が立たない。
…子どもから、親を奪うことなど出来るはずが無い。
『…イーサン、esはまっとうな科学研究所ではないのか?何も疑わず今まで研究に打ち込んで来たが、一体この研究所は裏で何を行っているというんだ』
『ジュリアン、今はまだ何も分からないし、知らない方が良いこともあるだろう。あまり深入りしようとせず、シヴァを救出することにだけ集中するんだ』
『…あぁ』
『なに、別に研究はここでなくてもできる。なんなら、俺は研究者でなくなったって何も問題は無いよ』
『…』
『そんなことにこだわるより、家族や親友を大事にできる人生を生きる方が、人として何倍も価値のあることさ』
『…イーサン』
感謝してもしきれない…そんな思いに溢れ、涙がこぼれそうになるジュリアンの肩をそっと叩いたイーサンが、「それなら、お互い覚悟を決めよう」とつぶやいて、その瞳をオレンジ色に染める。
――その瞬間、二人の姿が消えた。
『シヴァッ!!』
ジュリアンが正確な位置情報をイーサンに伝え、esの強力なシールドを破りながら誘導することが出来たため、二人はまさにシヴァが閉じ込められている部屋の中へとテレポートすることが出来た。
『あれは!』
『フォレスト…一体どうやって…』
隣室で見ていたホルトたちが驚く中、一人きりで部屋の中央に座らされていたシヴァをジュリアンが抱き寄せる。
『シヴァすまない!お父さんが悪かった!』
『ジュリアン、今はそんな暇はないぞ。早く戻らないと…』
イーサンがそう言いかけた時、複数人の研究者たちが慌てて部屋の中になだれ込んでくる。ジュリアンはシヴァをきつく抱きしめながら言った。
『二度と渡すものか』
そんなジュリアンを見上げたシヴァがぽつりとつぶやく。
『お父さんは悪くないよ』
『…』
静かに自分を見つめる我が子の心中を思うと居た堪れない気にもなったが、こんな時でさえこんなにも優しいのだ、自分の息子は。
――ジュリアンは我が子を誇りに思うのと同時に、esへのハッキリとした憎しみを自覚する。だが、自分たちに戦闘系のPSIが備わっていない以上、ここに長くとどまるわけにはいかない。ジュリアンはイーサンに、クレアの所へ飛んで貰うように頼む。
『そこを動くな!』
『お前たち、自分が何をしているのか分かっているのか!?』
口々に責め立てる研究者たちを横目に言いたいことは山ほどあったが、とにかくまずは逃げるしかないと、三人一緒にその場から姿を消す。
『早く探しなさいッ!!』
鬼のような形相のホルトにそう叫ばれ、研究者たちは慌てふためいて方々に散り、ジュリアンたちを追いかけた。
『ッ!ジュリアン、シヴァ!』
不意に目の前に現れた夫と息子の姿に一瞬驚いたクレアだったが、イーサンが一緒にいるのに気付いた瞬間、状況を理解する。
『イーサン、なんてお礼を伝えたらいいの…』
『気にすることは無い。それより、のんびりしている暇は無いぞ。すぐにここを出るんだ。ジュリアン、外に出られたら俺たち家族を探してくれ。お互い無事でな!』
そう伝えると、イーサンは自分の家族を連れて逃げるために、テレポーテーションでその場を離れた。
『シヴァ、大丈夫!?痛いところは無い!?』
『クレア、とにかく急ぐんだ!』
シヴァにはテレポーテーションのPSIがあるが、まだ幼すぎて、三人一緒に飛ぶことが難しい上に、座標を定められず事故を起こす可能性も高いため、自分たちの足で逃げるしかない。
イーサンは最初、当然のように「最後まで一緒に逃げる」と言ってくれていたが、家族以外に自分たち三人まで含めた人数を連れて飛ぶことはおそらく不可能であろうことと、イーサンの家族を危険な目に遭わせる訳にはいかないとの判断から、クレアの元まで連れて来てもらえれば、後は自分たちでどうにかすると必死に説得をしたのだった。だが、正直なところ、逃げ切れる自信は無い。それでも、自分がおとりになって二人を逃がすことならできるかも知れない…ジュリアンはそう考えていた。
『シヴァ、シヴァ、お母さんが悪かったわ。こんな…こんな目に遭うなんて…』
『クレア頼む、今は逃げるのが先だ』
シヴァの手足にかけられた枷を見て、クレアが取り乱す。
我が子がどれほど辛い目に遭っていたのか、想像するだけで大きく動揺し、逃げることにほんの僅かな時間を取られてしまった。
――それが、命取りになる。




