#04 欺瞞
『昨日は「怒り」と「恐怖」をスイッチとした実験を行ったのよね?』
『はい。まず「怒り」ですが、物を取り上げるという形で複数の刺激条件を試しましたが、両親の写真を本人に渡した数分後、それを奪い取り、破った場合の数値が最も効果を得ました』
『で?数値は?』
『PSIの反応としては急激な出力上昇が見られ、最大出力値は920…』
『920!?…通常、平均値は120から200よね?訓練された能力者でも300~500のはずよ!』
『仰る通りです。我々も目を疑いました』
『…続けて』
『はい。PSIの発動時間は0.39秒です』
『思ったよりもかなり早いわね』
『えぇ。他にもESPスキャナの数値急上昇、周囲空間へのPSI圧力、観測モニターに瞬間的なノイズが走るなど、様々な観測結果を得ています』
『期待を裏切らない数値ね』
『そうですね』
ホルト主任研究監が研究棟の地下にある観測室へとやって来て、一人の研究員と話し込む。マジックミラー越しに見る隣りの部屋には、シヴァと担当の研究員が二人で過ごしている様子が見える。
――なぜ地下にある観測室にシヴァがいるのか。
本来なら、教育棟で訓練を受けているのではなかったか。
あまりにも無機質すぎる真っ白な空間の中、それでも、シヴァは目の前にいる研究員には幾ばかりかの信頼を寄せているようだった。
『「恐怖」の方はどう?父親から「騒音が苦手」と聞いたから、丁度良いかなと思ったのだけれど…』
『はい、被験体を単独で隔離の上、照明を消灯した状態で外部スピーカーより突発的衝撃音(90dB)を発生させました。観測時間は3分でしたが、こちらはPSIの最大出力値が540、発動時間は0.54秒でした』
『こちらもなかなかの数値ね』
『はい。他にも、PSI波形の急上昇、短時間のエネルギー拡散、床面センサー微振動などの観測を得ています。この二つの実験に関して言えることは、恐怖より怒りによる刺激の方が発動速度は速いですが、出力の持続性は低いと出ています』
『…怒りそのものが持続しないっていうことかしら』
『まぁ、まだ幼いということもありますので。現状では、被験体は外部からの刺激より、精神的な喪失刺激に対して極端な出力増幅を示していると言えます』
『…つまり、何か自分の大切なものを奪われたと感じるような環境で、その能力を発揮する可能性が高いと?』
『はい、あくまで可能性…ですが』
この度の目的は、シヴァの将来のために行う「健全な発達を支援する教育プログラム」ではなかったのか?話を聞く限り、不穏な空気しか感じられない。内容に関しても、教育や訓練とは程遠い、まるで「実験」のようなことしか行っていない様子だ。
『…今一緒にいるのが担当者?』
『はい、この三か月、保育棟に帰すまでのすべての時間をあの者と過ごさせています』
『信頼は得ている?』
『あからさまに懐いている様子はありませんが、他の研究員が敢えて被験体に対して冷たい、もしくは意地の悪い言動を取っていますので、担当者だけが理解者・味方のような印象は与えているかと』
『そう』
報告を聞くと、ホルトは楽しそうに口元をほころばせ、「今日の実験が楽しみね」とつぶやく。ホルトが持っている資料のタイトルには、「感情刺激(裏切り)―怒りと恐怖の複合刺激―」と記されている。
『始まったようね』
ホルトの言葉に、隣りで経過報告を行っていた研究員もマジックミラー越しに隣室の様子をうかがう。これまで唯一、シヴァに寄り添い世話を焼いてくれていた担当者が豹変した。シヴァが差し出した小さな手を力任せにはらうと、驚いたシヴァの目の前に立ち上がる。無表情な顔でシヴァを見下ろした担当者が、持っていたおもちゃを突然シヴァに向かって投げつけ、何やら話しかけている。
『あれは、なんて言っているのかしら』
様子はうかがえても声は届かない隣室のホルトが研究員に問う。
『まぁ、人格否定や存在否定、両親への否定的発言などについて、ある程度シナリオを作って渡しています。多少はアドリブが入っても構わないので、とにかく被験体の怒りと恐怖、不安などを大きく煽るようにと指示しています』
『いいわね。高い数値の出た「怒り」と「恐怖」…この二つが合わさった時に、一体どれほどのPSIの能力を見せてくれるのかしら』
ホルトは、三歳という幼い子供が辛い目に遭わされている実験の場を目の当たりにし、本気で楽しんでいる様子だった。
そして、そんなホルトを見て複雑な心境に陥るわけでもない隣りの研究員も、食い入るようにマジックミラー越しの幼子を見つめる。
『分かる?私は本当はあなたの担当でいることがとても嫌だったの』
『…』
『あなたのように、おとなしくてつまらない、役に立たない子は要らないのよ』
『…』
『あなたは間違って生まれてきたのかも知れないわね』
『…』
『あなたみたいな子を生むなんて、あなたのお父さんとお母さんも、きっと役立たずな人間だわ』
『…』
『あなたがここに連れてこられるようになったのは、誰もあなたのことを好きではないからよ』
『…』
『あなたには、居場所は無いの』
『…』
つい先ほどまで優しく、いつでも自分の傍にいてくれた担当者が、冷たい目で、冷たい声で、延々と意地の悪い言葉を自分に投げかけてくる。
シヴァは三歳だが、知能は四~五歳レベルだということはテストでもはっきり結果が出ている。…ということは、言われていることの意味を、雰囲気を含めある程度は理解出来ているということだ。
『…』
それならば、普通の三歳児であればこの空気感に耐え切れず泣き出してしまうだろう。だがシヴァはただジッと、担当者の顔を見上げていた。
――まるで、何かを観察するように…そんなシヴァの様子に内心気味の悪さを感じつつ、担当者はそのまま冷たい言葉を続けてシヴァに浴びせ続ける。
そして、仕上げとばかりにシヴァの腕を乱暴に掴み取り、ドアに向かって引き摺りながら最後のセリフを言ってのけた。
『役立たずのあなたはもう処分してしまおう。もうお父さんとお母さんには会えないわよ』
『…』
ここまででこの担当者の役目は終わるはずだった。
このままドアを開ける直前まで行ったところで、昨日と同じように不意に大音量の衝撃音を発生させることで大きな動揺・不安・恐怖・そして怒りの感情を増幅させることが狙いだ。
だが――
『…あの子、泣きもしないじゃない』
『そうですね。最初からそうなんですが、あまり感情の起伏が無く、特に、泣いている姿はこれまで一度も見せていません』
『三歳の子供なのに?…可愛げのない子ね』
ホルトが薄気味悪そうにシヴァの様子を見つめる。
もしかすると今日の実験は失敗に終わるかもしれない…ホルトがそう思ったのと同時に、隣室に異変が起き始めた。
『…なに?』
シヴァを煽っていた担当者が急に慌てたようにあたりを見渡す。
同じタイミングで、隣室でホルトと様子をうかがっていた研究員が、慌てたように担当者と小型通信機―イヤーピースを使って話し始めた。
『ESPスキャナが急激な感情反応を確認。出力上昇中』
『え?でもあの子、何もせず黙って担当者を見ているだけじゃない』
ホルトの言葉を無視した研究員が、慌てた口調のまま担当者に伝え続ける。
『スキャナの数値がどんどん上昇していく…ッ!危険域に入った!』
「どうすれば良いの!?」
イヤーピースから漏れてくるほどの大声で、担当者が指示を仰ぐ。シヴァを見ると、相変わらず黙って静かに担当者を見つめているだけだ。
『そんなバカな…まだ上がり続ける!?』
ホルトが横から覗いたスキャナの数値は、2,000を超えていた。
これまでに一度も見たことが無いような数値だ。
――いや、見るはずのない数値と言った方が正しい。
『観測室ガラス振動、金属器具の共振、PSI圧力急上昇も確認。…スキャナは…』
そう言ってメモリを確認していた研究員の動きが止まる。
『どうしたのよ!』
ホルトが慌ててスキャナを確認すると、そこには
――ERROR MEASUREMENT LIMIT EXCEEDED――
の文字。
『とりあえず早くその場から離れてください』
「そういったって、ドアが開かない!」
担当者が叫ぶのを見て、研究員は小さく舌打ちをすると、壁についているスイッチを押す。そして、できるだけ冷静を保って語りかけた。
『シヴァ、ごめんね。今のはウソだよ。君のすぐ横にいるそのお姉さんは今日はちょっと体調がよくないようだ。だから、心にもないことを言ってしまったんだよ』
『…』
まだ細かい振動が止まない部屋の中、恐怖と焦りで顔を青くした担当者をずっと見つめていたシヴァが、不意に天井に埋め込まれたスピーカーから落ちてくる声に反応する。どう考えても不自然でいまさら過ぎるような言い訳ではあるが、相手は知能が高いとは言え、所詮未就学児だ。ごまかそうと思えばどうとでもなるだろう。そう考えた研究員が、何よりもまず担当者の安全を確保するために、見苦しい誤魔化し方で三歳の子供の機嫌を取った。
『…お父さんとお母さんは悪くない』
『あぁ、そうだね。君のお父さんとお母さんは何も悪くないよ。悪いのはウソをついたそのお姉さんの方だ。あとで僕がちゃんと叱っておくからね』
『…』
言いながら、絶えずスキャナの反応を確認していた研究員の目に、エラーメッセージが消え、数値がどんどん下がっていくスキャナの様子が映し出される。
それを見てホッとした研究員と、慌ててシヴァを置き去りにし部屋を出る担当者。そして、一連の様子を見てその目に歓喜の色をたたえるホルトの姿があった。
『感情表現は薄いのに、その内側ではとてつもないPSIのエネルギーが爆発している。…今までに見たことのない、規格外の被験体だわ』
「良い?今日はいつにも増してしっかりと、記憶のコントロールを施した状態で親へ返すのよ。告げ口などされたら実験が中断してしまう。それだけは絶対に避けて」
研究員にそう言い残して、ホルトはその場を去った。




