#03 観測
『シヴァ、今日は楽しかった?』
『…うん』
シヴァが個別にPSIのコントロール訓練と座学(…と言っても、絵本やカードなど、幼い子にも分かるような簡単なものを使った教育ではあるが)に通うようになってから二週間ほどが経った。
ジュリアンが思っていたように、シヴァは教育や訓練の内容について、拙いながらもしっかりと自分たちに報告をすることが出来ている。――聞く限り、無理強いなどはせず、シヴァの興味を上手く引きながら、適切な指導をしてくれているようだった。
だがこの数日、シヴァの表情は曇りがちになっていた。
夕方、仕事終わりに保育棟へ迎えに行くと、友達と遊んでいる時の表情は以前と変わらず明るいのだが、何というか、ふとした瞬間に何とも言えない憂いを帯びた
表情になる。とてもではないが、幼い子供が作るような表情ではない。
ジュリアンもクレアもそれが気になっていたのだが、シヴァに聞いても面白くなさそうに首を横に振って答えないため、二人もそれ以上は強引に聞かないようにしていた。
『今日は何をしたのかな?』
気を取り直したクレアが再びシヴァに問いかける。
大体、いつも同じ内容だった。
そもそも、自分たちは事前にプログラムも見ている。
だから、シヴァに聞く必要はあまり無かった。
それでも毎日のように問いかけたのは、万が一にでもシヴァにとって辛い時間になってはいないか、プログラムの内容が自分たちが知っているものとは異なっていないか…そういったことを心配するあまりに出る、親心だった。
『…いつもと同じ』
クレアの問いに、シヴァがぽつりと答える。
いつもと同じなら、なぜ最近のシヴァは表情が暗いのだろう。
最初の十日ほどは、PSIの出力測定、PSI発動時の脳波測定、PSIエネルギーの計測などがメインで、遊びの延長線上で軽くシヴァに能力を使わせつつ、かつ、コントロールの仕方を正しく教えるようなプログラムだった。
特にシヴァに負担を強いるような内容ではなかったし、実際に、帰宅してからの様子も問題はなかったのに…
『何か嫌なことはないか?』
今度はジュリアンが優しくシヴァに問いかける。
シヴァのために始めた訓練だ。
もしそれが、他ならぬシヴァ本人にとって苦痛となるものであれば、いつやめさせてもかまわない。
『うん、大丈夫』
そう答えると、シヴァは絵本を読み始めてしまった。
幼いなりに、これ以上は話しかけるなとでも言いたいのだろう。
ジュリアンはクレアと顔を見合わせたが、これ以上はシヴァに嫌な思いをさせてしまうかも知れないと思い、問いかけをやめてしまう。
『訓練の場を見学させていただくことは可能でしょうか?』
翌日――
ジュリアンはホルトにそう願い出た。賢い子だとしても、シヴァはまだ三歳だ。
言葉ではうまく表現できないこともあるだろう。それならば、一度自分の目で確かめる方が話は早い。
そう思ってのことだったが…
『悪いけど、それは出来ない決まりなの』
『…そう、ですか…』
『気になる気持ちは分かるわ。でも、担当者に任せきりではなく、私が定期的に確認をしているので大丈夫よ。シヴァ、とても楽しそうに訓練や授業を受けているわよ?』
『…本当ですか?』
『もちろんよ。あぁでも…』
『…何か?』
『いえ、最近新しい測定機を導入したのだけれど、音がちょっとうるさくて。シヴァが嫌がるようなそぶりを確認したわ』
『…あの子は大きな音が苦手なので』
『そうだったのね、今後は覚えておいて配慮するわ』
『ありがとうございます』
見学が出来ないのは残念だが、上司がここまで言ってくれているのだから問題はないだろう。それに、大きな音が苦手なシヴァが新しい測定機の音にビックリして、その日の印象が「楽しくない」に変わってしまったのだとしても、何ら不思議はない。
『お忙しいところ申し訳ありませんでした。引き続き息子を宜しくお願いします』
『えぇ、もちろんよ』
ジュリアンは誠実で優しくとても穏やかな性格で、人を疑うということもしない人間だった。クレアも同じように穏やかで柔らかな印象の女性だが、ジュリアンよりはまだ懐疑心のある人間だ。シヴァの訓練にまつわる提案を最初に受けていたのが
クレアだったら、もしかしたら展開は微妙に違っていたのかも知れない。
『イーサン、この前言っていたよな』
『何をだ?』
『エネルギー研究部門の…ジェイクだったか?彼の子供が以前、個別に教育と訓練を受けた話だ』
『あぁ、その話か。それがどうしたんだ?』
『その子は途中で訓練を嫌がったりすることは無かったのだろうか』
『シヴァが嫌がっているのか?』
『いや、僕たちの前では何も言わない。でも、日に日に表情が暗くなっていくんだ』
『…それは心配だな』
さらに時が経ち、シヴァが訓練を始めて三か月が経とうとしていた。
確かに、以前に比べるとPSIが安定してきているのが分かるようになり、訓練に一定の成果が表れ始めているのは事実だ。だが、もともとおとなしい性格だったシヴァが
より話さなくなったような気がする。自分たちと話している時はそこまでではないが、ふと、一人で過ごしている時の表情を見ると、幼い子供とは思えないような暗い顔をしているのだ。
『僕もだけど、クレアがとても心配している』
『まぁ、母親だからな。気が気でないだろうな』
『訓練が厳しいのだろうか。やはり、三歳の子には早すぎる提案だったんじゃないかって、少し後悔し始めている自分もいる』
『ジュリアン、確かに三歳には少し酷な気もするが、シヴァの中身は四~五歳の子と変わらないくらいに賢いじゃないか。きっと大丈夫だよ』
『…だと良いんだけど…』
自分の選択や決断が我が子を追い詰めてはいないか。
ジュリアンはそれに気を取られていた。
自分たちが聞いている話の通りなら、今シヴァは数か月かけて行う「能力誘導トレーニング」の最中のはず。目的は、PSIを意図的に発動させる訓練を行い、能力の安定性を高めることだが、「遊びや簡単な課題を通して、自然な形で能力発動を促す」との説明だった。
サイキックにとってPSIを扱えるようになったばかりの頃は、おもちゃで遊ぶのと同じように、PSIそのものが新鮮で楽しく、「発動すること=遊び」のような感覚で使うものだ。
つまり、シヴァにとって今は楽しい時期であるはずだとジュリアンは思っていた。
親バカかもしれないが、IQの高いシヴァにとって、PSIを扱う感覚が安定していけば、それを「遊び」として楽しむくらいの余裕は出てくるはず。
それがたとえまだ三歳の幼子だとしても。四~五歳程度の知能は充分にあるだろうと思っていたからだ。
だが、実際にシヴァに行われていたプログラムは、ジュリアンとクレアが把握しているものとはまったく異なるものだった。




