#02 監護
『シヴァの教育と訓練?』
『あぁ。今日、ホルト主任研究監に呼び出されて話したんだけど、やっぱりシヴァのPSIの数値を考えると、早い内から訓練は必要だろうって。特に、「サイキック・スティール」に関してはしっかり見ていく必要があるって言われたよ』
『ジュリアンはそれになんて答えたの?』
『とりあえずは、教育プログラムと訓練プログラムを見せてほしいってお願いした』
『見せてもらえるのかしら』
『あぁ、数日中に渡すから、二人でちゃんと見て考えればいいって』
『…そう』
ジュリアンの言葉に妻のクレアもホッとした表情を見せる。
そして、二人で同時に、一人で静かに絵本を読んでいるシヴァの姿を追った。
――シヴァはとても優しく、穏やかで賢い子だ。
言葉を覚えるのも、歩き始めるのも、そして、PSIを使い始めるようになったのも、
平均よりずっと早かった。そんな息子を誇りに思い、将来を楽しみに思う反面、突出しすぎた能力が息子の首を絞めはしないか、自分たちのように一種類のPSIだけ持って生まれていれば、不要な悩みに苦しむ未来も考えずに済んだかも知れない。
シヴァを見つめながら、ジュリアンはそんなことを思っていた。
クレアもまた、強大すぎる我が子のPSIが、周りの人間はもちろんのこと、自分自身のことも傷つけることのない人生であってほしいと深く祈らずにはいられなかった。
『ジュリアン、シヴァの件はどうなったんだい?』
ジュリアンがホルトに呼ばれてから数日――
あの日、ジュリアンにホルトからの伝言を渡した同僚のイーサン・ウォードが問いかける。
ジュリアンとイーサンは同期入所で年齢も同じことから、入所当時から意気投合し、今でも仲の良い友人であり仕事仲間であった。ホルトに呼ばれたその日のうちに、ジュリアンはシヴァの話をイーサンにも打ち明けていた。
もともと、シヴァのPSIの強大さと特殊性については研究員の誰もが知っていることではあるが、イーサンは同じ年頃の子を持つ父親として、ジュリアンの良き友人として、日頃からジュリアンの相談に乗っている大切な存在だ。
『うん、クレアとも相談して、研究所にお願いしてみることにしたよ』
『そうか。まぁ、それが一番安心かも知れないな』
ホルトと話した翌日には、ジュリアンとクレアの元にプログラムが届いた。
自分たちがこの話を受けるかどうかも分からないのに、研究所は真剣にシヴァのことを考え、こんなにも内容の濃いプログラムを事前に作成してくれていたのかと、一日では到底作成が不可能なくらいに丁寧なプログラムを見て、この研究所に任せておけば、シヴァは自分たちの目の届くところで、その力を真っすぐに使えるように、そして、社会の役に立てる人間として成長できるだろうと確信した。
『週明けから、日中は教育棟に通うことになりそうだよ』
『本来なら小学生に上がってからのことだが、シヴァなら分からなくもないな』
『ちょっと心配だけど、今でも仕事中は保育棟で預かってもらっている訳だから、感覚としては大して変わらないかもねって、クレアとも話したんだ』
esは広大な敷地の中、各研究部門が入る研究棟を中心に、検査・治療・出産などを行う医療棟、研究員や家族が生活する居住棟、研究員の子供たちが授業を受ける教育棟、未就学児を預かる保育棟、上層部や管理部門が入る管理棟が建ち並んでいる。
上層部の人間たちの居住エリアは研究棟の一部に作られているが、幹部クラスにならない限り、ほとんどの研究員は居住棟に暮らしている。ジュリアンたちもイーサン家族も、他の研究員も皆同じ居住棟だ。
『しかし、さすがに小学生と一緒に…っていう訳にはいかないだろう?それに、訓練はまた別の話だしな』
『そうだね、プログラムを見る限り、教育と訓練の場には、基本的にシヴァ以外の子供はいないようなんだけど、まだ三歳だから、一日のうち数時間は保育棟へ移って他の子供たちと遊ばせる時間も作ってくれるみたいだった』
『それは良かったな。いくらなんでも、三歳児が毎日一人きりで教育を受けるだなんて可哀想だと思っていたんだ』
『うん。ちゃんとシヴァのことを考えてくれているようで僕も安心したよ』
『多分だけど、訓練が上手くいくようであれば、一年ほどでプログラムは終えて元の
保育棟なり教育棟なりに戻れると思うぞ?』
『そうなのか?』
『あぁ。エネルギー研究部門のジェイクって知らないか?彼の子供がやっぱりシヴァと同じでPSIを三つ持って生まれたんだが、訓練を始めて一年ほどでしっかりと安定が確認されて、教育棟に戻されたって話だ』
『そうなのか』
『まぁ、ジェイクの子供は教育と訓練を受けたのが十歳の頃のようだし、三つのPSIのうち一つはかなり微力だったようだから、シヴァとは環境が少し違うがな』
『でも、いい話を聞いたよ。ありがとう』
そうか。
しっかりと教育や訓練の成果が出れば、何年もかからずに元の生活に戻ることも可能なのか。それならば、賢いシヴァのことだ、早々にクリアしてくれるかも知れない。シヴァはサイキックとしての能力が高いだけではなく、一人の人間としてIQもとても高かった。
今は三歳になったばかりだが、記憶力や思考力は四~五歳の子とあまり変わらない、いわゆる天才肌の人間だった。だからこそ、教育や訓練を担当してくれる研究員の言うことをしっかり理解し、期待にも応えてくれるだろう。
『午前中から昼過ぎまでは拘束されるようだけど、その後は保育棟で遊ばせておくので、自分たちはこれまで通り、仕事が終わったら保育棟へ迎えに来ればいいと言われているよ』
『それは助かるな。シヴァにとっては環境の変化に最初は戸惑うだろうが、ジュリアンたち親にとっては何も変わらない感じじゃないか』
『そうだね。それに、あの子ならある程度はその日にあったことを僕たちにしっかり話してくれるだろうから、あまり心配はしていないよ』
『確かに、シヴァならしっかり話してくれそうだ』
そう言って笑うイーサンに、ジュリアンも笑って返す。
本音を言えば、今もまだ多少の不安は残っている。だが、これがシヴァにとっての最善の策なのだと、ジュリアンは自分に言い聞かせた。
この判断が、自分たち家族にとって、取り返しのつかない運命への助走となることにも気づかずに――




